「人の看守する」とは、「人が事実上管理・支配する」という意味である
刑法130条は、『人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し…た者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する』と規定しています。
住居侵入罪は、「人の住居」に侵入すれば、住居侵入罪が成立します。
対して、邸宅侵入罪、建造物侵入罪、艦船侵入罪は、「人の看守する」邸宅、建造物、艦船」に侵入しなければ、各罪は成立しません。
つまり、邸宅侵入罪、建造物侵入罪、艦船侵入罪は、犯罪の成立要件に、建物・艦船の「看守性」の要件がプラスされているということです。
これは、看守性が認められないような邸宅、建造物、艦船に対してまで、侵入から保護する必要はないという考え方があるためです。
「人の看守する」の定義
「人の看守する」とは、
人が事実上管理・支配する
という意味です(最高裁判決 昭和59年12月18日)。
事実上の管理・支配といっても、建物に自ら所在したり、監視人を置くなどして管理するというように、人が存在する必要はありません。
建物に鍵をかけて、その鍵を保管するだけでも、建物を人が事実上管理・支配しているということができます。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(昭和12年2月18日)
この判例で、裁判官は、
と判示し、建物に鍵をかける行為は、建造物侵入罪における「人が看守する」に当たるとしました。
もっとも、
- 戸締まりをしただけ
- 立入り禁止の立て札を立てただけ
というような場合は、管理・支配の実効性がなく、人の看守するものとはいえないと考えられます。
管理者が管理・支配を失っている場合は、建造物侵入罪は成立しない
犯人が建物に侵入した時点において、管理者が建物の管理・支配を失っていた場合は、建造物侵入罪は成立しません。
この点について、以下の判例があります。
大阪高裁判決(昭和25年9月1日)
生産管理の実体がなくなった後も、組合側が引き続き工場を不法占拠した事案につき、会社側が工場を事実上支配していないことを理由に、建造物侵入罪の成立を否定しました。
看守者の具体例
邸宅、建造物、艦船の看守者とは、一次的には、その建造物などの管理権者をいいます。
判例で明示されている看守者
判例では、
- 町役場の建物➡町長(大審院判決 昭和5年12月13日)
- 警察署の庁舎➡警察署長(東京高裁判決 昭和27年4月24日)
- 郵便局の庁舎➡郵便局長(最高裁判決 昭和58年4月8日)
- 駅舎➡駅長(最高裁判決 昭和59年12月18日)
- 大学の建物➡学長(最高裁判決 昭和51年3月4日)
- 防衛庁の宿舎➡自衛隊駐屯地業務隊長(最高裁判決 平成20年4月11日)
- 分譲マンションの共用部分➡管理組合(最高裁判決 平成21年11月30日)
- 現金自動預払機が設置された銀行支店出張所➡銀行支店長(最高裁判決 平成19年7月2日)
が建物の看守者であり、建物の管理権を有するとしています。
店の店長
建物の管理権者から、全面的に建物の管理の委託を受けている人も、看守者に該当します。
例えぱ、飲食店やコンビニの店長は、建物(店舗)の看守者に該当する場合が多いです。
店長は、店舗の管理権者である経営者から、店舗の管理を委託されている場合が多く、そのような場合には、店長が建物の看守者になります。
マンションの管理会社
分譲マンションの共用部分については、マンションの管理組合から管理業務の委託を受けた管理会社が看守者に該当します。
建物の守衛
建物の守衛、宿直、倉庫番は、建物の看守者に当たりません。
これらの者は、建物の管理権者の手足として、その権限の一部を代行する者であり、建物の看守者ではないためです。
公共の施設に立ち入った場合の建造物侵入罪の成否
市役所などの官公署の出入口や廊下、駅のホール、デパートといった公共の施設は、一般に公衆に開放され、人の出入りが自由であるため、建造物侵入罪における「人の看守する」場所として、そこに立ち入れば、建造物侵入罪が成立するかどうかが疑問になります。
結論して、公共の施設でも、看守者の意に反して立ち入れば、建造物侵入罪が成立します。
この点について、以下の判例があります。
大阪府庁舎の出入口や廊下に立ち入った事案で、裁判官は、
- 官公署の庁舎の出入口及び廊下等が、その執務中、一般に開放せられているのは、その執務に関連して、正常な業務を帯びて、民衆の出入することが予期せられる関係上、これが便宜に応ぜんとするものに過ぎないのであるから、その出入口及び廊下の如きはもとより、その庁舎の管理するものの看守内にあることは多言を要しないところであり、これを道路に準ずべきものであるとなす所論には到底賛同することはできない
- 被告人らの所為が、一般に予期せられる正常な用務を帯びての庁舎への出入でないことはもとろん、警察職員の制止を排しての押し入りである以上、故なく他人の看守する建造物に侵入したものであることは明々白々である
と判示し、正当な理由なく大阪府庁舎に侵入したとして、建造物侵入罪の成立を認めました。
大阪地裁判決(昭和46年1月30日)
日本万国博覧会の外国展示館に立ち入った事案で、裁判官は、
- 官公庁の庁舎の出入ロや廊下、映画館、百貨店のごとく執務中又は営業中一般に解放されており、事実上その入場につき格別の制限がなく、一般公衆が自由に出入りすることができる建造物も、一定の設置目的があり、一定の入館目的、用務を持つ者のために公開されている建造物であって、みだりに人の出入りすることを防止し得るだけの人的物的管理態勢が整っていれば、現実には特に入場制限をしていないにしても、その管理者の看守内にあるというべきである
と判示しました。
井の頭線吉祥寺駅南口一階階段付近において、ビラ配布などをしていて、駅の管理者から退去要求を受けたにもかかわらず退去しなかった事案で、裁判官は、
- 井の頭線吉祥寺駅南口一階段付近は、構造上、同駅駅舎の一部で、井の頭線又は国鉄中央線の電車を利用する乗降客のための通路として使用されており、また、同駅の財産管理権を有する同駅駅長がその管理権の作用として、同駅構内への出入りを制限し、若しくは禁止する権限を行使しているのである
- 現に、同駅南口一階階段下の支柱二本には『駅長の許可なく駅用地内にて物品の販売、配布、宣伝、演説等の行為を目的として立入る事を禁止します京王帝都吉祥寺駅長』などと記載した掲示板3枚が取り付けられているうえ、同駅南口一階の同駅敷地部分とこれに接する公道との境界付近に設置されたシャッターは、同駅業務の終了後閉鎖されるというのであるから、同駅南口一階階段付近が鉄道営業法35条にいう『鉄道地』にあたるとともに、刑法130条にいう『人の看守する建造物』にあたることは明らかである
- たとえ同駅の営業時間中は、階段付近が一般公衆に開放され、事実上、人の出入りが自由であるとしても、同駅長の看守内にないとすることはできない
と判示し、建造物侵入罪が成立するとしました。