責任能力とは?
責任能力とは、
犯罪の行為時において、自分が実行した犯罪行為の是非善悪を弁別し、かつ、その是非善悪の弁別に従って行動し得る能力
をいいます。
責任能力がない人は、たとえ殺人罪などの凶悪犯罪を行ったとしても、処罰されません。
ニュースで、犯人の弁護士が「犯人は犯行当時、責任能力がなかった」と主張しているのが報道されることがあります。
これは、『犯人に責任能力はない→だから犯人は無罪である』という判決になることをねらっているのです。
ちなみに、責任能力がない人を「心神喪失者」といいます。
責任能力がない状態とは、心身喪失の状態であると考えればOKです。
高度の精神病者や知的障害者は、心神喪失者になり得ます。
たとえば、高度の知的障害者が、混乱してわけが分からなくなっている状態で人を殺したとします。
そのような知的障害者を殺人罪で有罪にして、懲役20年の刑罰を科したとしても、知的障害者は知能が低く、「ここはどこ?わたしは誰?」といった感じでわけが分からない状態なので、反省も更生もできないわけです。
法は、そのような責任能力がない人に対し、刑罰を科して刑務所に入れても意味がないと考えるため、責任能力がない人が犯罪を犯しても、無罪とするのです。
このような状況は、『行為者に責任能力がない場合、たとえ違法行為を行っても、そのことについて行為者を非難する前提を欠き、犯罪は成立しない』という言葉で表現されます。
次に、責任能力が著しく減退している人(責任能力が全くないわけではない人)を「心神耗弱者」といいます。
裁判で心神耗弱者の認定をされると、刑罰が減軽されます(刑法39条)。
身心喪失者として無罪になった人は、何のお咎めもないのか?
殺人罪を犯しても、心神喪失者と認定され、責任能力がないとして無罪となった人は、何のお咎めもなく、そのまま社会に戻されるのでしょうか?
殺人者が何の矯正措置も受けずに社会に戻ってきたら、私たち市民としては恐怖です。
再び殺人事件が起こって、犠牲者がでるかもしれません。
そうならないために、法は、刑罰の代わりに、強制入院という措置を用意しています。
すぐに社会に戻さず、強制的に入院させて、心神喪失状態の犯人を治療をしてから社会復帰させるのです。
この強制入院を「心身喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による強制入院」といいます。
この強制入院は、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強制性交、強制わいせつ、傷害の罪)を犯した人が対象になります。
ここで、殺人、放火、強盗、強制性交、強制わいせつ、傷害以外の罪を犯した責任能力のない犯罪者は強制入院させられないじゃないか?どうするのか?という疑問が生じます。
これに対しては、措置入院という手続が用意されています。
重大な他害行為ではない罪を犯した犯罪者は、都道府県知事が、必要に応じて、精神保健法による措置入院の措置をとることになるのです(精神保健法29条)。
実行行為と責任の同時存在の原則
『実行行為と責任の同時存在の原則』とは、
責任能力は犯罪行為(実行行為)のときに存在しなければならない
とする原則をいいます。
責任能力がない人が犯罪を行っても無罪になります。
無罪となるためには、この責任能力がない状態が、犯行時にある必要があるのです。
犯行時に責任能力があった場合は有罪です。
無罪にはなりません。
原因において自由な行為
原因において自由な行為とは?
自らの行動で、自分自身を心神喪失状態に陥らせ、その状態で犯罪行為に及ぶことを『原因において自由な行為』といいます。
たとえば、恨んでいる相手を殺すために、薬物を大量に自分に投与し、自分自身をわけが分からない状態(心神喪失状態)にさせ、その勢いで人を殺した場合がそれです。
結果を発生させた直後の行為(結果行為)の時点は責任能力を欠いるものの、自分自身を心神喪失状態に陥れる行為(原因行為)の時点では、責任能力があり、責任を認める前提となる自由な意思決定が存在します。
原因においては、自由な行為をして(薬物摂取など)、心神喪失状態になっていることから、『原因において自由な行為』といわれています。
自ら心神喪失状態になり、犯罪を行った場合どうなる?
「原因において自由な行為」を行い、自分自身を心神喪失状態にし、責任能力がない状態で犯罪に及んだ場合どうなるでしょうか?
責任能力がないとして、無罪になるのでしょうか?
答えを言ってしまうと、「原因において自由な行為」を行い、自分自身を心神喪失状態にし、責任能力がない状態で犯罪に及んだ場合、犯罪行為の着手時に責任能力があったとして、有罪となります。
つまり、犯罪行為は、自らを心神喪失状態にするところから始まっているという考え方がとられるわけです。
犯行の行為時に責任能力があれば有罪となります。
(ここで先ほど説明した『実行行為と責任の同時存在の原則』が力を発揮します)
たとえば、薬物を大量に飲んで、自己を心神喪失状態にした上で、ナイフで人を殺した場合、「薬を大量に飲んだところから犯罪行為は始まっている」➡「つまり、犯行時に責任能力はあった」➡「だから有罪である」という考え方になります。
「原因において自由な行為」に関する判例
自分自身に薬物注射をすれば、精神異常を起こし、他人に暴行を加えることがあるかもしれないことを予想しながら、あえて薬物を注射し、心神喪失状態に陥り、短刀で人を殺した事件につき、暴行の未必の故意が認められるとして、傷害致死罪の成立を認めました。
酒酔い運転をするだろうと自覚しながら飲酒した結果、心身耗弱状態に陥り、酒酔い運転を実行した事件につき、酒酔い運転の成立を認めました。
まとめ
今回の記事の要点をまとめると、
- 犯罪を犯しても、心神喪失により責任能力がないと認められれば、無罪になる
- 責任能力がないとして無罪になっても、強制入院などの措置がとられるので、すぐに社会復帰となるわけではない
- 自らの行為で心神喪失状態に陥って犯罪を犯した場合は、無罪にならない
になります。
責任能力の有無は、犯罪の成否にかかわる重要な要素なのです。