刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(24) ~「ホテル、旅館、百貨店、雑居ビルなど人が宿泊、来集する施設の管理者の防火の注意義務」を判例で解説~

ホテル、旅館、百貨店、雑居ビルなど人が宿泊、来集する施設の管理者の防火に対する注意義務

 ホテル、旅館、百貨店、雑居ビルなど、人が集まる場所における火災は大規模な惨事になることが少なくありません。

 これらの場所の火災によって、人の死傷の結果が生じた場合は、ホテル、旅館、百貨店、雑居ビルなど人が宿泊、来集する施設の管理者(代表取締役など)は、管理者の過失責任を追及され、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)が成立することがあります。

 その過失の内容は様々ですが、

  1. 防火対策を的確に樹立していたか
  2. 防火設備(スプリンクラーやこれに代わる防火区画の設置)を十分設置(その維持管理を含む)していたか
  3. 従業員に対し火災が生じた場合の対応等について指導訓練(消防計画の作成とその周知を含む)を行っていたか
  4. 実際に火災が生じた場合、早期に消火し、火煙の伝走、拡大を阻止するとともに、客に対し適切な避難、誘導を行ったか

などの点すべてか、そのうちのいくつかが過失として構成される事例が多いです(東京高裁判決 平成2年8月15日)。

 たとえば、施設を管理する立場にある者は、防火管理者が選任されていない場合には、必要と認められる消防計画を自ら作成し、あるいは幹部従業員に命じて作成させ、これに基づく避難誘導訓練を実施する義務を負うほか、建築基準法令に従い、自らの責任において、煙感知器連動式防火戸を設置し、防火区画を設ける義務を負っているとされます。

 なお、法令上の義務に従わないことが、具体的な事案の下で過失を肯定する要素となることは少なくありませんが、消防法令などの法令を遵守しないことが、直ちに過失となるわけではありません。

施設を管理する立場にある者(代表取締役など)は過失責任が問われることがある

 施設を管理する立場にある者(代表取締役など)が過失責任が問われることは少なくありません。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(平成2年11月29日)

 複数の店舗が混在する雑居ビルの火災で、雑居ビルを管理する者(代表取締役、ビルの管理課長)に対し、業務上過失致死傷罪が成立するとした事案です。

 施設を管理する立場にある者は、防火管理者が選任されていない場合には、必要と認められる消防計画を自ら作成し、あるいは幹部従業員に命じて作成させ、これに基づく避難誘導訓練を実施する義務を負うほか、建築基準法令に従い、自らの責任において、煙感知器連動式防火戸を設置し、防火区画を設ける義務を負っているとしました。

福岡高裁判決(昭和63年6月28日)

 百貨店の火災で、百貨店の取締役に対し、業務上過失致死傷罪が成立するとした事案です。

  • 自己に課せられた各義務を履行するために、取締役会において、積極的に問題点を指摘し、必要な措置をとるよう決議を促して、代表取締役に意見を具申し、その統括的な業務の履行を促すよう助言して補佐するととにより、消防計画の作成等を行うべきである

としました。

最高裁決定(平成5年11月25日)原審は上記東京高裁判決(平成2年8月15日)

 ホテルの火災で、ホテルを経営する会社の代表取締役に対し、業務上過失致死傷罪が成立するとした事案です。

 裁判官は、

  • ホテル経営会社代表取締役でホテル建物(防火管理体制が全く不備)の管理権原者Aが、防火管理者Bとともに、建物の大火災により宿泊客32名を死亡させ、24名に重軽傷を負わせた場合について、Aは、ホテルの経営、管理事務を統括する地位にあり、実質的権限を有していたから、本件建物の火災の発生を防止し、火災による被害を軽減するための防火管理上の注意義務を負っていたことは明らかである

と判示しました。

施設を管理する立場にある者の過失責任が問われなかった事例

 上記判例とは逆に、施設を管理する立場にある者の過失責任が問われなかった事例として、以下の判例があります。

最高裁決定(平成3年11月14日)

 デパートの火災について、防火管理体制について全面的な権限を有していた代表取締役が死亡していたことから、防火管理に関する業務に従事していなかった取締役等の責任が問われた事案において、その過失が否定された事例です。

 営業中のデパートの2階から3階への階段の上がり口付近で火災が発生し、3階店内に延焼して各階に燃え広がり、防火管理体制が不備であったため、店内の多数の者が死傷した火災事故に関する事案であり、取締役人事部長、3階の売場課長、営業課課員の3名につき、いずれも過失の前提となる注意義務がないとし、業務上過失致死傷罪の成立を否定しました。

建物内の権利関係が混在する雑居ビルにおける火災の過失責任

 ホテルなどのように建物全体の管理者が明確な場合と異なり、建物内の権利関係が混在する雑居ビルにおける火災については、過失責任の問題が複雑になります。

 この点で参考となる裁判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(平成2年11月29日)

 夜間雑居ビルの7階のキャバレーだけが営業中、閉店後工事が行われていたビル3階から出火し、多量の煙がビル7階のキャバレー店内に流入して多数の死傷者を出した場合について、 ビル所有会社管理課長でビル防火管理者A、キャバレー経営者(代表取締役)で同店管理権原者B、キャバレー支配人で同店防火管理者Cの注意義務につき、Aについては、ビルの維持、管理をしていたビル管理部長を補佐するとともに、防火管理者として防火上必要な構造及び設備の維持、管理に従事していたのであるから、当日、6階以下のテナント閉店後、6階以下の階で火災が発生した場合には、7階キャバレー内にいる者の生命身体に危険が及ぶことを予見し、防火区画シャッターを可能な範囲で閉鎖し、保安係員等を工事に立ち会わせ、出火に際しては直ちにキャバレー側に火災事故を連絡させるなどの体制をとるべき注意義務があり、Cについては、防火管理者として、上司であり管理権原者であるBに不備な救助袋の取替え、補修(消防署からの指示あり)を積極的に働きかけ、かつ、階下において火災が発生した場合、客を適切に避難誘導できるように平素から救助袋を使用した避難訓練、また一箇所しかない階段からの避難訓練を従業員に対して行うべき注意義務があり、Bについては、消防署の指示事項につき報告を受けた後、速やかに救助袋の取替え、補修を行うなど、管理権原者として、防火管理者が防火管理業務を適切に実施しているかどうかを具体的に監督し、客、従業員の安全確保に万全を期すべき注意義務があったが、いずれもこれを怠ったとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

東京高裁判決(平成17年10月4日)

 6階建て雑居ビルの5階部分の台湾式エステ店から出火して2名の焼死者を出した場合について、同ビル5階部分は甲社が賃借し、同所で台湾式エステ店の営業を行っていたが、その後、Aと委託料名目での金員に賃借料を加算した額等を支払い、Aが同所で台湾式エステ店を営業する契約を結び、本件当時は、Aが店名を乙に改めて営業を行っていたところ、甲社の代表取締役である被告人は、防火対象物である本件店舗部分について消防法に基づき管理権原を有するとともに、同所の防火管理者として防火管理上必要な措置を講じるなど防火管理に関する業務に従事していた者であり、同店の構造上、マッサージ室内で火災が発生した場合にカーテンやベッドが燃焼して急速に火災が拡大し、適切な消防用設備の設置及び維持、適切な消火、通報、避難誘導等を欠けば、店内にいる客や従業員等の生命、身体に危害が及ぶおそれが大きかったほか、本件ビルが雑居ビルであることや火災が伝播拡大しやすい構造から、店舗内で火災が発生した場合に、適切な消防用設備等の設置及び維持、適切な消火、通報、避難誘導等を欠けば他の階にまで火煙が伝播拡大し、同ビルの多数の利用客や従業員の生命、身体に危害が及ぶおそれも大きかったから、本件店舗部分の防火管理業務として、火災発生に備えて、自動火災報知設備を適正に設置するとともに、乙の従業員に対する消火、通報及び避難の訓練を実施し、又は乙を営業しているAにその従業員に対する消火、通報及び避難の訓練を実施させ、乙の出入口に設置された防火戸が適正に機能するようにその周囲に障害物を置かないようにすべき注意義務があるのにこれを怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

東京地裁判決(平成20年7月2日)

 雑居ビルの3階で発生した火災が、ビルの階段やエレベーターホールに置かれていた大量の物品に燃え広がり、一酸化炭素ガスを含む大量の火煙が営業中の3階及び4階の各店舗内に流入し、多数の者が死傷した場合について、ビルを所有する会社の実質的経営者A及び同社の代表取締役B(3、4階の店舗の死傷者について)、3階の店舗の実質的経営者であるC及び同店の店長かつ名義人社長で防火管理者であるD (3階の店舗の死傷者について)、4階の店舗の経営者であるE (4階の店舗の死傷者について)のそれぞれについて、本件ビルの階段部分から出火又は延焼の原因となる物品を撤去するとともに、火災発生時には防火戸が自動的かつ正常に閉鎖するように維持管理する注意義務があったのに怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

 なお、3階店舗でCを補佐して同店の業務全般を処理し、その指揮監督の下に同店の防火管理業務に従事していたFについては、基本的にはCを補佐するだけで、ビルの階段部分から出火又は延焼の原因となる物品を撤去することのような事項についてすら、専断しうる裁量権が与えられていなかったなどとして、過失が否定されています。

消防設備の不備など、火災が発生した構造の不備が問題となった事例

 消防設備などに不備があったなど、火災が発生した建物の構造など不備が問題となった事例として、以下の裁判例があります。

横浜地裁判決(平成7年10月30日)

 3階建ての建設作業員宿舎を防火構造とせず、避難階段、自動火災報知器等を設置せずに宿舎として使用していたため、2階居室部分に寄宿していた労働者8名が火災により焼死した場合について、建設会社社長A、及び同社取締役工事総括部長兼第一工事部長Bとしては、容易に屋外の安全な場所に通じる2以上の避難階段、外気と有効に通じる窓及び自動火災報知器等必要な構造及び設備を設置し、これを有効に維持管理などし、また2階居室部分に寄宿する労働者を3階に移動させるなどすべき業務義務があるのにいずれもこれを怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

札幌地裁判決(平成16年9月27日)

 賃貸マンションの一室で居室の備品として設置されたガス瞬間湯沸器の不完全燃焼に起因する一酸化炭素中毒死亡事故について、マンション所有会社の代表取締役において、事故発生の約10か月前にガス会社による点検が行われ、その報告書によって、本件マンションの多数の排気筒が、本来備えるべき性能から著しく劣る欠陥を有していること、その不備が安全上重大な問題であり、湯沸器の不完全燃焼、ひいては一酸化炭素中毒を発生させる可能性があることは予見し得たのであるから、排気筒を交換するなどして事故を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

静岡地裁判決沼津支部(平成5年3月11日)

 消防設備等に故障があった場合に関する事例です。

 ホテルで火災が発生し宿泊客ら24名が死亡した事件で、ホテルの自動火災報知設備の火災受信機の主電鈴停止スイッチが時折「断」の状態になることがあり、本件火災当時も「断」の状態になっていたため、宿泊客らの避難誘導ができなかった場合について、ホテルでは、上記火災受信機の主ベルだけが、火災発生を早期に覚知する手段となっていたが、火災の際このスイッチが切られて鳴らなくなっていたところ、消防法8条1項に定める管理権原者であるAにおいて、火災前日を含め、時折ベルが鳴らないことを知っていたから、自ら、又は仲番頭(共同被告人)らを指揮して日ごろから火災受信機の取扱いなどに関し、従業員の指導教育を徹底し自動火災報知設備が正常に作動し得る状態にあるように点検、整備するなどの注意義務があったのにこれを怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

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