刑法(横領罪)

横領罪(53) ~「横領額の特定の考え方」「代替物、共有物、担保物、小切手、権利などの横領額」を判例で解説~

横領額の特定の考え方

 横領罪(刑法252条)において、横領額がどのように特定されるかについて説明します。

(1) 代替物を横領した場合の横領額

 金銭等の代替物の横領は、現実に領得した額が横領額となります。

 例外として、10円紙幣1枚を紙包のまま特定物として受け取り保管していたところ、5円紙幣と取り換えて横領した事案において、特定物として寄託された場合には、受託物の全部に対して横領罪が成立するとして、10円紙幣を横領したものと認めた判例があります(大審院判決 明治43年9月27日)。

(2) 共有物を横領した場合の横領額

 共有金の分割前は、共有者はそれぞれ持分を有するにすぎないので、これを占有する共有者が自己のために費消した場合には、費消した金銭の全額について横領罪が成立します(大審院判決 明治44年2月9日)。

 株式会社の取締役として金銭出納保管等の業務に従事する者が、自己が代表する会社と他の会社との共有に属する金銭を保管中、これを費消して横領した場合には、両会社はその金銭について持分を有するとともに、金銭の全部について所有権を有するので、共有金全部について(業務上)横領罪が成立します(大審院判決 昭和15年3月6日)。

(3) 自己と他人の各所有物が不可分ー体となっている財物の横領額

 預託金以外の金員も預け入れられている預金口座から現金を引き出した場合、委託された金員を引き出したと認められるかが問題となります。

 この点、他人の所有に属すべき物と自己の所有に属すべき物とが不可分一体の財物を構成している場合(例えば分割前の共有物)、これを占有保管者がほしいままに自己に領得するときは、その財物全体について横領罪の成立を認めるべきであると判示した以下の判例があります。

東京地裁判決(昭和55年7月24日)

 この判例で、裁判官は、

  • 一個の預金口座に、会社の簿外資金と個人資金とがそれぞれ振り込まれ、その総体が一個の預金残高を構成している場合、個人的用途に充てるため、順次引き出したときは、預金残高全体を不可分一体のものとして、引出し額全部について、横領罪の成立を認めざるを得ない

と述べた上、

  • 14回分の引出しについては、全額について会社資金の横領を認めるのが相当である(それが各行為当時の受託者の認識とも合致しているとする)が、最後の残高全額の引出し分については、計算上明らかである区分に従い、分割して扱うととが可能となり、可分性が回復される

として、被告人の個人資金である疑いが残る額を控除し、横領額を認定しました。

東京高裁判決(昭和59年11月6日)

 個人報酬分60万円と委託金200万円の合計260万円が入金されていた口座から、被告人が210万円を払い戻して横領した事案で、裁判官は、その210万円には、他人のために預かり保管中の200万円を含むと認定し、横領額200万円の横領罪の成立を認めました。

(4) 委託の範囲外で利用された担保物の横領額

 担保物横領した場合、横領額は担保物全部の金額になります。

大審院判決(明治44年6月15日)

 金員を借り受けるよう委託されて、合資会社出資券10枚を担保物として預かった者が、その出資券を担保として差し入れ、委託者のための200円分だけでなく、自己のための50円分も借り受けた場合、 250円の借入金に対する担保権は担保物全体の上に設定したもので、委託者のための利用分と、自己のための利用分を確定的に識別することができないから、横領行為は委託物件全体(合資会社出資券10枚)につき成立するとしました。

(5) 小切手に対する横領額

 小切手を横領した場合、横領額は小切手の金額になります。

東京高裁判決(昭和32年11月30日)

 この判例で、裁判官は、

  • 自己の保管する他人の小切手を、他人に交付して領得した場合には、その金額の一部分に正当な支払といえる部分があっても、不可分の一通の小切手である以上、その小切手を横領したというべきである

と判示し、小切手自体の全体金額を横領額と認定し、横領罪の成立を認めました。

名古屋高裁判決(昭和53年7月19日)

 この判例で、裁判官は、

  • 保管中の金額420万4580円の小切手を着服横領する犯意のもとに、銀行係員に提出して、小切手金額の大部分である370万円を自己の株式購入代金の支払に充てるため、証券会社の当座預金口座に振込入金した以上、小切手を自己の用途に充てる目的で銀行係員に提出して不法に着服横領したと認めらる
  • その際、銀行を通じて、振込送金後の残金50万4580円を、委託者本人の債務の支払に充てたことは、不法に領得した小切手金の事後処分に関する事情にすぎない

と判示し、小切手自体の全体金額を横領額と認定し、横領罪の成立を認めました。

(6) 横領した財物が権利だった場合の横領額

 横領した財物が、ゴルフ会員権などの権利であった場合の横領額は、その権利の売却額が基準になります。

名古屋高裁判決(平成6年12月19日)

 ゴルフ会員権の評価に関し、ゴルフ会員権の売買等を業とする会社の代表取締役が、他に売却したゴルフ会員権の保証金預かり証書や名義書換用書類一式を、名義書換えのため業務上保管中、会社の債権者担保として差し入れて横領した事案で、裁判官は、

  • 預託金返還請求権部分はもとより、利用権部分も含めたその全体が権利の円満な行使及び移転を妨げられたものというべきであり、横領行為による被害額を評価するに当たっては、売買された会員権の価格を基準とすることが相当である

と判示しました。

(7) 横領者が委託者に対して債権を有する場合の横領額

 横領者が、委託者に対し、旅費などの債権を有する状況で、委託物を横領した場合、委託物の全額が横領額となります(横領額から債権額は差し引かない)。

仙台高裁判決(昭和28年8月26日)

 会社の集金員が、売掛金を集金して保管中にこれを着服した場合、会社に対して旅費、宿泊料等の請求権があったとしても、特段の事情のない限り、集金した金員全額について、業務上横領罪が成立するとしました。

仙台高裁判決(昭和28年10月19日)

 集金した金員を、委託者の家に持参し、精算の上、委託者から約定に基づく手数料の交付を受ける約束の場合、精算前にこれを保管中、約定の期日に委託者に交付しないときは、全額について横領罪が成立し、手数料を控除した残額につき横領罪が成立するものではないとしました。

名古屋地裁判決(平成9年12月8日)

 弁護士が、業務上預かり保管中の複数の依頼者の金員を横領した事案で、裁判官は、

  • 弁護士の報酬請求権の性質上、報酬請求権を行使できるのは、弁護士としてなすべき業務を尽くした場合に初めて認められるのであって、その業務を履行しないで報酬金だけを取得する根拠はない

と判示した上、1件については報酬分の控除を否定し、他の1件については委託を受けた金員から報酬金分を控除した分を依頼者に渡せばよいとの特約があったものと認めて報酬分の控除を肯定して横領額を認定しました。

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