刑法(強要罪)

強要罪(11) ~「強要罪における違法性阻却事由(正当行為、労働争議行為、被害者の承諾)」を判例で解説~

違法性阻却事由とは?

 犯罪は

  • 構成要件該当性
  • 違法性
  • 有責性

の3つの要件がそろったときに成立します。

 犯罪行為の疑いがある行為をしても、その行為に違法性がなければ犯罪は成立しません。

 この違法性がない事由、つまり違法性がないが故に犯罪が成立しないとする事由を「違法性阻却事由」といいます。

 違法性が阻却される主な行為として、

  1. 正当防衛
  2. 緊急避難
  3. 法令行為
  4. 正当業務行為
  5. 自救行為
  6. 被害者の承諾による行為
  7. 被害者の推定的承諾による行為
  8. 労働争議行為

などが挙げられます。 

(この点については、前の記事で詳しく説明しています)

強要罪における違法性阻却事由

 強要罪(刑法223条)は、構成要件該当性を判断する際に、実質的な違法性判断が先行しているので、本来の違法性阻却事由の判断の段階まで至る余地が乏しいという特殊性があります。

 とはいえ、強要が緊急避難であったり、親権者の懲戒であったり、ストライキなど労働者の団結権団体行動権の行使であったりすることがあるから、「正当な強要行為」がありえ、違法性阻却事由が争点となることはあります。

 強要罪においては、違法性阻却事由として、主に、

  1. 正当行為
  2. 労働争議行為
  3. 被害者の承諾

が問題となることがあるので、この3点について説明します。

① 正当行為

 強要が正当行為に当たるかどうかについて判断した判例として、次のものがあります。

最高裁決定(昭和47年10月23日)

 この判例は、冤罪を主張する被告人らが、私立探偵を雇い、真犯人であるとする3名の者を自宅等に3~5日間監禁して自白を強要した事案で、被告人側の正当行為の主張を排斥し、強要罪と監禁罪刑法220条)の成立を認めました。

福岡高裁判決(昭和57年6月25日)

 主任制問題をめぐって学校長に対する抗議の過程で、10数名で校長室に押しかけ、15時間余りにわたって、「生半可な決心で来とっとじゃないですよ。あなたの教育生命がなくなるまでやりますよ。組合をひぼうして申訳ないちゅう謝罪文を書きませんか。」などと申し向けて、確認書の署名押印・謝罪文の作成を要求するなどした行為について、正当行為とは認めず、強要未遂罪に当たるとしました。

大阪高裁判決(昭和63年3月29日)(原審 神戸地裁判決(昭和58年12月14日))

 差別糾弾を目的として監禁、強要(自己批判書を書かせるなどした)などを行った事案で、裁判官は、

  • 差別事象があった場合に、被差別者が法的手段に訴えることなく、自ら直接あるいは集団による支援のもとに、差別者にその見解の説明と自己批判を求めるという従来から一般的に行われている糾弾という方法は、憲法14条の平等の原理を実質的に実行あらしめる一種の自救行為として是認できる余地があり、かなりの厳しさを帯有するととも許されるが、一定の限度があり、違法性の検討に当たっては、動機・目的・手段・方法等の具体的状況、被害法益などの事情を考慮し、法秩序全体の見地から許容されるかどうかを判断すべきである

と判示し、糾弾が正当行為と認られる判断基準を示した上で、結論として、本件糾弾行為の正当性は認められず、可罰的違法性阻却しないとし、強要罪の成立を認めました。

東京地裁判決(昭和50年12月26日)

 この判例は、総会屋が株主総会の議事の進行を妨害した事案で、株主権の濫用であり、違法性阻却事由はないと判示し、威力業務妨害罪と強要罪の成立を認めました。

② 労働争議行為

 労働争議は、相手を強く説得するなどのため、相当に激しいやりとりが伴います。

 正当な争議行為に通常伴うような財産上の損失、集団の威力などの威圧感は、社会通念上、使用者側が当然受忍すべき範囲のものと認められるので、脅迫とはいえません。

 しかし、争議中の言動であっても、社会通念上、示威行動として使用者が受忍すべき妥当な範囲を超えるような行為は、強要罪を成立させます。

 この点について判示した判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和24年5月18日)

 この判例は、裁判官は、

  • 憲法28条は、企業者対勤労者すなわち使用者対被使用者というような関係に立つ者の間において、経済上の弱者である勤労者のために団結権ないし団体行動権を保障したものであり、労働組合法1条2項は、同条1項の目的達成のためにした正当な行為についてのみ、刑法35条の適用を認めたにすぎないものであって、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に当たる行為が行われた場合にまで、その適用があることを定めたものではない

と判示しました。

最高裁判決(昭和25年11月15日)

 この判例で、裁判官は、

  • すべての国民に保障されている基本的人権が労働者の争議権の無制限な行使の前にことごとく排除されることを認めているものではない

と判示しました。

最高裁判決(昭和34年4月28日)

 この判例で、裁判官は、

  • 労働組合法1条2項の規定も、同条1項の目的達成のためにした正当行為についてのみ刑法35条の適用を認めたにすぎないものであって、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に当たる行為が行なわれた場合にまで、その適用があることを定めたものではないと解すべきである

と判示しました。

強要罪における労働争議行為の判例

 強要罪において、労働争議行為の正当性が争点となった判例として、次のものがあります。

最高裁判決(昭和28年11月26日)

 裁判官は、団体交渉の席上で会社側職員に対し、要求を受諾しないならば会社に対する辞職願を書けと求め、強要した事案で、正当行為と目し得ないと判示しました。

最高裁判決(昭和34年4月28日)

 ストライキ支援者が争議中の労働組合員らと共謀し、大会を視察中の警察官を取り囲み、警察手帳の提出を求めて読み上げたりした上、詫び状を書かせ、参集者に向かって読み上げさせた行為について、裁判官は

  • 労働組合法1条2項の規定も、同条1項の目的達成のためにした正当行為についてのみ刑法35条の適用を認めたにすぎないものであって、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に当たる行為が行なわれた場合にまで、その適用があることを定めたものではないと解すべきである

と判示した上、労働争議行為の正当性を否定し、強要罪の成立を認めました。

大阪地裁判決(昭和45年1月29日)

 会社の工場長、営業部長に対して、社内の別系統の労働組合の解散等を要求し、夜遅くまで、手拳、紙筒、そろばんで机を激しく叩いたり、椅子を前後左右にゆさぶったり、定規の先端で背中や肩を小突くなどして謝罪文、確約書を書かそうとした行為について、目的、手段において正当な団体交渉権の範囲を逸脱するとして正当性を否定し、強要罪の成立を認めました。

③ 被害者の承諾

 強要されることについて、被害者の承諾がある場合は、被害者における個々の具体的な自由の放棄があり、かつ、それにとどまる限り、構成要件不該当事由となり、強要罪が成立が否定されると解されています。

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