刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(25) ~「事業場、屋外などでの作業従事者の管理者の防火の注意義務」を判例で解説~

事業場、屋外などでの作業従事者の注意義務

 危険を伴う工事や作業現場では、事故が発生することが少なくありません。

 事故により人が死傷した場合、事故を起こした作業従事者は、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)に問われることがあります。

 今回は、事業場、屋外などでの作業従事者の注意義務について詳しく説明します。

事故の発生についての予見可能性が争われた事例

 業務上過失致死傷罪は、過失行為すなわち注意義務(結果予見義務と結果回避義務)に違反した行為により人を死傷させた場合に成立します(詳しくは前の記事参照)。

 より具体的に言うと、業務上過失致死傷罪は、注意をすれば結果を認識することができ、結果を回避し得たにもかかわらず、不注意により認識を欠き、結果を回避しなかった場合に成立します。

 事故発生の結果を注意をしたとしても認識することができなかった場合(事故の発生についての予見可能性がなかった場合)は、事故の発生についての予見可能性がなかったとして、被告人の過失が否定され、業務上過失致死傷罪が成立しないことになります。

 なので、裁判において、事故の発生についての予見可能性が争われることが少なくありません。

 予見可能性があったか否かということについて、全てについて予見することは困難な場合もあります。

 しかし、そのような場合でも、因果関係の基本的部分について予見可能であれば、予見可能性は肯定されます。

 予見可能性が争われ、これを肯定した上で過失を認めた裁判例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(平成3年3月22日)

 地下鉄建設工事現場において、掘削中の坑内に露出宙吊りされていたガス管の継手部分が抜出しを生じてガスが漏出し、坑内に充満したガスに引火して大爆発を起こし、79名が死亡し、379名が負傷した業務上過失致死傷罪の事案です。

 裁判官は、

  • ガス噴出の直接の原因は、ガス管の継手からのガス導管の抜出しであり、継手の締結力に欠陥をもたらした原因は、初期性能の欠陥、交通荷重による経年劣化、地下鉄建設工事の影響である
  • 本件継手が抜け出せば、人の死傷を伴う重大な結果を招来することは、一般人にとって容易に予見できるところである
  • この予見可能性があれば、事故発生についての予見可能性も肯定される
  • 継手に対する抜止めの措置が工法上必要であり、抜止め施工は、ガス導管の曲管部分及びその付近が露出・宙吊りになる前になすべきであって、ガス会社にガス導管保安についての最終的責任があるとしても、被告人らの結果回避義務に影響を及ぼすものではない

と判示し、工事を請け負った建設会社の社員5名に対し、事故発生の予見可能性を認め、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

最高裁決定(平成12年12月20日)

 鉄道トンネル内で火災が発生し、乗客1名が死亡し、乗客ら42名が負傷した業務上過失致死傷罪の事案です。

 裁判官は、

  • 鉄道トンネル内の電力ケーブルの接続工事に際し、施工資格を有してその工事に当たった者が、ケーブルに特別高圧電流が流れる場合に発生する誘起電流を接地するための大小2種類の接地銅板のうち、1種類をY分岐接続器に取り付けるのを怠ったため、誘起電流が大地に流されずに、本来流れるべきでないY分岐接続機本体の半導電層部に流れて炭化導電路を形成し、長期間にわたり同部分に集中して流れ続けたことにより、本件火災が発生したという事実関係の下において、上記のような炭化導電路が形成されるという経過を具体的に予見することはできなかったとしても、上記誘起電流が大地に流されずに本来流れるべきでない部分に長期にわたり流れ続けることによって火災の発生に至る可能性を予見することができた

とし、被告人の過失を認め、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

 なお、この裁判は、本件の火災原因となった炭化導電路の形成は緩慢に進行し、当時専門家も認識していない現象であったところ、第一審は炭化導電路の形成は、本件の因果経路の基本的部分を構成するものであり、これが予見できない以上、予見可能性はないとして過失を否定し、第ニ審は誘起電流が本来流れるべきではないY分岐接続器本体の半導電層部に流れ続け、これが発熱して発火に至るということの大筋を予見・認識できれば予見可能性が認められるとして過失を肯定し、判断が分かれていました。

 上記事例とは逆に、予見可能性を否定した裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(平成2年4月24日)

 道路下に埋設されたガス導管の亀裂破断により、都市ガスが漏出し、ガス中毒により10名が死亡し、30名が傷害を負った業務上過失致死傷罪の事案です。

 裁判官は、

  • ガス導管の破断原因の主たるものは、埋戻し土及び周囲のゆるんだ地盤沈下に伴う通常の地圧の数倍という異常に大きな土圧の発生であり、こうした異常に大きな土圧が生じることについての予見可能性はなかった

とし、被告人の過失を否定し、業務上過失致死傷罪は成立しないとしました。

事故発生の過失が認められた事例

 事業場、屋外等での工事や作業事故の事案は、工事の内容、取り扱う物質等の性質など様々です。

 また、工事への関与の程度も、事前に事故防止措置をとるべき立場にあった者もいれば、事故当日の管理を適切に行わなかった者、実際に事故につながる行為を行った者など様々です。

 参考事例として、以下の裁判例があります。

福岡高裁判決(昭和63年7月22日)

 造船所において鉱石兼油槽船の機関部等の修理工事の際、機関室船底部で船員がガス切断器を使用する火気作業に従事中、周辺に滞溜していた易燃性残油を含むビルジ(船底に滞する汚水)に発火炎上させ作業員10名が死亡、2名が重傷を負った業務上過失致死傷罪の事案です。

 裁判官は、作業の際にガス切断器を外国人船員に貸し渡した造船所作業員2名に対し、貸渡し後、相手船員が切断器の取扱いに不慣れであることを知りながらそのまま使用させて事故になったことから、切断器を取り戻すべき注意義務に違反したとし、業務上過失致死傷罪を認定しました。

 なお、工事を請け負った造船会社の修繕部長、修繕部機関課長に対しては、本件火災がビルジが一般的性状とは異なるものに変化していたことによるもので、機関室船底にそのような異常な油性ビルジが存在していたことについて予見できなかったとして過失を否定し、業務上過失致死傷罪は成立しないとしました。

最高裁決定(昭和60年10月21日)

 ウレタンフォームの加工販売業を営む会社の本社工場で、工場内の資材運搬用簡易リフトの補修工事に外部から来ていた作業員らが鉄板をガス切断器で溶断していたところ、落下した火花が工場1階に山積みされでいた大量の易燃物であるウレタンフォームの原板等に着火し、工場を全焼し、社長ら7名が死亡した業務上過失致死罪の事案です。

 会社工場部門責任者として工事に立ち会い監視していた社員に対し、火災が発生するかもしれないことは十分に予見できたから、溶断作業員にウレタンフォームが易燃物であることを告げ、溶断開始に先立って自らこれを移動させるか、作業員に火花が落ちないように歩み板等で覆い尽くさせるなどすべきであったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和63年10月27日)

 工場において、原料の液体酸素の受入作業に従事していた未熟練技術員が、誤ってパージバルブ(液体塩素の放出バルブ)を開け、塩素ガスを放出させ、付近住民ら46名に塩素ガス吸入に基づく傷害を負わせた業務上過失致傷罪の事案です。

 未熟練技術員、これを指導監督しつつ作業に当たっていた熟練技術員、受入作業担当の班の責任者であった技師、これらの総括者で人員配置、安全教育の責任者でもあった製造課長の4名につき、未熟練技術員は、受入バルブを閉めようとして誤ってバージバルブを開けたのであるから過失は明白であるとした上で、この者が未熟練であることを知りつつ、これを指導監督しながら作業に当たっていた熟練技術員にも、誤った操作を行わせた点に過失を認定し、未熟練技術員を作業に配置した製造課長と班の責任者であった技師には、事前に未熟練技術員や一緒に受入作業に従事中の熟練技術員の双方に対し、未熟練技術員が単独でバルブ操作をしないように留意すべき旨の安全教育を行い、少なくとも配置の際にその旨の指示を行うべき注意義務があったとし、業務上過失致傷罪が成立するとしました。

福岡高裁判決(昭和61年5月26日)

 水道管の敷設工事中、溝の掘削作業に従事していた作業員が倒壊したレンガ塀の下敷きになって死亡した業務上過失致死罪の事案です。

 裁判官は、当日現場にいなかった元請会社の現場責任者及び下請けの施工者の両名に対し、当日の掘削作業を開始する以前の段階における安全配慮義務、事故回避義務に違反したとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

静岡地裁浜松支部判決(昭和60年11月29日)

 スポーツ施設内の飲食店で、店舗改装作業の際、ガス端末栓のコック及びバルブを締め忘れたため、昼食時に発生したガス爆発により14名が死亡、27名が傷害を負った業務上過失致死傷罪の事案です。

 食堂長、食堂課長、施設課長ら5名に対し、食堂長、食堂課長の2名は、部下である実施責任者に端末栓の確実な閉栓を期するための指示、注意を与えるべきであり、その余の実施責任者ら3名は、作業従事者に対し、各端末栓を確実に閉栓するよう指示し、さらに作業終了後にその点につき確認の措置を講じるべきであったのにこれらを怠るなどしたとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

札幌地裁判決(昭和61年2月13日)

 都市ガスの熱量が変更された際にガス器具の調整にミスがあり、そのために生じた一酸化炭素中毒によって4名死亡、2名負傷した業務上過失致死傷罪の事案です。

 ガス会社の現場作業員のほか、会社の熱量変更の最高責任者らであった者4名に対し、管理者としての責任を含め熱量変更によるガス器具調整作業等に関する注意義務違反があったとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

最高裁決定(平成13年2月7日)

 県が発注したトンネル型水路部分を含む水路建設工事現場において、台風の接近による豪雨のため、周辺の河川からあふれ出た水がトンネル坑口前の掘削地にたまり、その水圧で、トンネル坑口に設置されていた締切状の構造物(仮締切)が決壊し、大量の水が一挙にトンネル内に流れ込んで、トンネル内下流の地域で作業に従事していた作業員7名が溺死した業務上過失致死罪の事案です。

 本件工事の監督に当たるとともに、仮締切の管理を担当していた県の建設課長に対し、本件事故発生の20分以上前の時点で、仮締切が水圧で決壊する可能性を認識することができ、仮締切を県が自ら占有して管理していた事実関係の下では、仮締切の管理に関して、当時トンネル内で建設工事等に従事していた者の危険を回避すべき義務を負っていたと解される上、本件に際して仮締切の決壊を予見できたというのであるから、仮締切の決壊による危険を回避するため、トンネル内で作業に従事するなどしていた作業員らを直ちに退避させる措置をとるべき注意義務があるとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

広島地裁判決(平成8年3月28日)

 橋梁架設工事中の橋げた降下作業を行うに当たり、同作業に習熟していない作業員らが何らの指導・監督も受けることなく同作業に従事したため、ジャッキやジャッキ架台が適切に設置されず、また転倒防止ワイヤーも設置されていなかったため、作業中にジャッキ架台が倒壊し、橋げたが橋脚下の道路上に落下したため、作業員、道路上の自動車に乗車中の者など合計23名が死傷した業務上過失致死傷罪の事案です。

 橋梁架設工事における元請会社の工事部長に対し、橋げた横移動作業終了時に、工事現場代理人に翌日予定されていた橋げた降下作業の作業計画を確認し、適切なジャッキ及びジャッキ架台の設置方法、転倒防止ワイヤーの設置を検討するように指示すべき注意義務があるとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

 工事現場代理人に対し、作業員の指揮・監督、安全管理等の業務に従事する者として、作業に当たり、あらかじめ橋脚上の状況を検討し、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等の作業計画を検討し、かつ、転倒防止ワイヤーを設置した上、自ら同計画に基づいて降下作業を指揮・監督するか、現場代理人補佐に降下作業の監督を行わせる場合には同人に対し、上記計画の内容を具体的に指示してその指揮・監督に当たらせるべき注意義務があり、また、翌日の橋げた降下作業開始後、現場代理人補佐が工事連絡・調整役や作業員らに降下作業を任せたまま自らは指揮・監督していなかったときは、同人をして降下作業の現場に復帰させ、その指揮・監督の下に作業を行わせるべき注意義務があるとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

 工事現場代理人補佐に対し、橋げた降下作業を実施する前日に、工事現場代理人から漫然と降下作業を指揮・監督するよう指示されたが、転倒防止ワイヤー等の転倒防止措置が何ら講じられていなかったときは、現場代理人の注意を喚起すべく、ジャッキ作業の具体的内容等について現場代理人の指示を求め、転倒防止ワイヤーの設置について進言し、かつ作業に際して現場代理人に代わって自ら作業員らを指揮・監督すべき注意義務があるとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

 なお、本件工事の一次下請会社から連絡・調整役として派遣されていた者も、降下作業を適切に指揮・監督する能力がなかったのであるから現場代理人補佐から作業の指揮・監督を依頼された際、これを断るべき注意義務の違反があったとして重過失致死傷罪で起訴されましたが、降下作業を指揮・監督する能力がなく、同作業の危険性を十分認識しておらず、作業員の技量を見抜く能力もなかったため、本件事故について予見可能性がなく、現場代理人補佐の依頼を断ることによって本件事故を回避し得たともいえないとして過失が否定されました。

東京地裁判決(平成8年11月6日)

 地下送水管新設工事現場でメタンガスが爆発して坑内作業員が死傷した業務上過失致死傷罪の事案です。

 本件工事を請け負った共同企業体の現場代理人兼工事事務所の実質的責任者として、本件工事全般を統括管理する業務に当たっていたAに対し、事前に予定ルート上の数箇所でボーリング調査を行うとともに、坑内のメタンガス濃度を測定して警報を発するガス検知警報器を地上の監視室に設置するなどしたものの、同警報器と連動して坑内作業員に危険の発生を知らせる警報器を堀進工事現場に設置し、監視員にメタンガス濃度を常時監視させ、危険発生時には坑内作業員への退避指示を確実にさせるなどの爆発事故防止対策の策定及び下請業者への徹底を行わなかった点で注意義務違反があるとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

 共同企業体からシールド堀進工事を請け負った甲建設の現場代理人として坑内作業の安全管理等を行う業務に従事していたBに対し、本件事故当時未成年で経験が乏しいCを爆発防止対策について何らの指示もないまま、安全管理等の業務に従事させた点で注意義務違反があるとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

 甲建設の従業員で、Bの指示の下、本件事故当夜、坑内作業員の安全管理等の業務を行っていたCに対し、監視室のメタンガス濃度を監視していなかったため、その発生に気付かず、また、同室で警報器の警報が発せられた際も、坑内作業員に直ちに退避するよう指示しなかった点で注意義務違反があるとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

大阪地裁判決(平成17年3月17日)

 建物の解体工事に伴い、ガス本管から建物内につながるガス引込管に残留するガスを吸引して排出するなどの工事の際に、同工事を請け負った会社からの要請により、これに立ち会っていたAが、手元を照らすために点火したライターの火をガスに引火、爆発させて、現場に居合わせた者を負傷させた業務上過失致傷罪の事案です。

 Aに対し、機械室内のガス導管の管末を開放したために生ガスが噴出し、滞留していたところ、ガス臭等から、同室内に相当量のガスが滞留していたことは認識できたはずであり、このような場合には、火気の使用を厳に慎んで、ガスへの引火、爆発事故の発生を防止すべき注意義務があるとし、業務上過失致傷罪が成立するとしました。

水戸地裁判決(平成15年3月3日)

 核燃料加工業者の事業所内にある核燃料加工施設において、核燃料である硝酸ウラニル溶液を混合均一化する作業を行っていた際に、基準取扱量を大幅に超える量の溶液を沈殿槽に注入したため、核分裂反応が連鎖的に起こるいわゆる臨界が発生し、作業員2名に中性子線等の放射線を浴びさせて急性放射線症の傷害を負わせて死亡させた業務上過失致死罪の事案です。

 事業所長A及び核燃料の製造を担当する部長Bに対し、混合均一化作業の班長であるCらに本件操業を行わせるに当たって、自ら又は部下職員をして溶液製造作業の従事者に対して、内閣総理大臣の許可内容を遵守した加工作業を行うよう指示及び監督を行うとともに臨界教育を実施するなどの臨界事故発生を防止するための措置を講ずべき注意義務を怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

 核燃料取扱主任Dに対し、Cらに本件操業を行わせるに当たって、自ら又は部下職員をして溶液製造作業の従事者に対して、内閣総理大臣の許可内容を遵守した加工作業を行うよう指示及び監督を行うとともに、臨界教育を同従事者に対して実施するようAらに意見具申若しくは助言又は協力するなどの臨界事故発生を防止するための措置を講ずべき注意義務を怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

 作業現場の監督に当たっていた職場長Fに対し、Cらに本件操業を行わせるに当たっては、自ら本件事故現場における臨界管理方法を把握した上、溶液製造作業の従事者に対して、本件現場と他の場所との臨界管理方法の相違点を周知徹底するとともに、本件現場における臨界管理方法を遵守した加工作業を行うよう指示及び監督を行うなど臨界事故発生を防止するための注意義務を怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

 核燃料物質の加工等について作業指示書を作成するなどして加工工程を管理するとともに製品の品質を管理する業務を行っていた製造部計画グループ主任Fに対し、Cから本件操業における混合均一化作業を行うに当たって貯塔に代えて沈殿槽にパッチ分のウランを含有する硝酸ウラニウム溶液を注入し、かくはん・混合することの承認を求められた際、形状制限の施されていない沈殿槽内にパッチを超えるウランを含有する硝酸ウラニル溶液を注入すると臨界が発生する危険性が極めて高かったのであるから、これを承認しないで、質量制限を遵守させて臨界の発生を未然に防止すべき注意義務を怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

 混合均一化作業の班長であるCに対し、作業員を指揮して本件操業を行わせるに当たっては、手順書等を確認し、溶液製造作業の経験者に確認するなどして自ら本件現場における臨界管理方法を把握するとともに、同管理方法を遵守した加工作業を行うよう指示し、本件操業を行わせるべき注意義務を怠ったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

仙台高裁判決(平成19年10月2日)

 MRIの容器内に入っていた液体ヘリウムの抜き取り作業を行うに当たり、気化したヘリウムの圧力によって容器が爆発し、その爆風により部屋の壁面を吹き飛ばすなどして居合わせた者5名を負傷させた業務上過失致傷罪の事案です。

 この作業に従事していた者に対し、ヘリウム容器内に空気が入り込んだ場合には、蒸発口が氷で閉塞されて容器内圧が異常に上昇し、破裂爆発する事例を紹介した冊子の内容などの液体ヘリウムに関する一般的な性質について認識すべきであり、具体的事案に即しても氷結によるヘリウム容器の閉塞及び本件装置の破裂、爆発が予見可能であったところ、マニュアルを参照するなどして本件作業の安全確実な手順を把握した上、本件装置の真空容器の弁を開放しないなどして本件装置の破裂、爆発による人身事故の発生を未然に防止すべき注意義務を怠ったとし、業務上過失致傷罪が成立するとしました。

事故発生の過失が否定された事例

 事故発生の過失が否定された裁判例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和63年2月4日)

 自己所有の砂利運搬船の改装のための溶断・溶接工事と塗装工事を別々の業者に注文したところ、両工事が並行して行われ、塗装工事に伴い発生し、船内に滞留していた引火性のガスを、溶断・溶接作業に伴い飛散した溶融鉄片又は電気火花によって着火爆発させ、造船会社作業員1名を死亡、同社作業員ら4名に傷害を負わせた重過失致死傷罪(刑法211条後段)の事案です。

 裁判官は、

  • この工事を別々の業者に注文した注文者は、両工事が同時並行して行われることを予想していない業者に両工事が同時並行して行われることを連絡周知させる義務を負うものの、それ以上に業者が工事の競合することを知りながら並行して工事を行うのを中止させなければならない義務まで負うものではない
  • また、両工事が同時並行して行われることを業者に連絡しなかった過失があるものの、現場作業員らにも工事を並行して行うことを中止するなどの義務を怠った過失がある本件にあっては、注文者の右過失と爆発事故発生との因果関係が否定される

とし、無罪を言い渡しました。

仙台高裁判決(昭和63年1月28日)

 水産加工団地埋設汚水管の維持管理等に関する職務を担当する市の水産部水産課長、同課長補佐が、清掃業者に水産加工場の汚水管の清掃を委託して実施させた際、汚水の主管内流水防止措置が講じられていなかったため、水産加工業協同組合から排水された硫化水素ガスを含む汚水がマンホール内に流入し、付近の主管内で清掃作業を行っていた作業員2名を硫化水素中毒により昏倒させて窒息死亡させ、他の3名に酸欠状態等の傷害を負わせた業務上過失致死傷罪の事案です。

 市の維持管理する清掃作業を業者に委託した場合において、業務委託契約書中仕様書に上流部からの汚水の流れに支障を来さないように処理する旨定められているときは、汚水管の維持管理を担当する市職員は、委託業務内容の仕様書、図面等の設計図書作成に過誤を犯すか若しくは特に危険な作業に不適切な指示をするなど、特別の事由のない限り、清掃業務の遂行上生ずる上流部からの汚水流出による事故防止の注意義務を負わないところ、本件では右の特別の事由は認められないとし、無罪を言い渡しました。

東京高裁判決(昭和58年5月23日)

 放水路の橋架設工事現場において、橋脚工事のために設置された仮締切り製造物が倒壊し、川底で作業中の作業員8名が生き埋めとなって死亡した業務上過失致死罪の事案です。

 工事で採用された工法特許権者で工事を設計した者、工事を請け負った建設会社社員で工事の設計・施行監督に当たっていた2名の者、建設省職員で工事の現場監督に当たっていた者の計4名に対し、事故の原因である面外座屈という現象は、当時の平均的土木技術者において具体的に予見し、その防止のための対策を設計に取り入れることを期待することは到底無理であったし、さらに、面内座屈の安全率を1.0前後として設計したことは、面外座屈を招いたといえないし、面内座屈安全率を1.0前後としたこと自体が不十分とはいえず設計上の過失があったといえないとし、業務上過失致死罪の成立を否定しました。

宮崎地裁判決(昭和62年3月26日)

 川に架かっていた吊橋が通行人とともに川床に落下し、7名死亡、15名負傷した業務上過失致死傷罪の事案です。

 橋の設計及び工事の指揮監督をしていた市建設課長に対し、吊橋が設計された当時の技術水準からみて、主索(ワイヤーロープ)又は索線の一定倍数以上のを有するサドル又は滑車を使用する設計をしなければならない注意義務を要求することはできないとし、業務上過失致死傷罪の成立を否定しました。

横浜地裁判決(昭和62年3月26日)

 崖崩れ(斜面崩壊)実験の際、斜面上の多量の土塊が流下し、見学者、報道関係者15名死亡、8名が傷害を負った業務上過失致死傷罪の事案です。

 科学技術庁国立防災科学技術センター第二研究部長に対し、実験の進行、安全管理について責任がなかったとし、同センター第二研究部地表変動防災室長に対しては、斜面の崩壊について予見不可能であったとし、業務上過失致死傷罪の成立を否定しました。

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