刑法(恐喝罪)

恐喝罪(9) ~「喝取金品の交付行為は黙示の交付でもよい」「喝取金の交付を受ける者は恐喝者自身である必要はなく、第三者でもよい」「喝取金の交付の時期、方法、動機は問わない」を判例で解説~

 恐喝罪(刑法249条)の成立には、恐喝の結果、相手方が畏怖し、任意に財物を交付し又は利益の処分を行い、犯人が財物を領得し又は不法の利益を得るという因果関係を必要とします。

 今回は、被害者の犯人に対する財物の交付行為について説明します。

喝取金品の交付行為は黙示の交付でもよい

 交付行為は恐喝罪の場合は厳格に解されていません。

 黙示の交付行為でもよいとされます。

 ただし、被恐喝者の黙認、すなわち奪取されることの認識は必要になります。

 被恐喝者が畏怖しているのに乗じて財物を奪取した場合、交付行為がないため、恐喝罪ではなく窃盗罪が成立するのではないかとの疑いが残りますが、判例はこれも交付だとして恐喝罪の成立を認めています。

最高裁判決(昭和24年1月11日)

 この判例で、裁判官は、

  • 恐喝取財罪の本質は、被恐喝者の畏怖による瑕疵ある同意を利用する財物の領得行為であると解すべきであるから、その領得行為の形式が、被恐喝者において自ら財物を提供した場合はもちろん、被恐喝者が畏怖して黙認しているのに乗じ、恐喝者において財物を奪取した場合においても、また本罪の成立を妨ぐるものでないといわねばならぬ
  • それ故、本罪の正条たる刑法249条第1項の『交付せしめ』との語義は、以上の各場合を包含する趣旨と解するを正当とし、また原判決事実摘示中の『交付せしめてこれを喝取し』との用辞は、右刑法正条の用語例に従いたるものと解するを相当とする

と判示しました。

 被恐喝者が、犯人が現金を奪ったのを承知しながらも、畏怖のためこれを黙認せざるを得ない状況にあったと認めらるのであれば、黙示の交付行為といえます。

 この点について、以下の判例があります。

名古屋高裁判決(平成30年2月16日)

 恐喝により畏怖の念を生じた被害者が、財布の中から現金を取り出し犯人に手交しようとした瞬間、犯人が現金在中の右財布を奪取した事案です。

 犯人が反抗を抑圧する程度に至らない暴行脅迫を加え、被害者に畏怖の念を生ぜしめ、その結果被害者が財布の中から現金の一部を取り出し犯人に手交しようとした瞬間、犯人が右現金その他在中の財布を奪取したときは、恐喝罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • かかる場合、強盗罪をもって問擬(もんぎ)するか、あるいは恐喝の一罪と認めるか、またあるいは窃盗罪の一罪と認めるか、はたまた恐喝未遂罪と窃盗罪との併合罪と認めるかは、一に法の精神と社会通念に照し、いかに法律上の評価を為すのが合理的であるかによって定まるものと解するを相当とする
  • まず、強盗罪をもって問擬すべき価値ある所為なりや否やにつき、おおよそ強盗罪が成立する為には、行為者の被害者に加えた暴行脅迫の程度が被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要することは論を俟たないところである
  • なるほど本件犯行は、被告人が被害者に対して用いた言辞、態度、兇器の種類、性質、被害者の畏怖の程度に鑑み、社会通念に照し、未だもって強盗の構成要件たる相手方の反抗を抑圧する程度の暴行脅迫の行為があったものと認めることは出来ない
  • したがって、被告人の行為を強盗罪として処断すべきであると論ずるには理由がない
  • 次に、恐喝既遂の一罪であるとする論旨、及び窃盗罪の一罪として処断すべきであるとの各論旨について併せて審究するに、被告人が本件犯行にあたり用いた暴行脅迫の手段、その際示した兇器の種類、性質、被害者の畏怖の程度等に鑑み、犯行の時刻場所の点を考え合せて見ても、この種の所為は法律上の価値評価において恐喝既遂の一罪をもって間擬すべきものと認むるを相当とする
  • 蓋し、恐喝罪は犯人が被害者に対し暴行又は脅迫を加え、これにより被害者に畏怖の念を生ぜしめ、よって不本意なる意思決定にもとづき財物を交付し、犯人がこれを受領することによって成立する犯罪であるが、被告人が被害者に対し加えた暴行、脅迫は相手方の反抗を抑圧する程強度のものではないが、被害者に畏怖の念を生ぜしむるには十分であり、かつ被害者は右暴行脅迫によって畏怖の念を抱き、これがため、不本意ながら自己保管中の現金の中から数百円の現金を被告人に交付する意思決定を為し、自ら自己所有の鞄の口を開き、在中の財布から百円札数枚をつまみ出し、これを被告人に手渡そうとした瞬間、被告人がその財布を見て持逃げたのである
  • この場合、被告人の手中に帰した財布及び在中の現金全部を被害者が任意に交付する意思決定がなかったものと認め得られるとはいえ、この一事をもって、恐喝行為が未遂に終り爾余の行為が直ちに窃盗罪を構成するものと解することは、理論遊戯的皮相の見解といわざるを得ない
  • 叙上の如き事実は、これを法律的に評価して、被害者が任意に財物を交付した場合と同一に考え、恐喝既遂罪として処断すべきものと解すを相当とする
  • 蓋し、被害者が若干の金員を交付しようと決意し、現金をつまみ出そうとしている時その隙を見てその現金在中の財布を引さらって逃げる行為は、被害者において阻止する余裕がなく、犯人が財物を奪うを黙認するの余儀なきに至らしめた場合は、任意の交付と同一視するに足るからである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和43年10月14日)

 恐喝をして被害者を畏怖させ、被害者が手にしていた一万円札などの現金をもぎ取った事案です。

 裁判官は、

  • 原判示金員は、被害者が自ら被告人に手交したものなることを認めることはできないが、恐喝罪の成立に必要な被害者の財物の交付は、被害者自らこれを手交する場合に止まらず、被害者が畏怖し黙認しているのに乗じ、犯人自ら財物を奪取する場合をも含むものなることは最高裁判所判例の示すとおりである(昭和24年1月11日第二小法廷判決
  • 被告人は、原判示のごとき暴行によって、被害者が畏怖しているのに乗じ、その胴巻の中から、いわゆるばら銭約245円、手掌から、一万円札1枚を奪取したものであり、被害者はこれを承知しながらも、畏怖のためこれを黙認せざるをえなかった状況を認めるに十分であり、これを前記判断の趣旨に照らせば、たとえ被害者が自ら財物を手交したものでないことが所論のとおりとしても、なお、恐喝罪の成立に必要な財物の交付というに十分である
  • また、被告人は、所論一万円札にとどまらず、被害者の胴巻の中からばら銭245円を奪取していること、および、手掌から奪取した一万円札も直ちに自己のポケットに入れていることは被告人も自認するところであり、その他記録によつて窺われる本件犯行の経過、態様に徴すれば、金員喝取の犯意がなかつた旨の被告人の弁解は到底措信できない

と判示し、黙示の交付行為であるとして、恐喝罪の成立を認めました。

喝取金の交付を受ける者は恐喝者自身である必要はなく、第三者でもよい

 被害者から喝取金の交付を受ける者は、恐喝者自身であることは必要ではありません。

 第三者に喝取金の交付を受けさせても恐喝罪は成立します。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(昭和10年9月23日)

 裁判官は、

  • 30円の金員は被告人Aの恐喝行為により、その同伴者たるBにおいて受け取り、Bにおいて受け取りたるものなることは、原判決第一事実をこれが証拠と対照することにより認むるにむずかしからず
  • 而して、かくの如く、人を恐喝して財物を交付せしむる以上は、その直接に交付を受けたる者が、恐喝行為者自身たると、その同伴者たるとにより刑法249条第1項の適用に差異を生ずべきものにあらず

と判示し、恐喝者の同伴者が現金の交付を受けた場合の恐喝罪の成立を認めました。

喝取金の交付の時期、方法、動機は問わない

 被恐喝者が犯人に対して交付する喝取金に関し、交付の時期、方法、動機は問いません。

 被恐喝者が畏怖した時期と財物を交付した時期との間に時間的に距離があっても恐喝罪は成立します。

 被恐喝者自身が財物を交付せずに第三者を介して交付しても恐喝罪は成立します。

 交付の動機にかかわりなく恐喝罪は成立します。

 時期、方法についての判例として、以下の判例があります。

大審院判決(昭和16年12月6日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被害者が、被告人らの言行によりて、畏怖心を生じたる時期と財物交付の時期との間に距離ありとするも、その財物交付が、弁護士を介在して行われたりとするも、共に右犯罪の成否を左右すべき事項にあらず

と判示しました。

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