暴行脅迫を原因とする財物の移転と窃盗罪の成否
窃盗罪における窃取とは、目的物を占有者の意思に反して、目的物の占有を移転することをいいます。
そして、窃取といえるためには、目的物の占有移転は、暴行脅迫を手段とせずになされたものでなければなりません。
もし、暴行脅迫を手段として窃取行為が行われた場合は、強盗罪(場合によっては恐喝罪)が成立し、窃盗罪は成立しません。
ここで、どの犯罪が成立するかを判断するポイントになるのが、
暴行脅迫と財物窃取行為の前後関係
です。
たとえば、被害者に対し、暴行脅迫を加える前に、財物を窃取した場合は、窃盗罪が成立します。
また、被害者に暴行脅迫を加えた後、被害者が倒れているのを見て、「このすきに財布を盗んでやろう」などの窃盗の犯意が生じ、財物を窃取した場合にも、窃盗罪が成立がします。
以下で、暴行脅迫と窃取の関係が争点になった判例を紹介します。
暴行脅迫と窃取(または強取)の関係が争点になった判例
名古屋高裁判例(平成10年4月23)
この判例は、強盗の犯意があっても、暴行脅迫を加える前に奪取した財物については、窃盗罪が成立するとしました。
この判例の事案は、被告人2名が、強盗を共謀し、コンビニに押し入ったものの、片方が鉄パイプで暴行脅迫に及んだ時には、もう片方はレジスターを店外に持ち出していたというものです。
裁判官は、
- 被告人両名は、コンビニ店内に入り、店舗奥にいた店員に対し、暴行や脅迫を用いることなく、まず被告人Aが入口のレジスターを店外に持ち出している
- その直後、被告人Bが、もう1台の奥のレジスター内から金員を奪い取ろうと考え、店員を脅迫し、その反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、その目的を遂げなかった
- 被告人Aが入口のレジスターを持ち出した点は、被告人らが事前に強盗を共謀していたとしても、犯行に際しては、現実に暴行や脅迫を用いることなく、入口のレジスターを奪取しているのであるから、強盗罪は未だその着手があったとはいえず、窃盗既遂罪を構成するのみである
- また、被告人Bが専ら奥のレジスターから金員を奪取する目的で店員を脅迫して犯行を抑圧して金員を強取しようとしたが、その目的を遂げなかった点は、強盗未遂罪を構成する
などと判示しました。
名古屋高裁判例(昭和29年10月28日)
この判例は、
- 他人が被害者を昏倒させたのを傍観していて、被害者が昏酔したのに乗じ財物を奪取しても、奪取した者が被害者を昏酔させた場合でなければ、昏酔強盗は成立しない
- 他人が被害者に暴行脅迫を加えて、被害者が倒れたの乗じて、被害者の財物を領得したような場合には、その領得は暴行脅迫を手段としたものとは言えないので窃盗罪を構成する
としました。
裁判官は、
- 被告人が、Aと強盗について共謀した事実またはこれを助勢した事実は認め難い
- したがって、被告人がAの強盗致死行為を傍観していたことがあっても、被告人において、強盗または強盗致死罪の犯意があったとは認められない
- したがって、昏倒または死亡した後、被害者の家のタンスの中を物色したり、被害者の胴巻を物色して現金を取り出しても、この被告人の行為は、窃盗罪を構成するに過ぎない
などと判示しました。
最高裁判例(昭和41年4月8日)
犯人が被害者に暴行を加えた後に、財物を領得する犯意を生じ、財物を奪取した場合は、強盗罪が成立するのか、窃盗が成立するのかが問題になります。
この手の事案の判例の考え方は
- 財物の占有者に暴行を加える時点においては、財物を奪取する故意がない、つまり、強盗罪の故意がない
- 財物を奪取する時点では、窃盗の故意しかないので、強盗罪は成立せず、窃盗罪が成立する
という見解をとる傾向があります。
この考え方が反映された判例として、最高裁判例(昭和41年4月8日)があります。
この判例は、犯人が被害者を殺害した後、領得の意思を生じ、被害者の殺害直後に、殺害現場で、被害者が身につけていた腕時計を奪取した行為は、窃盗罪を構成するとしました。
裁判官は、
- 被告人は、当初から財物を領得する意思は有していなかった
- 野外において、人を殺害した後、領得の意思を生じ、犯行直後、その現場において、被害者が身につけていた時計を奪取したのである
- このような場合には、被害者が生前有していた財物の所持は、その死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなうものというべきである
- そうすると、被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用し、財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害したものというべきである
- よって、被告人の奪取行為は、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪を構成する
なとど判示しました。
東京高裁判例(昭和48年3月26日)
この判例は、暴行を加えた後に財物奪取の意思を生じた場合における強盗罪の成立要件として、
- 被害者が抵抗できない状況にあるのに乗じただけでは足りない
- 犯人が、財物奪取の意思を生じた後に、さらに被害者に対し、その抵抗を不能ならしめる暴行または脅迫に値する行為が存在して初めて強盗罪が成立する
ことを示しました。
裁判官は、
- 強盗罪は、相手方の犯行を抑圧するに足りる暴行または脅迫を手段として財物を奪取することによって成立する犯罪であるから、その暴行または脅迫は、財物奪取の目的をもってなされるものでなければならない
- それゆえ、当初は財物奪取の意思がなく、他の目的で暴行または脅迫を加えた後に至って初めて奪取の意思を生じて財物を取得した場合においては、犯人がその意思を生じた後に改めて被害者の抵抗を不能ならしめる暴行ないし脅迫に値する行為があって、はじめて強盗罪の成立があるものと解すべきである
などと判示しました。
この判例の事案は、
- 犯人が、財物奪取の意思の発生前に加えた暴行により、被害者がその場にうずくまって畏怖していることに乗じ、「金はどこにあるのか」「無銭飲食だ」などと言いながら、被害者の背広のポケットに手を差し入れて懐中を探るなどし、現金1万円と腕時計1個を奪った
とういものです。
裁判官は、犯人が、財物奪取の意思の発生後に行った
暴行を受けてうずくまっている被害者に対し、「金はどこにあるのか」「無銭飲食だ」などと言いながら、背広のポケットに差し入れて懐中を探る態度
が、犯人の財物奪取を拒否すれば、さらに激しい暴行を加えられるものと被害者を畏怖させて脅迫し、犯行を抑圧するものであるとして、強盗罪の成立を認めました。
旭川地判判例(昭和36年10月14日)
この判例は、
犯人が、被害者に対し、がんをつけたと因縁をつけ、殴るなどして傷害を与え、被害者を失神による抵抗不能にし、失神による抵抗不能に乗じて、被害者の洋服(背広)をはぎ取って奪ったという事案
について、
傷害罪と窃盗罪が成立する
としました。
この事案で、検察官は、傷害罪と強盗罪が成立するとして起訴をしていますが、裁判官は、強盗罪ではなく、窃盗罪が成立と判断しました。
裁判官は、
- 強盗罪は、相手方の犯行を抑圧する程度の暴行または脅迫を手段として、他人の財物を奪取することによって成立する犯罪である
- 暴行または脅迫を手段とするというのは、ある暴行脅迫が客観的に財物奪取の前提となっているということはなく、主観的に財物奪取のための行為として暴行脅迫が行われるということなのである
- 別な言い方をすると、強盗罪が成立するためには、暴行または脅迫を加えて相手方の犯行を抑圧し、これに乗じて財物を奪取することを必要とするのである
- 本件では、暴行は、洋服奪取の手段として行われたものではなく、他の理由による暴行終了後に洋服奪取の故意を生じ、心神喪失に陥っている被害者の洋服をはぎ取ったというものであるから、強盗罪の構成要件に該当しない
などと判示し、強盗罪ではなく、窃盗罪が成立すると判断しました。
高松高裁判例(昭和34年2月11日)
この判例は、
暴行の結果、失神している被害者の腕時計を「今なら取っても分からない」と思って領得した事案
について、
強盗罪の成立を否定し、窃盗罪が成立する
としました。
裁判官は、
- 他の目的で先に加えた暴行脅迫により被害者が畏怖しているのに乗じ、この機に財物を奪取しようという意図のもとに金品を要求し、あるいは身体にさわって財物を奪ったような場合は(参考最高裁S24.12.24判決)、その申し向けた言辞や身体にさわる等の挙動をすること自体が被害者を通常畏怖せしめるに足る脅迫と評価すべきであるし、また他の目的で暴行の継続中、被害者が畏怖のあまりその暴行から免れんがために、その場で自ら進んで提供を申し出た金品を取得したような場合にも強盗罪の成立を妨げないけれども、その所以も初めから財物奪取の目的で暴行脅迫を加えて強取する場合とその評価において、これを別異に解すべき何ら理由が存在しないからである(参考大審院S19.11.24)
- 本件においては、被告人が被害者が失神しているものと思い、今取っても分からないと考え、無言のまま被害者の腕から時計を外し取ったものであるから、畏怖状態を利用するという意思もないし、または、これに乗じたわけでもなく、財物奪取のために暴行脅迫を用いたものと評価さるべきではないし、これと同視すべき場合でもない
- それは喧嘩の相手が犯人の打撃によって死亡または失神した際、立ち去るに及んで、ふと物欲を起こし、死体または失神している身体から懐中物を取ったというものと異なるところはなく、大い意味では、抵抗不能に乗じて取ったとはいえても、強盗罪が成立するものではない
- 本件は単なる窃盗罪をもって問擬(もんぎ)すべきものと解するのが相当である
と判示しました。
最高裁判例(昭和24年12月24日)
この判例で、犯人が被害者を強姦し、強姦行為の直後に強盗の犯意を生じ、強姦された被害者の畏怖に乗じて金品を強取した事案について、強盗強姦罪ではなく、強姦罪と強盗罪が成立するとしました。
最高裁判所の裁判官は、原判決が上記事案について、強盗強姦罪を認定したのに対し、
- 被告人の行為が強盗強姦罪を構成するかどうかということと、その犯情が強盗強姦罪と同じであるということは別の事柄である
- 原審が婦女を強姦した後、その畏怖に乗じて、さらに同女から金員をまでも強奪した被告人の本件犯行を、その情状において、強盗犯人が婦女を強姦した場合といささかも異ならないとするのであれば、その点は被告人の対する量刑上十分に考慮すれば足りるのである
- 次に、強盗強姦罪は、強盗罪と強姦罪の結合犯であるから、強姦罪と強盗罪に該当する行為とが同一機会に行われさえすれば強盗強姦罪を構成するというのであれば、それは結合犯の概念を正解しえないものというほかなく、到底採用に値しない。
- 以上のとおり、被告人の本件所為は、強姦罪と強盗罪との併合罪をもって処断すべきである
などと判示し、この事案について、強盗強姦罪ではなく、強姦罪と強盗罪との併合罪が成立するとしました。
東京高裁判例(昭和37年8月30日)
この判例では、強姦の目的でなされた暴行脅迫行為により、犯行不能の状態に陥った女性が、犯人が速やかに退去することを願って金員を提供した事案で、強盗罪の成立を認めました。
裁判官は、
- 強姦の目的で婦女に暴行を加えた者が、その現場において相手方が畏怖に基づいて提供した金員を受領する行為は、自己が作出した相手方の畏怖状況を利用して他人の物につき、その所持を取得するものであるから、暴行または脅迫を用いて財物を強取するに均しく、その行為は強盗罪に該当するものと解するのが相当である(大審院S19.11.24判決参照)
- 強姦の目的でなされた暴行脅迫により反抗不能の状態に陥った婦女は、その現場を去らない限りその畏怖状態が継続し、その犯人が速やかに退去することを願って金員を提供する場合においても、その提供は畏怖状態に基づく不任意な提供であることは明らかである
- これを受け取る行為は、すなわち相手方が畏怖状態に陥っているのに乗じ、相手方から金品を奪取するにほかならない
- したがって、その金品奪取の時において、先になされた暴行脅迫は財物を奪取するための暴行脅迫と法律上同一視され、犯人は刑法236条の「暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者」に該当すると解すべきである
などと判示し、強盗罪が成立すると判断しました。