自信は、手持ちの情報の「整合性」と「認知容易性」から生まれる

自信は、どのようにして脳内で作られるのか

〈質問〉

 自信とは何か?

 自信があると感じられる時は、どのような時か?

〈答〉

 自信とは感覚である。

 自信があると感じられる時とは、

  • 手持ちの情報に整合性がある
  • 手持ちの情報の処理が、認知的に容易である

時である。

 

 自信とはどのようなものかと聞かれたら、この定義で答えるのが私は好きです。

 たとえば、私が仕事で自信を持てる時といえば、

  • 仕事の手順を分かっている
  • うまくやるためのノウハウがある
  • 過去に成功体験があり、成功をイメージできる

といった条件がそろっているときです。

  • 仕事の手順を分かっている
  • うまくやるためのノウハウがある

という状態は、行動から結果に至るまでのプロセスを、頭の中で整合性のあるストーリーとしてイメージできる状態です。

  • 過去に成功体験があり、成功をイメージできる

という状態は、仕事の手順・ノウハウとった手持ちの情報を使って、容易に成功までのストリーを想起できる状態です。

 簡潔にいうと、自信は、手持ちの情報のつじつまが合うときに生まれます(脳内で作られます)。

 人の脳は、「見えるものがすべて」という認知をするので、手持ちの情報しか問題にしません。

 手持ちの情報で、つじつまの合う成功ストーリーを脳内で作ることができれば、納得感・安心感を感じることができ、その感覚が自信として認知されます。

抱いた自信には、たいした証拠がないことが多い

 手持ちの情報で、つじつまの合う成功ストーリーを作ることができれば、自信を作ることができます。

 脳という連想思考マシンは、疑いを押さえつけるようにできており、一番もっともらしく見えるストーリーにうまく当てはまる情報だけを用いようとします。

 その方が、手持ちの情報を少なくすることができるからです。

 手持ちの情報は、少ない方がつじつまを合わせやすいので、成功ストーリーを描きやすく、自信を作りやすいのです。

 手持ちの情報の量と質は、重要視する必要がないのです。

 むしろ、手持ちの情報の量と質は、重要視しない方が都合が良いのです。

 もっといえば、人は、無意識に、自分の知らない情報は、ないものとして処理しています。

 このように、手持ちの情報の量と質が重要視されないため、私たちは、人生で信じていることのうち、たいした証拠もなく信じているものが結構あります。

 たとえば、安定と安心のある人生を歩むためには、

高校に行って、大学に行って、なるべく良い会社に就職する

と考える(信じる)人が多いと思います。

 しかし、このような人生の歩み方をすれば、安定と安心のある人生を歩めるのか?と聞かれれば、確かな証拠があるわけではないので、自信をもってYESとは言えません。

 でも、多くの人が、安定と安心のある人生を歩めるんだろうと信じています。

 なぜなら、家族や先生、社会がそのように信じているからです。

 ただ身近にいる人や、信頼する人がそう信じている、ということだけが拠りどころになり、抱く主観的な自信というのは、結構あります。

 何らかの判断に対して、主観的な自信を抱いているだけでは、その判断が正しいとはいえません。

 持っている自信が、証拠による支えのない、単なる主観的な自信ではないか?と自問自答してみることが有益です。

 単なる主観的な自信の場合は、自分自身を顧みることが必要になります。

不確実性を認める

 証拠で支えられた自信を持て!と言われても、難しいのが実情です。

 なぜなら、世の中は、不確実性、ランダム性、確率、運が作用する部分が大きいからです。

 そのため、100%の自信というのは、本来、持てないものです。

 100%の自信を高らかに表明する人がいれば、それは「頭の中でつじつまの合うストーリーを作りました」と宣言しているようなものです。

 不確実性により、自信が持てない時に、重要になるのは、不確実性、ランダム性、確率、運の存在を認め、重大に受け止めることです。

 不確実性、ランダム性、確率、運の作用で展開されていく現実のシーンについては、行動しながら、事が起こってから、軌道修正して対処することになります。

 不確実性、ランダム性、確率、運の存在を認め、受け止めることが重要なのは、予想外の事が起こったときに、ひ弱にならずに、修正の一手を速やかに打てるようになるからです。

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