脅迫罪が成立するためには、害悪の告知を被害者が了知することが必要である
脅迫罪(刑法222条)において、害悪の告知があったといえるためには、相手(被害者)が害悪の告知を了知したことが必要です。
害悪の告知をしたが、相手に伝わらなかった場合は、脅迫罪は成立せず、行為を罰することはできません(脅迫罪には未遂規定がないので、脅迫未遂も成立し得ません)。
参考となる判例として、次のものがあります。
大審院判決(明治44年6月29日)
被告人が、第三者に対して、「被害者を殴ることを伝えよ」と告げて、間接的に被害者に伝達した事案で、裁判官は、
- 第三者を仲介として、他人を脅迫する場合においては、第三者にその通告をなすをもって足れりとせず、第三者をして他人に害悪の通告を伝達せしむることを要す
- そうあらざれば、脅迫の罪は、未だ完成せざるものとす
と判示し、被害者が害悪の告知を了知しなければ、脅迫罪は成立しないことを明示しました。
この判示は、脅迫罪が既遂に至るには、被害者が害悪の告知を了知することを必要とする趣旨と解されています。
大審院判決(大正8年5月26日)
犯人が脅迫状を掲示場の端に掛けておいたところ、第三者がたまたま発見して被害者に到達したという事案で、裁判官は、
- 脅迫罪を構成するには、犯人が人を脅迫するの目的をもって、刑法第222条所定の害悪を加えるべきことを相手方に知らしむる手段を施すことと、相手方がこれによって加害行為の行われるべきことを知りたる事実あるをもって足り、必ずしも犯人が言語その他の方法をもって、直接相手方に対し、害悪を加えるべきことを通告するの要あるものにあらず
と判示し、害悪の告知が到達に至る因果関係を問わず、被害者が加害行為の行われるであろうことを知ったことが、脅迫罪成立の要件であることを明示しました。
大審院判決(大正13年11月26日)
村八分の事案で、裁判官は、
- 共同絶交の決議をなすに当たり、公開の場所において、これを公行したるときは、被絶交者と否とを問わず、一般にその決議を周知せしむるべき状態に置きたるものということを妨げざるをもって、いやしくもその被絶交者において、告知その他の方法により、その決議を了知したるときは、法律上その決議の通告を受けたるものと同一の効力あるものといわざるべからず
と判示し、周知されるべき状態の段階と了知の段階と区別して、了知の時に通告があったものとすべきであるとしました。
大審院判決(昭和18年7月31日)
町内会役員がある者を町籍から除名する旨の決議をし、その趣旨の書面を市役所配給課に提出したという事案で、裁判官は、
- 害悪を加えるべきことを相手方に知らしむべき行為をなすことを要し、従って、犯人の行為が相手方に覚知し得ざる段階においては、脅迫罪の成立なきものとす
と判示し、被害者の住居でない市役所に提出した行為は、被害者が市役所に勤務するなど特殊の事情のため被害者に書面の内容を覚知されうる状態にない限り、まだ害悪の通告があったとはいえず、脅迫罪は成立しないとしました。