刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(7) ~「危険の引受け(被害者が危険を引き受けているときは違法性が阻却され、業務上過失致死傷罪の成立が否定されることがある)」を判例で解説~

危険の引受け

 犯罪が成立するためには、被告人に行為に違法性があることが必要になります。

 犯罪行為をしても、違法性が否定される事由(たとえば、正当防衛緊急避難)があるのであれば、犯罪の成立は否定されます(この点の基本的な考え方は、前の記事参照)。

 それでは、この記事の本題に入ります。

 業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)を犯しても、被告人の行為に違法性が否定される事由があるならば、業務上過失致死傷罪の成立が否定されることになります。

 業務上過失致死傷罪において、被告人の行為の違法性が否定される事由として、被害者による「危険の引受け」があります。

 被害者が結果の発生の危険は認識しながらも、結果は生じないだろうと思って、自ら危険に身をさらしたところ、結果が発生した場合に、「危険の引受け」があったとして、被告人の業務上過失致死傷罪の違法性が否定され、業務上過失致死傷罪の成立が否定されることがあります。

 参考となる判決として、以下のものがあります。

千葉地裁判決(平成7年12月13日)

 この判決は、被害者による危険の引受けがあるとして違法性が阻却されるとし、業務上過失致死罪の成立が否定された事例です。

 事案は、未舗装の路面を自動車で走行し所要時間を競う「ダートトライアル」競技の練習走行中に、高速走行における減速不足などからハンドルの自由を失って、防護柵に激突し、同乗者を死亡させたというものです。

 裁判官は、

  • ダートトライアル競技には、運転技術等を駆使してスピードを競うという競技の性質上、転倒や衝究等によって乗員の生命、身体に重大な損害が生じる危険が内在している
  • このような危険性についての知識を有しており、技術の向上を目指す運転者が、自己の技術の限界に近い、あるいはこれをある程度上回る運転を試みて、暴走、転倒の一定の危険を冒すことを認識、予見していた同乗者については、ダートトライアル走行に伴う危険を自己の危険として引き受けたと見ることができる
  • スポーツ活動においては、引き受けた危険の中に死亡や重大な傷害が含まれていても、必ずしも相当性を欠くものではないといえる
  • 本件死亡の結果は、同乗した被害者が引き受けていた危険の現実化というべき事態であり、また、社会的相当性を欠くものではないといえるから、被告人の本件走行は違法性が阻却されることになる

と判示し、「危険の引受け」の理論を用いて、業務上過失致死罪の成立を否定しました。

 なお、この判決において、他の危険の引受けの例として野球のデッドボールを挙げ、ある程度までの落ち度によるものであれば、それによる死傷の危険は引き受けていると述べていることも参考になります。

 このダートトライアルの事案のように、危険な競技や格闘技、野球などのスポーツにおいて参加者を死傷させた場合に、行為の違法性が阻却され、業務上過失致死傷罪はもちろんのこと、過失運転致死傷罪重過失致死傷罪刑法211条後段)、過失致傷罪(刑法209条)、過失致死罪(刑法210条)のいずれも成立しない場合があります。

 このような場合について、違法性を阻却するための議論としては、危険の引受けのほか、被害者の承諾正当行為などが考えられます。

 そして、どのような場合に違法性が阻却されるかは、具体的な事件ごとの個別の事情によります。

 具体的な事件ごとの個別の事情に照らして、加害者の処罰が酷である場合に違法性が阻却され、その理由付けとして、危険の引受けなどの法理が提唱されるというのが裁判の動きとなっています。

 なので、危険の引受けのような法理が、一般抽象的にどの事件にも当てはまると考えることは妥当でありません。

 上記ダートトライアルの判決でも、常に危険の引受けがあるとはいうことはできず、単にダートトライアルの危険性を承知の上で同乗したのみではなく、被害者の方が経験が豊かであるなど様々な事情を加味して事実認定した結果、違法性が阻却されているという背景があります。

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