刑法(強要罪)

強要罪(7) ~「『義務のないことを行わせ』とは?」「強要した行為の一部に『義務のないこと』が含まれれば強要罪は成立する」を判例で解説~

「義務のないことを行わせ」とは?

 強要罪は、刑法223条に規定があり、

  1. 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する
  2. 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする

と条文で定められています。

 強要罪は、脅迫・暴行を手段として、人に義務のないことを行わせ、又は、権利の行使を妨害する犯罪です。

 今回は、「義務のないことを行わせ」について詳しく説明します。

「義務のないことを行わせ」の意味

 「義務のないことを行わせ」の意味は、

犯人において、本来なんらその権利、権能がなく、したがって相手方にも義務がないのに、相手方をして作為、不作為又は認容を余儀なくさせること

をいいます(大審院判決 大正8年6月30日)。

 「義務のないことを行わせ」の要件は、「権利の行使を妨害し」の要件とともに、その態様が多様でり、強要罪が成立するか否かの構成要件該当性の判断の段階において、

  • 行為者側が、相手側に一定の義務の履行を要求しうる理由の存否・程度
  • 相手の権利の行使を妨害しうる理由の存否・程度
  • 結果としての相手の自由の喪失の重大さの程度
  • そのために用いられる手段の態様・逸脱の程度

などを考慮し、社会生活上の受忍の範囲を超えているかどうかを見極めて判断することになります。

義務のない行為の具体的事例

 義務のない行為の具体的事例として、次の判例があります。

  1. 被告とその家族の有体動産に対して行われた差押えにつき、脅迫をもって差押解放の手続を強要した事例(大審院判決 大正2年4月24日)
  2. 13歳の子守の少女を叱責する手段として、水入りバケツ、醤油空樽などを数十分から数時間、胸あたりや頭上に支持させた事例(大審院判決 大正8年6月30日)
  3. 名誉毀損罪又は侮辱罪を犯していない相手方に対し、謝罪状を要求し、交付させた事例(大審院判決 大正15年3月24日)
  4. 陸軍運輸部の雇員に恨みを抱いた者が、これを失業させようとして、同運輸部長に脅迫状を送り、1週間以内に解雇しないときは同部長の休職運動をし、なお目的を達しなければ生命に危害を加えるべき旨を通告した事例(大審院判決 昭和7年3月17日)
  5. 小学校教員を辞職させることなどを強要した事例(大審院判決 昭和10年10月25日)
  6. ストライキ支援者が労働争議中の労働組合員らと共謀し、大会を視察中の警察官を取り囲み、警察手帳の提出を求めて読み上げたりした上、詫び状を書かせ参集者に向かって読み上げさせた事例(最高裁判決 昭和34年4月28日
  7. 隠匿物資の保管者を脅迫して、その物資を譲渡する旨の意思表示をさせた事例(最高裁判決 昭和24年5月18日)
  8. 争議中の炭鉱労働組合の委員が、最低賃金制の実施等の要求貫徹のため、炭鉱の従業員である倉庫係を強要し、盗難火災予防のため炭鉱所有のガソリンを埋蔵してある場所まで案内させ、埋蔵の範囲を指示させた事例(最高裁判決 昭和25年4月21日
  9. 脅迫により、競馬場施設を撤去して農地解放に協力する旨の覚書を交付させた事例(最高裁判決 昭和25年2月7日、被害者に交付させた文書が法律的には無効であり財産的には無価値のものであるとしても、社会的には無意味なものではなく、強要罪を構成すると判示)
  10. 幸福会ヤマギシ会事件で、会員に対して特別講習研鑽会への参加申込書や事業への投資参画申込書を作成させた事例(津地裁判決 昭和36年4月28日)
  11. 会社の工場長、営業部長に対して、謝罪文、確約書を書かそうとした事例(大阪地裁判決 昭和45年1月29日)
  12. 患者が医師を脅迫して、麻薬の注射施用の医療行為をさせた事例(高松高裁判決 昭和46年11月30日
  13. 会社の取締役の任期満了の際に再任を求めない旨誓約させた事例(東京地裁判決 昭和56年11月5日、この事案では、行為の脅迫性を認定せず、結論は無罪)
  14. 主任制問題をめぐって学校長に対し、確認書の署名押印、謝罪文の作成を要求した事例(福岡高裁判決 昭和57年6月25日、強要未遂罪を認定)
  15. 差別糾弾を目的として自己批判書を書かせるなどした事例(大阪高裁判決 昭和63年3月29日)
  16. 野球部の監督が生徒指導の目的で部員に全裸状態でのランニソグを強要した事例(岡山地裁倉敷支部判決 平成19年3月23日

強要した行為の一部に「義務のないこと」が含まれれば強要罪は成立する

 強要罪が成立するためには、強要して相手に行わせることは、義務のないことでなければなりません。

 犯人が強要した行為の一部分に、被害者の義務に属する事項が含まれていても、他にその義務に属しない事項が存するのあれば、強要罪は成立します。

 参考となる判例として、次のものがあります。

大審院判決(大正2年4月24日)

 被告人とその家族の有体動産に対して行われた差押えにつき、脅迫をもって差押解放の手続を強要したという事案で、裁判官は、

  • 刑法第223条第1項及第2項の罪は、同条所定の脅迫又は暴行を用い、他人をして義務なき事を行わしめ、又は、その行うべき権利を妨害したるによりて成立する
  • 叙上脅迫又は暴行を用い、他人にある行為を強要するも、行為にして、その者の義務に属する場合においては、同条の犯罪は成立せずといえども、脅迫暴行により強要したる行為の一部に他人の義務に属せざる事項ある以上は、たとえ、その他の部分に義務に属する事項ありとするも、これがために刑法第223条の成立を妨げることなし

と判示しました。

次回記事に続く

 次回記事に続きます。

強要罪(1)~(13)の記事まとめ一覧

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