窃取の意味
窃盗罪は、刑法235条で、
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する
と規定されます。
今回は、『窃取』の意味について説明します。
窃取とは、
目的物の占有者の意思に反して、その占有を侵害し、その物を自己または第三者の占有に移すこと
をいいます。
『窃取』の定義は、判例でも明らかにされています。
以下は『窃取』の意義に触れた判例です。
大審院判例(大正4年3月18日)
「窃取とは、物に対する他人の所有を侵し、その意に反してひそかにこれを自己の所持に移すことをいう」
大審院判例(大正8年2月13日)
「窃盗罪の成立には、他人の所有物に関し、不正領得の意思をもって、その所持を侵害し、事実上これを自己の支配内に移す事実あることを要す」
大審院判例(大正15年12月24日)
「窃盗罪は自己領得の意思をもって、他人の支配内にある自己以外の者の所有物を自己または第三者の支配に移すによりて成立する」
窃取した物は自己または第三者の占有に移す必要がある
窃取といえるためには、窃取した物を
自己または第三者の占有に移す
ことが必要です。
他人の物を窃取し、占有者の占有を侵害する行為をしても、その物を自己または第三者の占有に移していないのであれば、窃盗罪は成立しません。
たとえば、元交際相手に嫌がらせをする目的で、元交際相手の財布を窃取し、川に放り投げて捨てた場合は、窃取した物を自己または第三者の占有に移していないので、窃盗罪は成立しません。
(ちなみに、この場合は、器物損壊罪が成立します)
この点については、判例でも明らかにされています。
大審院判例(明治44年2月27日)
この判例で、裁判官は
- かごに飼われている鳥を解き放つ行為のごときは、飼主の占有を侵害するものではあるが、窃取とはいえず、窃盗罪は成立しない
と判示しています。
なお、この判例のケースでは、器物損壊罪が成立する可能性があります。
窃取した物は占有者の意思に反して自己または第三者の占有に移す必要がある
窃取といえるためには、窃取した物を
占有者の意思に反して
自己または第三者の占有に移すことが必要です。
窃取は、目的物の占有者の意思に反して行われたものでなければなりません。
占有者の意思にもとづいて、占有の移転が行われた場合には、たとえその意思形成に何らかの瑕疵があったとしても、窃盗罪は成立しません。
たとえば、犯人が
「1万円かして。後で返すから。」
と言って、返すつもりがないのに、被害者から1万円の交付を受けて、そのまま1万円を自分のものにした場合は、窃盗罪は成立しません。
理由は、占有者(被害者)は、犯人にだまされているとはいえ、自分の意志で、犯人に1万円を交付しているためです。
犯人は、占有者(被害者)の意思に反して1万円を自己の占有に移す行為をしていないので、窃盗罪が成立しないのです。
ちなみに、この場合は、窃盗罪は成立せずとも、詐欺罪が成立します。
参考判例として、以下の判例があります。
東京地裁八王子支部判例(平成3年8月28日)
試乗車の乗り逃げは、窃盗罪ではなく、詐欺罪が成立するとしました。
試乗車は、営業員から「どうぞ乗ってください」と提供されるものであり、占有者の意思に反して窃取したことにならないので、窃盗罪ではなく、詐欺罪が成立するという考え方になります。
この判例で、裁判官は、
- 営業員等が試乗車に添乗している場合には、試乗車に対する自動車販売店の事実上の支配も継続しており、試乗車が自動車販売店の占有下にあるといえる
- しかし、本件のように、添乗員を付けないで試乗希望者に単独試乗させた場合には、たとえわずかなガソリンしか入れておかなくとも、被告人は試乗車にガソリンを補給することができ、ガソリンを補給すれば試乗予定区間を外れて長時間にわたり長距離を走行することが可能である
- また、ナンバープレートが取り付けられていても、自動車は移動性が高く、殊に大都市においては多数の車両に紛れてその発見が容易でない
- とすれば、もはや自動車販売店の試乗車に対する事実上の支配は失われたものとみるのが相当である
旨を述べ、詐欺罪が成立するとしました。
東京高裁判例(平成12年8月29日)
商品をだまし取ろうとして、
「今若い衆が外で待っているから、これを渡してくる。お金を払うから、先に渡してくる」
と嘘を言って、店舗内で店員から差し出された商品を店外に持ち出した行為について、店員を欺いて商品の交付を受けたものとして、窃盗罪ではなく、詐欺罪が成立するとしました。
占有者の意思に反して、商品を自己の占有に移していないから、窃盗罪は成立しないという考え方になります。
逆に、占有者の意思に反し、財物を自己の占有に移したと判断された判例
上記判例とは逆に、占有者の意思に反して財物を自己の占有に移しているから、窃盗罪が成立するとした判例を紹介します。
東京高裁判例(昭和30年4月2日)
顧客を装って、店員に時計を見せるように求め、隙に乗じて時計を持ったまま逃走した事案について、裁判官は、
- 店員が時計を被告人に交付したのは、被告人にこれを一時見せるために過ぎないのであり、その際、未だ店員は時計に対する事実上の支配し管理する状態を失わない
- そのため、間もなくその事実上の支配を侵害し、時計を奪取した被告人の所為を、窃盗罪に問疑した原判決は正当である
- 店員が時計を被告人に渡したことを目して、被告人の事実上の支配内に移した処分行為と解することはできない
- したがって、たとえ被告人の施用した欺罔行為があっても、詐欺罪は成立しない
旨を述べ、横領罪や詐欺罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。
顧客を装って試着した古着を着用のまま、便所に行くと欺いて逃走した事案について、裁判官は、
- 古物商Bが、上衣を被告人に交付したのは、被告人に一時見せるために過ぎないのであって、その際は未だBの上衣に対する事実上の支配は失われていない
- したがって、被告人が上衣を着たまま表へ出て逃走したのは、古物商Bの事実上の支配を侵害し、これを奪取したものにほかならない
- したがって、原判決が被告人を窃盗罪に問擬(もんぎ)したのは正当であり、横領又は詐欺罪であるというのは当らない
旨を述べ、詐欺罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。
札幌地裁判例(平成5年6月28日)
区役所内で閲覧が許されている住民基本台帳用マイクロフィルムを正規の手段で借り出した上で、複写目的で短時間区役所外に持ち出した事案について、裁判官は、
- 閲覧を許されたからと言って、その者の排他的支配に移るわけではなく、閲覧中も区役所側の管理支配下にあると認められる
- したがって、本件マイクロフィルムを所定の閲覧コーナーから無断で持ち出す行為は、管理者の意思に反してその占有を侵害するものと言わなければならない
と述べ、詐欺罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。
この判例の考え方は、
- 欺罔行為(貸出手続き)は、財物の占有を奪取するについて被害者の行為を利用するための一手段として用いられているに過ぎない
- 被害者側は、犯人に対して、財物の占有を移転する意思はなく、財物を処分する行為(手放す行為)を行っていない
よって、犯人は、占有者の意思に反して財物を窃取したと認められるので、詐欺罪ではなく、窃盗罪が成立するという考え方になります。