刑法(準強制性交等罪・準強制わいせつ罪)

準強制性交等罪、準強制わいせつ罪(5) ~具体例④「被害者の無知、困惑、驚愕等に乗じて、あるいは被害者の置かれている特別の状況を利用して、被害者にとって抗拒不能といい得る状況を作出した事例」を判例で解説~

 前回の記事の続きです。

 今回の記事では、準強制性交等罪、準強制わいせつ罪の具体例として、

  • 被害者の無知、困惑、驚愕等に乗じて、あるいは被害者の置かれている特別の状況を利用して、被害者にとって抗拒不能といい得る状況を作出した事例

を紹介します。

被害者の無知、困惑、驚愕等に乗じて、あるいは被害者の置かれている特別の状況を利用して、被害者にとって抗拒不能といい得る状況を作出した事例

 医療行為を仮装する場合以外にも、被害者の無知、困惑、驚愕などに乗じて、あるいは被害者の置かれている特別の状況を利用して、被害者にとって抗拒不能といい得る状況を作出した場合には、被害者が性的行為自体をそれと認識し、形式的には同意しているような状態があったとしても、準強制性交等罪・準強制わいせつ罪の成立が認められます。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和31年9月17日)

 被害者の性的無知に起因する驚愕によるわきまえを失した状態を利用した事例です。

 裁判官は、

  • 性交のいかなるものであるかを知らない未だ満15年にも満たない少女に対し、同女が中学の卒業期を控えて、就職に焦心して居た折柄、これに乗じて言葉巧みに就職斡旋を名に、同女を連れ出して姦淫したものである
  • なるほど、最初、就職のための身体検査に名をかり、同女の陰部に手指を挿入し、また陰茎を挿入しかかつた事実もあって、その際、同女において性交の何たるかを解するに至った節も窺われないわけではないが、それかといって、ただそれだけの事由をもって、また人の近づく気配に場所を他に転じて二度目に性交を遂げた事実をもって直ちに強姦の事実がないとすることはできない
  • 被告人が、その間、同女に対し、特段に有形力の行使による暴行や畏怖の念を生ぜしむべき言辞弄した脅迫事実の必ずしも見るべきものがないとするも、前述の如く、就職に焦心しているうら若い同女の始めての経験として、その性交が、原審認定の如く、被告人の右手指挿入等に起因した驚愕の結果、同女において前後のわきまえを失した抗拒不能の精神状態になったのに乗じて行われたものであることもこれを認め得るものがあるからである
  • すなわち、姦淫において、敢えて有形力の行使による暴行や畏怖せしむる言辞を弄するの手段に出でた事実がないとしても、欺罔等の巧妙な手段によって機会を作り、相手方の性的無知ないしは性的所作事に起因する驚愕による前後のわきまえを失した抗拒不能に乗じて姦淫を遂げた事実あるにおいては、強姦の罪の成立あるを免がれない

と判示し、準強制性交等罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和56年1月27日)

 モデル志望の女子を全裸にして写真撮影した事例につき、当時の諸事情を総合して心理的に反抗を著しく困難な状況に陥れたものと認め、準強制わいせつ罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 刑法178条にいわゆる「抗拒不能」とは、心神喪失以外の意味において、社会一般の常識に照らし、当該具体的事情の下で、身体的または心理的に反抗の不能または著しく困難と認められる状態をいい、暴行及び脅迫による場合を除きその発生原因を問わない
  • 相当額の入会金を支払って所属契約を結び、モデルとして売り出してもらうことを志望していた被害者らについて、その希望を実現させることのできる当該プロダクションの実質的経営者の地位にあったという被告人と被害者らとの地位関係、被害者らの若い年齢や社会経験の程度、被告人の言うことを信じそれに応じなければモデルとして売り出してもらえないと考えた被害者らの誤信状況などを総合すれば、社会一般の常識に照らし、被告人の全裸になって写真撮影されることもモデルになるため必要である旨の発言等は被害者らをそのように誤信させ、少くとも心理的に反抗を著しく困難な状態、換言すれば、前示抗拒不能に陥らせるに十分であり、その結果、被害者らはその状態に陥って全裸になったものである
  • また、被害者らが全裸になって、被告人と二人きりで密室内にいる状態が抗拒不能の状態と解すべきことも重ねていうまでもないところである

と判示し、準強制わいせつ罪の成立を認めました。

東京高裁判決(平成11年9月27日)

 姦淫行為を拒めば、被害者の身近な者らに危難が生じるものと誤信させ、その危難を避けるためには、その行為を受け入れるほかないとの心理的、精神的状態に被害者を追い込んで姦淫行為に及んだ事案で、被害女性を心理的、精神的に抗拒不能の状態にさせたと認め、準強制性交等罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 刑法178条にいう「抗拒不能」は、物理的、身体的な抗拒不能のみならず、心理的、精神的な抗拒不能を含み、たとえ物理的、身体的には抗拒不能といえない場合であっても、わいせつな行為あるいは姦淫行為を拒めば被害者の身近な者らに危難が生じるものと誤信させ、その危難を避けるためには、その行為を受け入れるほかはないとの心理的、精神的状態に被害者を追い込んだときには、心理的、精神的な抗拒不能にさせた場合に当たるということができる
  • そして、そのような心理的、精神的状態に追い込んだといえるか否かは、その危難の生じるとされた者と被害者との関係、被害者の年齢、生活状況などの具体的事情を資料とし、当該被害者に即し、その際の心理や精神状態を基準として判断すべきであり、一般的平均人を想定し、その通常の心理や精神状態を基準として判断すべきものではない
  • 刑法178条は、個々の被害者の性的自由をそれぞれに保護するための規定であるから、犯人が当該被害者にとって抗拒不能といいうる状態を作出してわいせつな行為あるいは姦淫行為に及び、もってその性的自由を侵害したときは、当然その規定の適用があると解すべきである
  • この観点から原判示の各犯行をみると、原判決が適切に説示するように、いずれの犯行においても、被告人は、被害者の娘や妹あるいは親しい知人を装い、同人らに切迫した事態が生じ、被害者の助力が必要不可欠であると誤信させて被害者を精神的に追い詰め、被害者が姦淫行為を拒めば、娘の夫らが性的不能に陥るものと誤信させ、各被害者を心理的、精神的に抗拒不能の状態にさせたものということができるのであって、準強姦罪(現行法:準強制性交等罪)あるいはその未遂罪の成立を認めた原判決は正当である

と判示しました。

東京高裁判決(平成15年9月29日)

 英語の個人レッスンを受けるため一人で被告人方を訪れた女子高校の生徒に対して、英語上達につながるリラックス法があり、そのためには下着を脱いで着替えることが必要であると言葉巧みに説き、これを信じた同女に対してわいせつ行為に及んだ事案について、準強制わいせつ罪の成立が認められた事例です。

 裁判官は、

  • 刑法178条にいう「抗拒不能」とは、心神喪失以外の理由で社会一般の常識に照らして当該具体的な事情の下において物理的、身体的あるいは心理的、精神的に抵抗できないか、又は抵抗することが著しく困難な状態にあることをいい、また、「抗拒不能にさせ」るとは、暴行、脅迫以外の手段を用いて前記の抗拒不能の状態を作り出すことをいうところ、これには欺く行為により被害者を錯誤に陥れて抵抗することが著しく困難な心理状態にさせる行為も含まれる。そして、抗拒不能にさせる行為か否かは、行為者及び被害者の年齢、性別、社会経験の程度、殊に欺く行為により錯誤に陥らせたという場合においてはその行為の状況などの具体的事情を基にして、当該被害者に即した心理的、精神的な状態を基準として判断すべきである
  • (1)①原判示第1の事実についてみると、当時女子高校生であったBは、被告人が相当年配の男性で、しかも、自校の英語教師であるAの恩師であり、間違ったことはしない立派な人物であると信用し、一人で英語の個人レッスンを受けるため被告人方を訪れたところ、被告人は、同女に対し、英語上達につながるリラックス法があると言葉巧みに説き、これも信用させ、併せて強い口調も交えて、被告人の言に従えば英語が上達できるものと信じさせ、同女をして、これを拒否すれば被告人に英語を教えてもらえないし、失礼に当たるとも思い込ませ、わいせつな行為をする意思があるのにこれがないと装い、被告人から渡された服に下着まで脱いで着替えることが、リラックスのために必要であると誤信させ、そのように着替えさせるなどし、被告人のわいせつな行為に心理的に抵抗することが著しく困難な状態に陥らせたものと認められる
  • ② また、原判示第2の事実についてみると、当時女子高校生であったCは、被告人が自校の英語教師であるAの恩師で、心理学の修士号を持ち、変なことはしない尊敬できる人物であると信用し、一人で英語の個人レッスンを受けるため被告人方を訪れたところ、被告人は、同女に対し、トーフルで好成績を得る英語の勉強法につながるリラックス法があると言葉巧みに説き、これも信用させ、併せて強い語調も交えて、被告人の言に従えばトーフルで好成績を得られるものと信じさせ、わいせつな行為をする意思があるのにこれがないと装い、同女をして、被告人から渡された服に下着まで脱いで着替えることが、リラックスのために必要であると誤信させ、そのように着替えさせるなどし、被告人のわいせつな行為に心理的に抵抗することが著しく困難な状態に陥らせたものと認められる
  • ③さらに、原判示第3の事実についてみると、当時女子高校生であったDは、被告人が自校の英語教師であるAの恩師で、すばらしい先生であると信用し、Aに勧められたこともあって、一人で英語の個人レッスンを受けるため被告人方を訪れたところ、被告人は、同女に対し、英語の上達につながるリラックス法があると言葉巧みに説き、これも信用させ、被告人の言に従えば英語の上達につながるものと信じさせ、わいせつな行為をする意思があるのにこれがないと装い、同女をして、被告人から渡された服に下着まで脱いで着替えることが、リラックス法のために必要であると誤信させ、そのように着替えさせるなどし、被告人のわいせつな行為に心理的に抵抗することが著しく困難な状態に陥らせたと認められる
  • (2)このようにして、被告人は、Bら3名をいずれも「抗拒不能にさせ」たのであって、その上で同女らに対して原判示の各わいせつな行為をなした被告人には、同女らに対する準強制わいせつ罪が成立することは明らかである

と判示しました。

京都地裁判決(平成18年2月21日)

 教会の主管牧師が信者である子供に対し、その指示に従わなければ、地獄に墜ちて永遠に苦しみ続ける旨説教し、その子供に性行為をしたことにつき、準強制性交等罪の成立が認められた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人が「私の言葉に従えばそれは従順であり、天国に行ける。」、「牧師に従順でないことは神に従順でないことであり、地獄に堕ちる。」などと言っていたことは優に認定できることは既に判示したとおりであるが、地獄に堕ちた場合、「火と硫黄の燃える池があり、高温で人々の魂が焼かれ続け、抜け出せない。」、「地獄では、虫が人の目や口から出たり入ったりし、地獄に堕ちた者たちは、その虫や虫の排泄物を食べて飢えをしのぐしかない。」、「地獄は悲鳴ばかりがこだまし、永遠に滅びることもできずに苦しみもだえるばかりの場所である。」などと聞くだけでも恐ろしい世界が待っていることを説教で述べており、少女らが地獄に堕ちた場合到底耐えられないと思い込む内容のものであると判断できる
  • 本件少女らは被害当時14歳ないし16歳の少女であり十分な判断能力が備わっていないところ、大人ですら被告人のことを神に最も近い存在と信じていたものがいる状況下で、親などが被告人をそのように思っており、小さいころからそのように教え込まれていたのであるから、主管牧師である被告人が神の御言葉を語る神の代理人又は神に最も近い存在であると信じ、被告人を畏怖敬愛し、被告人が説教等において述べているように被告人に逆らうことは神に逆らうことを意味し、牧師である被告人に従順でなければ神の祝福を受けることができず、天国には行けない、神の祝福を受けることができなければ前記のとおり想像するのも恐ろしい地獄に堕ちることになると何らの疑いを抱くこともなく信じ、被告人の言うことを批判することができず従順に行動したことも無理からぬところである
  • そして、そのような状況に置かれていた本件少女らが被告人から牧師室に来るように、あるいは同行するように求められて牧師室に行き、ホテルや被告人宅に同行し、服を脱ぐように指示され、性的な行為をされ、姦淫されそうになった場合、気持ち悪いなどと感じ内心ではこれを拒否したいと思っても、被告人からそれが祝福などと言われ、神に最も近い存在である被告人から要求され行動されれば、被告人に抵抗し、姦淫されることを拒絶することはおよそ不可能なことであったと認められ、被告人の要求どおり従順に行動せざるを得なかった、すなわち、牧師である被告人には抗拒できない状況で姦淫されたと認められる
  • 総じて、被告人から姦淫されることを祝福であると思って喜んでいた者は本件少女らにはいない
  • 牧師室に来るように、あるいは牧師室で泊まるように言われるとそれは被告人から姦淫されることであると分かった上で被告人の要求を拒否しなかったのは、それは牧師に逆らえず、被告人から祝福と言われ、嫌だが祝福であるからそれを受けなければ神に最も近い牧師の意思に反し地獄に堕ちると考えて抵抗出来ずに被告人の要求に応じていたのであり、それが抗拒不能の唯一の理由であると評価し、性交を重ねられたことを抗拒不能の事由から除くことも考えられる
  • ただ、前記のとおり多数回姦淫を繰り返され、内心の嫌悪感は増したもののあきらめの気持もあり順次抵抗意識が薄れ、神の祝福という言葉に救いを求め被告人の要求に応じたという側面もあったと思われるので、起訴事実と同様の事実を認定することにしたものである
  • なお、被告人は本件少女らの年齢や判断能力、説教などの内容や自己の言うことに従うかどうかなどの事情はその行動状況から知悉しており、さらには本件少女らが進んで姦淫されていないことは身をもって分かっており、それ故にこそ被告人は行為後、被告人のやったことは祝福であると本件少女らに言って自己の行為を正当化したり他の者には言わないように口止めをしたものと認められる
  • よって、本件少女らが、被告人に従わなければ地獄に堕ちることになるなどと畏怖し、抗拒不能の状態にあったことに疑いを入れる余地はなく、判示の各事実は、いずれも優に認定することができる

と判示し、準強制性交等罪の成立を認めました。

東京高裁判決(平成9年3月11日)

 手や脊髄の不自由な身体障害者であるように誤信させて、陰茎を握らせるなどして小用をたすのを介助させたことを準強制わいせつに当たるとした事例です。

 裁判官は、

  • 被害者は、被告人の言により、被告人が手や脊髄の不自由な身体障害者であると誤信させられ、矢継ぎ早になされた被告人の要求により、もしこれに従わなければ、被告人が小便をすることができず、非常に困難な状況になるし、他の職員を呼びに行く時間もないような緊急を要する状態であると思い込まされ、公的施設の職員として、身体障害者を介護しなければならないという気持もあいまって、冷静な判断力や批判力を欠いた心理状態に陥れられ、やむなく被告人の要求するままに被告人の陰茎を握ったり、しぼるようにしたものである
  • このような場合、被害者は、被告人の要求を断ることが著しく困難な心理状態、すなわち抗拒不能の状態にあったというべきである
  • そうすると、被告人は、虚偽の事実を申し向けながら、次第に被害者を抗拒不能の状態に陥れ、被害者がそうした状態に陥っていることを利用して、自己の陰茎を握らせるなどしたものであるから、被告人に対し、準強制わいせつ罪の成立を認めた原判決に事実の誤認ないし法令の適用の誤りは認められない

と判示し、準強制わいせつ罪の成立を認めました。

【ポイント】

 これまでに紹介した事例から考察すると、被害者が性的行為をそれとして認識し、これを承諾しないしは認容しているような場合に、なおかつ抗拒不能として準強制性交等罪、準強制わいせつ罪の成立を認めるためには、被害者の置かれた状況、行為者が作出した状況等を総合して、被害者に行為を承諾し、あるいは認容する以外の行為を期待することが著しく困難と認められることを要するといえます。

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