過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(4)~「車で転回する際の注意義務」を判例で解説~

車で転回する際の注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、車で転回する際の注意義務について説明します。

注意義務の内容

 自車を路上で転回(ユーターン)する場合は、 自車の転回所要時間・所要距離、後方進行車との距離、その速度、対向車との距離、その速度などを考え、特に、対向車線に進入するものなので、転回のための発進後においても、対向車の動向を十分に注意して進行し、対向車線に入る手前でさらに安全を再確認するなどの注意義務が課せられます(東京高裁判決 昭和45年7月14日)。

 転回の場合には、交差点での右折と異なり、相手車(後方進行車、対向車)からすると、先行車又は対向車が車線の変更にとどまるのか、右折(路外の右折を含め)に終わるのか、転回するのかを予知することは極めて困難です。

 そこで、転回する側においては、法令に従った適式な合図をし、後方及び前方(対向車線の安全を十分確認すべき義務が一段と強化されます。

 転回の場合、右折転回をして対向車線に入って完全に向きを変えるので、通常の右折の場合よりも、転回に要する距離、時間が大となるので、安全確認義務が更に強化されます(福岡高裁判決 昭和46年2月3日)。

転回の際の事故事例

 転回の際の事故について、過失の有無を判定するには、後方進行車や対向車との関係で、衝突することなく転回し終えることができるかどうかがポイントになります。

 そこで転回を始める際における後方進行車、対向車との間の距離、それらの車両の速度が問題となります。

 具体的事例を紹介します。

過失ありとされた事例

 転回の際の事故について過失ありとされた事例として、以下のものがあります。

① 後方進行車との事故

東京高裁判決(昭和32年1月31日)

 夜間、小型自動車を運転中、右後方に自動二輪車が接近して来るのを認めながらユーターンを始め衝突した事例。

 裁判官は、

  • 転回の合図をするだけでなく、自己の運転する自動車の左右の安全を十分に確認し、殊に夜間であるから直進してくる車があればこれに万全の注意を払い、一時停車して進路を譲る等事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある
  • しかるに、被告人は、接近してくる自動ニ輪車に対する確認を十分にしないで、目測を誤り、漫然右自動二輪車と自己の運転する自動車との間に相当の余裕があるものと速断し、右自動二輪車の通過する前に自己の運転する自動車が転換してしまえるものと軽信し、右方に対する注意を怠って転回を続けた

として過失を認めました。

広島高裁判決(平成2年3月7日)

 普通乗用自動車を運転し、3車線ある道路の第2車線を進行中、第3車線を横断して転回しようとし、50メートル以上後方に、時速約60キロメートルで進行して来る自動二輪車を認めながら右折を始めたところ衝突した事例。

 裁判官は、

  • 被告人は、ルームミラー越しに後方被害車を一べつしただけで、右折の合図も不適切なままで右折を開始したため、右後方から進行して来る車両の速度又は方向を急に変更させるとととなるおそれがある運転をしたこととなったと認められるのである
  • してみると、被告人の右折の運転方法には誠に不適切なものがあったといわざるを得ず、信頼の原則を主張する前提を欠いている

として過失を認定しました。

福岡高裁判決(昭和44年6月25日)

 自動車をいったん停車させ転回しようとし、後方44.4メートルに進行して来る車両(被告人は、速度を普通くらいと判断)を認めながら右折転回しようとしたところ、時速60~70キロメートルで進行して来た車両と衝突した事例。

 裁判官は、

  • 本件のような交通状況下においては、単に44.4メートル離れているからといって、ただそれだけで安全であるとはいい難く、被害車の速度も参酌しなければその安否を判じ得ない

と述べた上、過失を認定しました。

東京高裁判決(平成16年11月11日)

 道路左端に一時停止した後、右後方からの車両はないものと軽信して、右後方からの車両の有無に留意せず、転回を開始したところ、右後方から進行して来た自動二輪車と衝突した事例。

 裁判官は、

  • 本件のように道路左側端から発進して対向車線側に転回しようとする場合、道路中央部を比較的低速で横断するという状況になるのであり、対向車線はもとより自車の進路側のいずれについても、接近・通行してくる車両があって、 これと衝突する危険が非常に大きいのであるから、運転者としては、発進時ばかりでなく、その後の転回中においても、視線を交互に切り替えるなどして、両方向の車線の安全を十分に確認すべきである

とし、過失を認定しました。

② 対向車との事故

東京高裁判決(昭和45年7月14日)

 夜間、軽四輪貨物自動車を運転し、前方約77~90メートルを時速約45キロメートルで進行して来る自動二輪車を認めながら転回を開始し、センターラインを越えほとんど転回が終了した地点で同車と衝突した事例。

 裁判官は、

  • 自動二輪車の通常速度をもってすれば、わずか数秒間で自車に接近する間隔にすぎなかったから、被害車の通過を待って、転回するか、たとえ転回を開始したとしても、終始被害車の動向に注意して運転すべきで、殊にセンターラインを越え、対向車線に進入する手前で被害車の動向を確認すべき業務上の注意義務があった

とし、過失を認定しました。

福岡高裁判決(昭和46年2月3日)

 自動二輪車を運転中、右転回しようとし、前方約60メートル先に、時速約76キロメートルで進行して来る自動二輪車を認めながら転回を始め、まだ転回が終わらず斜行しているときに自動二輪車と衝突した事例。

 裁判官は、

  • 被告人は、直進車の進路に入って転回するのであるから、直進車の交通を妨げるおそれがあるときは転回してはならず、注意しておれば転回による衝突の危険を当然認識し得た

とし、過失を認定しました。

過失なしとされた事例

 上記事例とは逆に、過失が否定された事例として、以下のものがあります。

① 後方進行車との事故

大阪地裁判決(昭和47年2月9日)

 深夜、軽四輪貨物自動車を運転して転回中、約132メートル後方から、時速約110キロメートルで進行して来た普通乗用自動車と衝突した事例。

 裁判官は、

  • 相手車の如く敢えて交通法規に違反し、約110キロメートルにも及ぶ高速度で自車の前面を突破してくる車両のあり得ることまでも予測し、それに備えて転回を差控えるべき業務上の注意義務はない

として過失を否定しました。

福岡高裁那覇支部判決(昭和61年2月6日)

 深夜、普通乗用自動車を運転して国道を進行中に転回を始めたところ、約150メートル後方のカーブのところから時速約87キロメートル以上、衝突直前では約100キロメートルで進行して来た自動二輪車と衝突した事例。

 裁判官は、被告人が転回するに当たり後方の安全を確認する義務に違反したことを認めつつ、

  • 仮に被告人が転回開始地点において、後方の安全を確認したとしても、被告人は、少なくとも86メートル以上後方を追従走行して来る被害車の前照灯を認めるに止まり、時間帯も深夜で本件現場が暗かったことを考慮すると、同車が高速度で疾走して来ることを認識するのは困難であったと考えられるところ、後続車において交通法規に従い、追突等の事故を回避する適切な運転をするであろうと信頼し、転回を開始して差し支えない事案であったというべき

として、過失を否定しました。

東京地裁判決(昭和39年2月19日)

 普通乗用自動車を運転中、転回しようとし、約87メートル後方に、時速約65キロメートルで進行して来る自動二輪車を認めながら右折を開始し、第1通行帯に入った地点において同車と衝突した事例。

 裁判官は、

  • 被害者は、制限速度をはるかにこえ、前方注視を怠って進行して来たために、被告人の車に激突し、本件事故が発生したものと認められる
  • 本件における被害者の如く、無謀操縦による車両の進行では、到底(道路交通法25条1項)によって保護されるべき正常な交通に値しない

として過失を否定しました。

② 対向車との事故

東京高裁判決(昭和36年11月9日)

 小型乗用自動車を運転して大型貨物自動車に追従中、転回しようとし、いったん停車し、50メートル以上前方に軽自動車を認め、転回を始めたととろ、同車が25~30メートルに接近したとき危険を感じ急停車の措置をとったが、被告車が道路(幅員約12メートル)に完全に直角にならず、幾分斜めになったところに、時速約60キロメートルで進行して来た軽自動車が衝突した事例。

 裁判官は、

  • 被告人がUターンを開始した当時においては、前方のトラックとも、被害車とも、十分の距離が存したのであるから、被告人が前方の見とおしが困難な状態で転回を開始したとは到底認め難く、被告人がその後の措置を誤らず、また、被害者の運転に過失のない限りは、被害車と接触する何らの危険もなかったと認められるのである
  • そして、被告人は、Uターンの途中で、被害者が高速で25~30メートルの距離に接近して来たため、道路中央で停車し、停車した被告人の自動車の前部から歩道までの間隔が3メートル以上存し、被害者においては、本件被告人の自動車と歩道との間を通過することが十分できたはずであって、被告人の措置は全く適切妥当であった

として過失を否定しました。

東京地裁判決(平成6年1月31日)

 片側2車線(幅員約7メートル)、中央はチャッターバーで区分されている道路を、夜9時ころ、普通乗用自動車を運転して進行し、道路左端付近で一時停止後、右に転回し、対向車線に入ったととろで、対向して来た被害車両(衝突時の時速75~80キロメートル)と自車左側部が衝突し、自車同乗中の者を死亡させた事例。

 裁判官は、

  • 対向車が制限速度(時速50キロメートル)をはるかに超える異常な高速度で進行する場合にまで、転回車の運転者をしてそうした車両の存在を予想してその進行を妨げてはならないとすると、転回行為が許される場合が極限され、交通渋滞を招く反面、暴走行為を許容する結果にもなり、道路交通法の目的である安全円滑な道路交通の維持も困難となる
  • したがって、転回車の運転者としては、転回を開始するに当たって、特段の事情がない限り、このような高速度で接近してくる対向車のあることまで予想して、転回の際の安全を確認すべき注意義務はない

として過失を否定しました。

次の記事

業務上過失致死傷罪、重過失致死傷罪、過失運転致死傷罪の記事まとめ一覧