過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(14)~「車で左折する際の注意義務」を判例で解説~

車で左折する際の注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、車で左折する際の注意義務について説明します。

交差点において左折する場合の注意義務

 左折の方法について道路交通法は、

あらかじめその前からできる限り道路の左側に寄り、かつ、できる限り道路の左側端に沿って徐行しなければならない

と規定しており(道路交通法34条1項)、これが左折の場合の注意義務の基本となります。

 交差点を左折する場合の事故としては、巻き込み事故など後方直進車や、併進車との衝突が多いです。

 このような後方直進車、併進車に対する関係では、左折をしようとする地点から30メートル手前に達したときに左折の合図をし、あらかじめできる限り道路の左側端に寄って徐行し、道路左側及び左後方の交通状況に注意し、その安全を確認して進行する注意義務があるとされており、交通頻繁な交差点では、特に左側、左後方の安全確認を十分に行うべきであるとされます(仙台高裁判決 昭和54年4月3日)。

 左折する際、自車の車体構造や地形の関係上、道路右側に出て大回りをしなければならない場合には、特に、後続車に注意し、左折の合図をするのはもちろん、徐行しながら、後方の安全を確かめて進行し、場合によっては、いったん停車して後続車を先行させるべきであるとされます(東京高裁判決 昭和37年11月19日)。

 前部左側部分に死角のある大型貨物自動車を運転し、交差点を左折しようとする場合は、左折のための一時停止の前後のころから、自車左側方を進行して来る自転車、原動機付自転車等があることや、それが自車の死角内に入り込むことがあることを考慮して、自車左側を通行する自転車、原動機付自転車等の有無、動静に留意し、サイドミラー、バックミラーなどによって自車左側及び左後方の安全を確認しなければならないとされます(東京高裁判決 昭和46年2月8日)。

 先行車に続いて発進左折する場合でも、注意義務は全く同様であって、発進に当たって左後方等の安全を確認する義務がなくなったり、軽減されることはありません(東京高裁判決 昭和54年8月20日)。

 発進に際しては、助手、車掌が同乗している場合には、これらに安全を確認させ(東京高裁判決 昭和37年11月19日)、助手、車掌が同乗していない場合は、自ら伸び上がるとか、運転席から左側に寄って助手席窓から顔を出し、身を乗り出し、場合によっては、下車するなどして、死角内の安全を確認すべきとされます(仙台高裁判決 昭和54年4月3日)。

 助手席に移動するなどして安全を確認してみても、発進までの間に新たに死角圏内に進入する者がいれば、それに応じた安全確認がさらに義務付けられます(福岡高裁判決 昭和52年4月26日)。

 一方で、左折しようとする車両の運転者が、そのときの道路、交通の状態その他の具体的状況に応じた適切な準備態勢に入った後は、特別な事情のない限り、後進車があっても、その運転者が交通法規を守り、追突等の事故を回避するよう適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足り、それ以上に、あえて法規に違反し自車の左方を強引に突破しようとする車両のあり得ることまで予想した上での周到な後方安全確認をするまでの注意義務はないとされます(最高裁判決 昭和45年3月31日)。

 このことは、後進車が自転車であっても同様であるとされています(最高裁判決 昭和46年6月25日)。

 右方・左方進行車との関係では、右方・左方進行車の存否、及びその進行状況を確認し、左折により同車との衝突が予測される場合は、右方・左方進行車を先行させた後、左折するなど、衝突を回避する措置をとるべきであるとされています(福岡高裁判決 昭和55年5月28日)。

 特に、左方進行車に対しては、道路幅員が狭い場合などには、これらが道路の右側部分にはみ出して進行する程度の法規違反を犯すことを予見し、左右道路の状況に注意し徐々に発進すべきであるとされています(東京高裁判決 昭和53年12月11日)。

事例

被告人に過失ありとされた事例

 交差点を左折進行した際の事故について過失が認められた事例としては、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和46年2月8日)

 被告人が、左側に1~1.75メートルの間隔をあけていったん停車した後に発進する際、左側に停車して同時に直進し始めた自転車に気付かず発進し、左折を開始して衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。

最高裁決定(昭和49年4月6日)

 被告人が、交差点手前約30メートルの地点でルームミラーを見て、左斜め後方約20メートルの地点を追尾して来る自動二輪車を発見したが、交差点約22メートル手前で左折の合図をし、車道左端から約1.7メートルの間隔をおいて徐行し、交差点入口付近で時速約10キロメートルで左折を開始した直後に後方直車と衝突した事案です。

 被告人が左斜め後方に後進車のあることを発見したときの両車の進路、間隔及び速度等を考慮すると、被告人車が左方に進路を変更すると、後進車の進路を塞ぎ、同車との衝突は避けられない関係にあったことは明らかで、被告人車は進路を変更してはならず、また、車道左端から約1.7メートルの間隔があり、高速で被告人車を左側から追い抜く可能性のある後進車を認めた被告人としては、左折の合図をしただけでは足りず、後進車の動静に注意し、追い抜きを待って道路左側に寄るなどの注意義務があるとし、被告人に過失ありとしました。

福岡高裁判決(昭和55年5月28日)

 被告人が、設置されているカーブミラーを注視せずに左折を始め、右左道路の進行車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。

東京高裁判決(昭和53年12月11日)

 被告人が、一時停止の道路標識があるのに一時停止をせずに左折を始め、右左道路の進行車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。

被告人に過失なしとされた事例

 交差点を左折進行した際の事故について、被告人の過失が否定とされた事例として、以下のものがあります。

名古屋高裁判決(昭和45年6月16日)

 被告車が、左側に幅約50センチメートルの側溝部分を加え約1メートルの間隔をおいて左折を始めたところ、この部分を直進して来た原動機付自転車と接触した事案です。

 本来道路ではない側溝部分を含めて約1メートルしかない狭い部分に入り込んで来るような原動機付自転車があることは通常考えられないとし、被告人に過失なしとしました。

最高裁判決(昭和45年3月31日)

 交差点を左折して国道と交差する町道に進入しようとした貨物自動車が、交差点の手前約30メートルの地点から左折の合図をして徐行を始めたが、進入しようとする道路の幅員が狭く、かつ鋭角であったため、あらかじめできる限り道路の左側に寄って進行することが困難であったことから、道路左側部分の中央寄りを進行し、赤色信号で交差点でいったん停止した後、青色信号で左折を始める際に、バックミラーを見て後続車の有無を確認したのみで進行したところ、後続の自動二輪車と衝突した事案です。

 道路左端に寄って進行することが技術的に困難なため、他車が自車と道路左端との中間に入り込むおそれがある場合には、所定の合図をして、できる限り道路の左端に寄って徐行し、バックミラーを見て後続車の有無を確認した上で左折すれば足りるとし、被告人に過失なしとしました。

東京高裁判決(昭和48年12月13日)

 被告車が、かなり手前から左折の合図をし左側方に1.5メートルの間隔をおき後方進行する原動機付自転車を認めながら左折を始めたが、後方から進行してきたその原動付自転車と衝突した事案です。

 相手車において危険防止のため適切な措置をとると信頼できるとし、被告人に過失なしとしました。

最高裁判決(昭和46年6月25日)

 被告人が大型貨物自動車を運転し、国道を時速40キロメートルで走行して、国道と交差する丁字路交差点手前約35メートルの地点で被害者運転の自転車を追い抜き、その後、左折の合図をして時速約20キロメートルに減速し、交差点手前約6メートル付近で被害者運転の自転車を一瞥し、そのまま時速約10キロで左折し、左後輪で被害者を轢過した事案です。

 交差点で左折しようとする車両の運転者は、そのときの道路及び交通の状態その他の具体的状況に応じた適切な左折準備態勢に入ったのちは、特別な事情がない限り、後進車があっても、その運転者が交通法規を守り、追突等の事故を回避するよう適切に行動することを信頼して運転すれば足り、それ以上に、あえて法規に違反して自車の左方を強引に突破しようとする車両のありうることまでも予想した上での周到な後方安全確認をなすべき注意義務はなく、後進車が自転車であってもこれを例外とすべき理由はないとし、被告人に過失なしとしました。

東京高裁判決(昭和37年10月25日)

 相手方の原動機付自転車が、左折を始めた被告車の前部を猛烈な高速ですり抜けようとして接触した事案です。

 このような不法、無謀な車両操縦者の出現についての予見義務はなく、被告人としては、相手車が信号に従って進行すると予想できるとし、被告人に過失なしとしました。

福岡高裁判決(昭和39年10月28日)

 被告車が、交差点手前の横断歩道に入ってすぐ信号が黄色に変わったので、左折にかかったところ、信号を無視して交差点に入った被害車が直進しようとして被告車左斜め前に来て止まったため衝突した事案です。

 このような不法、無謀な車両操縦者の出現についての予見義務はなく、被告人としては、相手車が信号に従って進行すると予想できるとし、被告人に過失なしとしました。

大阪高裁判決(昭和37年3月29日)

 被告車が、路上にあった荷物のため、右方道路を見通すことができなかったので減速して右方道路を見通し得る地点まで出て停車したところ、右方から時速40キロメートルで進行して来た原動機付自転車が接触した事案です。

 事故の原因は見通しが効かないのに徐行せず進行して来た原動機付自転車側の過失にあるとし、被告人には過失がないとしました。

東京高裁判決(平成6年2月23日)

 被告車が、見通しの悪い丁字路で一時停止の標識に従い一時停止後に発進し、時速約10キロメートルで左折進行したところ、右方道路より左折する大型貨物自動車の背後から進行して来た自動二輪車と衝突した事案です。

 大型車の背後からかなりの高速で進行して来る直進車があり得ることまで予想して大型車の通過を待つべき注意義務はないとし、被告人に過失なしとしました。

路外へ左折する場合の注意義務

 路外の商店、会社構内等へ左折進入するなど、路外への左折についても、道路交通法は、「あらかじめその前からできる限り道路の左側端に寄り、かつ、徐行しなけれぱならない」と定めています(道路交通法25条1項)。

 この場合、あらかじめ左折の合図をしていても、交差点での左折ではないことから、後方直進車の運転者は先行車が直進するものと思い、合図に気付かないことも予測されるため、特に後方、左側方の安全を確認すべきとされます(東京高裁判決 昭和50年10月8日)。

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