刑法(同時傷害の特例)

同時傷害の特例⑹ ~「傷害致死罪にも同時傷害の特例が適用される」「強制性交等致死傷罪、強盗致死傷罪などの傷害罪以外の犯罪にまで同時傷害の特例は適用されない」を判例で解説~

傷害致死罪にも同時傷害の特例が適用される

 同時傷害の特例(刑法207条)は、傷害致死罪刑法205条)にも適用されるとするのが判例・通説の考え方です。

 傷害致死罪に同時傷害の特例を認めた事例として、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和26年9月20日)

 この判例で、裁判官は、

  • 2人以上の者が共謀しないで他人に暴行を加え、傷害致死の結果を生じ、その傷害を生じさせた者を知ることができない場合は、共同暴行者はいずれも刑法207条により、傷害致死罪の責任を負う

と判示し、傷害致死罪においても、同時傷害の特例が適用されることを示しました。

最高裁決定(平成28年3月24日)

 裁判官は、

  • 同時傷害の特例を定めた刑法207条は、2人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている
  • 同条の適用の前提として、検察官は、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであることの証明を要するというべきであり、その証明がされた場合、各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないというべきである
  • そして、共犯関係にない2人以上による暴行によって傷害が生じ、更に同傷害から死亡の結果が発生したという傷害致死の事案において、刑法207条適用の前提となる前記の事実関係が証明された場合には、各行為者は、同条により、自己の関与した暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証しない限り、当該傷害について責任を負い、更に同傷害を原因として発生した死亡の結果についても責任を負うというべきである

と判示し、傷害致死罪に同時傷害の特例(刑法207条)を適用しました。

東京高裁判決(昭和38年11月27日)

 A及びBが約1か月にわたり連日のように被害者に暴行を加え、最後は、Aは午前0時頃及び朝7時半頃、Bは朝9時頃、それぞれ死因でないといえない暴行を加えた事案で、傷害致死罪の包括一罪を認定した上、同時傷害の特例を適用しました。

大阪高裁判決(昭和61年12月10日)

 裁判官は、罪となるべき事実として、

  • 被告人両名は、以上の一連の暴行により、 Aに対し、左頬部・右頬骨部・右眼窩部及び鼻部表皮剥脱並びに皮下出血、左側頸部皮下及び筋肉内出血、左後頭部挫裂創、右頭頂部硬膜下血腫などの傷害を負わせ、そのころ、同所付近において、同人をして、右傷害を伴う外傷性くも膜下出血により死亡するに至らしめたが、いずれの暴行により致死原因たる外傷性くも膜下出血を生ぜしめたか知ることができないものである

と判示し、傷害致死罪に同時傷害の特例を適用しました。

東京高裁判決(平成11年6月22日)

 他の者による被害者に対する強烈な暴行によって衰弱が進んでいるのを現認しながら、更に暴行を加えた被告人に対し、暴行と被害者の死因となった傷害との間に因果関係がないとはいえないとして、傷害致死罪に対し、同時傷害の特例の適用を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は、 A子夫婦と意思を相通じて暴行を加えたとまでは認められないにしても、前日までの度重なる激しい折檻で、Xが相当に衰弱した状態にあることを十分認識し、また、当日にも、 A子夫婦が、手足をロープで縛られていて、身をかばうこともできないXの頭部や腹部に強烈な暴行を加えて、更に衰弱が進んでいることを現認しながら、あえて自らも暴行に及んだものである
  • このような被告人の暴行内容を見ると、その暴行はXの死因となった傷害との間に因果関係がないとはいえないことは明らかである
  • したがって、被告人とA子夫婦が、それぞれXに暴行を加えて急性硬膜下血腫等の傷害を負わせて死亡させたが、いすれの暴行により致死原因である右硬膜下血腫を生じたのか知ることができない旨認定した原判決に、事実の誤認はない
  • そして、暴行ないし傷害の結果的加重犯である傷害致死罪についても、刑法207条の規定が適用されると解すべきであり、これを適用から除外すべき特段のいわれはないから、同条の適用を認めて、被告人を傷害致死罪で処断した原判決に法令適用の誤はない

と判示し、傷害致死罪に同時傷害の特例を適用しました。

強制性交等致死傷罪、強盗致死傷罪などの傷害罪以外の犯罪にまで同時傷害の特例は適用されない

 同時傷害の特例(刑法207条)を罪質の異なる

などの傷害罪・傷害致死罪以外の犯罪にまで、本条を拡張して適用することはできないというのが判例・通説の考え方です。

 参考となる判例として以下のものがあります。

強制性交等致傷罪に同時傷害の特例は適用できないとした判例

盛岡地裁判決(昭和32年6月6日)

 裁判官は、

  • 検察官は、刑法207条は、文理上から見て単純傷害についてだけ適用すべきものと限定されていない
  • 法文には「人を傷害し」とあって、強姦致傷(現行法:強制性交等致傷罪)はもとより、強盗致傷その他遺棄、逮捕、監禁等に伴う致傷、すなわち傷害プラス他の法益侵害の発生した場合にあまねく適用されるべきである旨主張する
  • しかし所論のように、わが刑法の立法形式に従って事を論ずる道を選んでみても、207条の体系的位置を観察すると、同条は傷害の罪の章下に規定されているのである
  • 同章に掲げる傷害、傷害致死および暴行等の犯罪は、すべて人の身体そのものを保護法益とする侵害犯である
  • しかるに、所論各犯罪はこれと全く罪質を異にし、強姦罪(強制性交等罪)は主として個人の性的自由ないし貞操を、逮捕・監禁罪は人の身体行動の自由を、強盗罪は私有財産権をそれぞれ保護法益とする侵害犯であり、また遺棄罪は人の生命・身体を保護法益とする危険犯であって、これらの罪が死傷の結果を随伴したとしても、もとよりそれによって犯罪の本質に変動を来すものではない
  • 傷害の章下に規定された207条を目して、単純傷害のみならず、これと罪質を異にする所論のような犯罪を包摂し、傷害の結果を伴う結果的加重犯一般について、その通則を定めたものであると解することは、特にその旨の明文があれば格別、明文がない以上は、罪刑法定主義の原則に反し許されないところであるといわなければならない
  • 検察官はまた、207条の立法理由は、立証の困難を救済しようとする趣旨に出でたものであり、この必要性は、人の身体に対する単純暴行に基づき傷害の結果を生じた場合も、他の法益侵害が傷害の結果を併発した場合も同一であるから、同条は傷害の結果を惹起した結果的加重犯一般に適用すべきである旨主張する
  • この論旨は必ずしも明確ではないが、第一に、もし所論が右のような刑事政策的必要性が同一であるから、207条は立法者が傷害の結果を伴うすべての結果的加重犯について通則を定めたものと解すべきであるという趣旨であれば、刑事政策の看点からしてもそのように解すべきでないことは、上来詳論したとおりである
  • 第二に、もし所論が207条について本来は単純暴行が死傷の結果を招いた場合を対象とする特例であることを肯定しながら、所論強姦致傷等の結果的加重犯において傷害を生ぜしめた者を知ることができないという事態を生じたときは、立証の困難を救済しなければならないという刑事司法の実践的必要性は同一であるから、207条の法意はこの場合にも適用されるべきであるという趣旨であれば、それはまさに刑罰法規の類推適用を意味する
  • 罪刑法定主義を堅持するかぎり、かような見解は顧みる余地がないことはいうまでもない
  • 上述のとおりであって、検察官の主張は理由がないから、被告人らを強姦致傷罪(強制性交等致傷罪)に問ぎ(もんぎ)することは許されない

と判示し、同時傷害の特例を適用して強制性交等致傷罪を認定することはできないとしました。

仙台高裁判決(昭和33年3月13日)

 裁判官は、

  • いわゆる同時犯に関する刑法第207条は、法文上明らかなとおり、傷害の結果またはその軽重について法律上の推定をなすのであるから、個人責任の原則に反し、刑法上重大な特例である
  • 従って、これを厳格に解釈し、みだりに外形上類似の犯罪にまで拡張適用すべきものではない
  • 強姦罪(現行法:強制性交等罪)は、本来性道徳に関する犯罪で、それが致傷の結果を伴う場合には、強姦致傷罪(現行法:強制性交等致傷罪)として刑を加重するに過ぎないのであるから、これを全く保護法益を異にする暴行、傷害に関する特例規定である刑法207条の適用はないと解すべきである
  • かく解することによって、刑の不均衡、犯罪捜査の困難を来たすことがあろうとも、右明文上の重大な特例に加えて、さらに解釈上の特例を設けることは、罪刑法定主義の建前からも厳に慎まなければならない
  • 従って、原判決が、被告人らの原判示各所為に対して、右法案を適用せず、全被告人を強姦罪(強制性交等罪)もしくは強姦未遂罪(強制性交等未遂罪)をもって処断したことは正しく、この点において法令の適用を誤った違法は存しない

と判示しました。

千葉地裁判決(昭和33年7月4日)

 裁判官は、

  • 検察官は、「被告人らの判示各強姦の所為により、Aに対し、10日間の治療を要する処女膜裂傷の傷害を負わせたがその軽重を知ることができないものである」との事実を掲げ、右は刑法第181条第177条第207条により強姦致傷罪(強制性交等致傷罪)に該当すると主張する
  • しかし、右第207条は、暴行者間に共同加功の意思がない場合でも、そのいすれかの暴行により傷害の結果を生ぜしめたものと認められる限り、暴行者全員が傷害の共犯として処罰されることを規定したものであって、個人責任を基調とする刑法の例外的規定であるのみならず、右規定が刑法総則中にはなく、各則傷害罪の章下にあることを考え合わせると、同条は 傷害致死をも含めた傷害罪にのみ適用すべき特例であって、本件の如く罪質を異にする強姦致傷(強制性交等致傷罪)の場合にまで適用すべきものではないと解する
  • 従って、被告人らに強姦致傷(強制性交等致傷罪)の刑責を問うことはできない

と判示しました。

強盗致傷罪(強盗傷人罪)に同時傷害の特例は適用できないとした判例

 強盗傷人罪刑法240条)について、同時傷害の特例は適用されないと判示した以下の判例があります。

東京地裁判決(昭和36年3月30日)

 裁判官は、

  • 刑法第207条のいわゆる同時犯の規定は傷害、傷害致死罪の場合と異なり、本質的にその罪質を異にする強盗傷人罪における傷害の場合には適用のないものと解するのを相当とする

と判示しました。

同時傷害の特例の記事まとめ一覧