刑法(同時傷害の特例)

同時傷害の特例⑸ ~適用の要件④「傷害の結果発生に寄与した分の責任を負う」「承継的共同正犯と同時傷害」を判例で解説~

 前回の記事の続きです。

 同時傷害の特例(刑法207条)が適用されるには、次の4つの要件が必要となります。

  1. 2人以上の者による暴行
  2. 共謀の不存在
  3. 共同実行行為との類似性(同一機会ないし場所的・時間的近接性)
  4. 傷害の原因をなした暴行の不特定

 今回の記事では、④の傷害の原因をなした暴行の不特定について説明します。

 その上で、今回の記事では、傷害の原因をなした暴行の不特定のテーマ中

  • 傷害の結果発生に寄与した分の責任を負う
  • 承継的共同正犯と同時傷害

について説明します。

傷害の結果発生に寄与した分の責任を負う

 傷害の発生の寄与分について責任を負うという考え方は、同時傷害の特例(刑法207条)にも当てはまると考えられています。

 2人以上の暴行が互いに作用し合って結果をもたらした場合は、結果発生に寄与分の責任を負うことになります。

 たとえば、暴行が骨折を生じさせる程度のものではないが、結果発生に寄与した(他の者の暴行と自分の暴行が互いに作用して骨折の結果を生じた)場合には、結果発生の寄与分の責任を負うことになります。

 この点について、承継的共同正犯に関する判例ですが、参考となる判例として以下のものがあります。

最高裁決定(平成24年11月6日)

 この判例は、「他の者が被害者に暴行を加えて傷害を負わせた後に、被告人が共謀加担した上、更に暴行を加えて被害者の傷害を相当程度重篤化させた場合、被告人は、被告人の共謀及びそれに基づく行為と因果関係を有しない共謀加担前に既に生じていた傷害結果については、傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく、共謀加担後の傷害を引き起こすに足りる暴行によって傷害の発生に寄与したことについてのみ、傷害罪の共同正犯としての責任を負う」という判断を示しました。

 この判例の事案のように、傷害結果を共謀加担前の暴行による傷害と共謀加担後の暴行による前の傷害を重篤化させた傷害に切り分け、傷害の発生の寄与分について責任を負うという考え方は、同時傷害の特例にも当てはまると考えられています。

承継的共同正犯と同時傷害

 被告人両名が第三者の暴行に中途から共謀加担して被害者に傷害を負わせたが、傷害の結果が共謀成立の前後いすれの暴行により生じたのか不明な事案において、被告人両名には傷害罪の承継的共同正犯は成立しないが、同時傷害の特例が適用されるとされた以下の事例があります。

大阪地裁判決(平成9年8月20日)

 Aが被害者に暴行を加えているのを見て、Bが加勢しようと考え、現場において共謀が成立し、さらにA及びBにおいて被害者に暴行を加えたが、傷害の結果が共謀成立の前後いずれの暴行により生じたのか不明な場合、同時傷害の特例が適用され、傷害罪の共同正犯が成立するとした事案です。

 裁判官は、

  • 本件傷害の結果は共謀成立の前後にわたるB及び被告人両名の一連の暴行によって生じたことは明らかであるが、それ以上に、これがBの頭突き等の暴行にのみ起因するものであるのか、それともその後の被告人両名及びBの暴行にのみ起因するものであるのか、はたまた両者合わさって初めて生じたものであるのかは、本件全証拠によってもこれを確定することはできない
  • そして、一般に、傷害の結果が、全く意思の連絡がない2名以上の者の同一機会における各暴行によって生じたことは明らかであるが、いずれの暴行によって生じたものであるのかは確定することができないという場合には、同時犯の特例として刑法207条により傷害罪の共同正犯として処断されるが、このような事例との対比の上で考えると、本件のように共謀成立の前後にわたる一連の暴行により傷害の結果が発生したことは明らかであるが、共謀成立の前後いずれの暴行により生じたものであるか確定することができないという場合にも、右一連の暴行が同一機会において行われたものである限り、刑法207条が適用され、全体が傷害罪の共同正犯として処断されると解するのが相当である
  • けだし、右のような場合においても、単独犯の暴行によって傷害が生じたのか、共同正犯の暴行によって傷害が生じたのか不明であるという点で、やはりその傷害を生じさせた者を知ることができないときに当たることにかわりはないと解されるからである
  • よって以上により、当裁判所は、被告人両名には、本件傷害の結果につき同時傷害罪が成立し、全体につき傷害罪の共同正犯として処断すべきものと判断した次第である

と判示しました。

 この判決は、まず、承継的共同正犯の成否を検討し、これが否定された場合に同時傷害を認めたものである点が正当であるとして評価されています。

 このほか、承継的共同正犯と同時傷害に言及した判例として以下ものがあります。

大阪高裁判決(昭和62年7月10日)

 この判例は、暴行に後から加わった後行行為者に対し、同時傷害の特例を適用する余地はあると述べた点が参考になります。

 裁判官は、

  • 例えば、Jの被害者Lに対する暴行の直後、KがJと意思の連絡なくして被害者Lに暴行を加え、被害者Lが、J、Kいずれかの暴行によって受傷したが、傷害の結果を生じさせた行為者を特定できない場合には、刑法207条の規定により、J、Kいずれも傷害罪の刑責を免れない
  • これに対し、Jの暴行終了後、KがJと共謀の上暴行を加えた場合で、いずれの暴行による傷害か判明しないときには、前示のような当裁判所の見解によれば、Kの刑責が暴行罪の限度に止まることになり、Jとの意思連絡なくして被害者Lに暴行を加え同様の結果を生じた場合と比べ、一見均衡を失する感のあることは、これを否定し難い
  • しかし、刑法207条の規定は、2人以上で暴行を加え人を傷害した場合において、傷害を生じさせた行為者を特定できなかったり、行為者を特定できても傷害の軽重を知ることができないときには、その傷害が右いずれかの暴行(又は双方)によって生じたことが明らかであるのに、共謀の立証ができない限り、行為者のいずれに対しても傷害の刑責を負わせることができなくなるという著しい不合理を生ずることに着目し、かかる不合理を解消するために特に設けられた例外規定である
  • これに対し、後行者たるKが、先行者Jとの共謀に基づき暴行を加えた場合は、傷害の結果を生じさせた行為者を特定できなくても、少なくともJに対しては傷害罪の刑責を問うことができるのであって、刑法の右特則の適用によって解消しなければならないような著しい不合理は生じない
  • 従って、この場合には、右特則の適用がなく、加担後の行為と傷害との因果関係を認定し得ない後行者たるKについては、暴行罪の限度でその刑責が問われるべきこととなるのであって、右結論が不当であるとは考えられない
  • もっとも、本件のように、Jの暴行終了前にKがこれに共謀加担し、被害者Lの傷害が、Kの共謀加担の前後にわたるJの暴行によって生じたと認められる場合には、Kの共謀加担後のJ、Kの暴行とその加担前のJの暴行とを、あたかも意思連絡のない2名(J及びJ)の暴行と同視して、刑法207条の適用を認める見解もあり得るかと思われ、もし右の見解を肯認し得るものとすれば、本件においても、同条の規定を媒介とすることにより、被告人に対し傷害罪の刑責を問う余地は残されていることになる

とし、承継的共同正犯の事案において、後行行為者に対し、同時傷害の特例を適用する余地はあると述べました。

次の記事

同時傷害の特例の記事まとめ一覧