刑事訴訟法(公判)

伝聞証拠③~刑訴法321条1項の説明(「被告人以外の者の供述書・供述録取書とは?」「供述書の署名・押印の有無と証拠能力の関係」など)

 前回の記事の続きです。

 伝聞証拠には原則として証拠能力がありません。

 しかし、

に、それぞれの伝聞証拠の性質に応じて、伝聞法則の例外として証拠能力を認めるための一定条件を規定し、その条件を満たす場合には証拠能力を認めています。

 証拠能力が認められると、検察官は、公判で裁判官に伝聞証拠(伝聞供述、供述書、供述録取書)を提出して証拠採用してもらえることになります。

 証拠能力が認められないと、検察官は、公判で裁判官に伝聞証拠(伝聞供述、供述書、供述録取書)を提出しても、証拠として採用してもらえないという結果になります。

 この記事では、刑訴法321の「被告人以外の者の供述代用書面」に証拠能力が認められるための考え方のうち、「供述書、供述録取書(供述調書)に対する署名・押印の有無と証拠能力の関係」を説明します。

刑訴法321条1項の説明

 刑訴法321条は、

  • 被告人以外の者が作成した供述書
  • 被告人以外の者の供述を録取した供述録取書(供述調書ともいう)

について、刑訴法320条1項前段の例外として、一定の条件の下で、証拠能力を認めるものです。

 供述書は、供述者本人が自らの体験などを自らの手で書き記した書面です。

 供述録取書(供述調書)は、供述者の話を第三者(通常、警察官又は検察官)が聞き、その第三者が供述者から聞いた話を書き記した書面です。

 刑訴法321条は、1項において、

  • 通常の供述録取書(参考人の供述調書など)
  • 通常の供述書(上申書など)

について規定し、2項・3項・4項において、

  • 特殊な供述録取書(公判調書・公判準備における証人尋問調書等)
  • 特殊な供述書(検証調書・鑑定書)

について規定しています。

刑訴法321条1項「被告人以外の者の供述書・供述録取書」の説明

 刑訴法321条1項は、「被告人以外の者が作成した供述書」又は「被告人以外の者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの」について、刑訴法321条1項の1号、2号、3号の各要件に該当すれば証拠能力を認める規定です。

 ここでいう「被告人以外の者」とは、被告人以外の者を全て含みます。

 なので、被害者、目撃者、参考人だけではなく、共犯者や共同被告人(共犯者関係にあるなどして被告人と一緒に起訴され、被告人と一緒に裁判を受ける者)も含まれます(最高裁判決 昭和28年7月7日)。

 被告人Aと共犯者Bの両名による共犯事件において、Aの供述書や供述調書をA自身に対する関係で証拠とするときは、刑訴法322条1項の規定(任意性のある被告人の不利益供述(自白供述)を記載した供述書、供述調書は証拠にできる)により、その供述書や供述調書に証拠能力が決められます。

 しかし、共犯者であるBに対する関係で証拠とするときには、刑訴法321条1項の各号によって証拠能力が決められます。

 例えば、Aの警察官に対する自白調書は、被告人であるA自身の関係では、Aの自白に任意性があれば証拠能力が認められます(刑訴法322条1項)。

 共犯者Bとの関係では原則として証拠能力がないため、相手方(被告人・弁護人)のAの証拠として採用してよいという同意(刑訴法326条)があるか、刑訴法321条1項3号の要件を満たさない限り証拠能力は認められません。

供述録取書に供述者の署名若しくは押印がなければ証拠能力がない

 刑訴法321条の条文の書き出しの部分から分かるとおり、供述書には供述者の署名押印が要求されていませんが、供述録取書には、供述者の署名若しくは押印がなければなりません。

 供述録取書に供述者の署名若しくは押印を必要とするのは、供述録取書は、供述者が自分で作成する供述書とは異なり、供述者の供述を第三者が聴取して録取するものなので、供述どおり正確に録取されているかどうかを供述者本人に確認させ、その正確性を認証させるためです。

 なので、供述者の署名・押印のない供述録取書は、録取の正確性の担保がなく、刑訴法321条1項で要求される法定要件を具備しないため、証拠能力がないとされます。

 なお、この押印は指印でもよいとされます(刑訴規則61条)。

供述者が供述録取書に署名・押印できない場合は、立会人に署名・押印させることができる

 供述録取書への供述者の署名・押印は、録取の正確性を担保するためのものなので、供述者本人が署名・押印をしなければなりません。

 しかし、例えば、供述者が重傷のため自分で署名・押印ができない場合のように、署名・押印ができないことに正当な理由があるときは、供述者の取調べに立ち会った立会人に録取の正確性を確認させた上、供述人が署名・押印でにない理由を供述録取書に明記し、立会人に署名・押印させてもよいとされます。

 参考となる裁判例として以下のものがあります。

福岡高裁判決(昭和29年5月7日)

 重傷を負い署名・押印できない供述者の代わりに、供述者の実父が供述録取書に署名・押印した事案で、立会人の代署では法定要件を欠くとしても、刑訴法326条の同意があれば、相当性を考慮して証拠とすることができるとしています。

供述録取書に供述者の署名・押印がなくても、刑訴法326条の同意があれば証拠能力が認められる

 供述者の署名・押印を欠く供述録取書であっても、相手方(検察官又は被告人・弁護人)の同意(刑訴法326条)があれば、証拠能力があると解されています(最高裁判決 昭和29年11月25日)。

 刑訴法326条は、刑訴法321条から327条の規定により証拠とならない伝聞証拠であっても、相手方の同意があれば証拠能力を認める規定です。

 同意は、反対尋問権を放棄する意思表示になるとともに、録取の正確性を認めたことになるため、相手方の同意があった場合は、伝聞証拠の証拠能力が認めるられるようになるものです。

 ただし、刑訴法326条は相当性の存在を要件としているため、供述者の署名・押印を欠く理由によっては、同意があっても相当性がないことを理由に証拠能力が否定されることがあり得ます。

 実際に供述者の署名・押印がない供述録取書について、刑訴法326条の同意があっても相当性を欠くとして証拠能力を否定した以下の裁判例があります。

名古屋高裁判決(昭和25年12月11日)

 この判例は、刑訴法326条の同意の効果は署名・押印の欠如まで及ばないとしました事例です。

 裁判官は、被告人はBの供述調書を証拠とすることに同意してはいるが、刑訴法326条による当事者の同意は供述者の署名若くは拇印以外の右にいわゆる一定の条件を緩和するためのものであって、その署名若くは拇印のないものまでにその証拠能力を付与し得ないものと解すべく、そのように解することは、この場合、実体的真実発見の要請による当事者主義の制限として充分その合理的根拠があるものと考えられるのであると判示しました。

福岡高裁判決(昭和26年1月30日)

 供述録取面に被告人の署名若しくは押印を欠如しているにかかわらず、その末尾に「右録取し読み聞かせたるところ云々署名した」旨の記載している情況から見ると、刑訴法326条1項にいわゆる「その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り」なる場合に該当するものとも認められないので、被告人及び弁護人において、証拠とすることに同意したからといって、これに証拠能力があるものとすることはできないとしました。

公判調書に記載された証人の供述には署名・押印は不要である

 供述録取書である公判調書公判期日における訴訟手続の内容を記載した書面。裁判所書記官が作成する。)又は公判準備調書(公判期日外における訴訟手続の内容を記載した書面。裁判所書記官が作成する。)には、供述者である証人等の署名又は押印はありません(刑訴規則45条1項、52条の2第1項)。

 刑訴法321条において、供述者の署名又は押印が要求されているのは、供述者が真にその供述をしたことを担保するためであるところ、公判期日又は公判準備期日における供述についてはその正確性が制度上担保されており、刑訴規則上も署名又は押印が不要とされていることから、公判調書又は公判準備調書には、刑訴法321条の適用はなく、公判調書又は公判準備調書への供述者である証人等の署名又は押印は不要と解されています。

供述録取書への供述録取者の署名及び押印の有無と証拠能力の考え方

 供述録取書には、供述者の署名・押印のほかに、「録取者」(例えば、被害者の話を聞いて書面を作成した警察官が録取者に該当する)の署名及び押印が必要です(刑訴規則42条、58条、60条)。

 録取者については、供述者の場合と異なり、署名及び押印の両方が必要となります(供述者の場合は署名又は押印が必要とされています)。

 問題は、録取者の署名及び押印を欠いた供述録取書の証拠能力です。

 結論として、録取者の署名及び押印を欠いた場合の供述録取書でも、刑訴法326条の同意があった場合、又は成立の真正が証明される場合には、証拠能力を認めるというのが裁判例の考え方です。

名古屋高裁判決(昭和28年3月23日)

 検察官の署名押印はないが、検察事務官の署名押印はある供述録取書につき、刑訴法326条の同意があれば無条件で証拠能力を肯定するとした事例です。

 なお、検察官が作成する供述録取書は、検察官と取調べに立ち会った検察事務官の両方が供述録取書に署名押印するものです。

 裁判官は、

と判示しました。

東京高裁判決(昭和29年5月14日)

 検察官の氏名の表示はあるがその署名押印はなく、検察事務官の署名押印はある供述録取書につき、書面の成立が明らかであれば証拠能力を認めるとした事例です。

 裁判官は、

  • 検察官が犯罪を捜査するに当り、被疑者を取り調べその供述を調書に録取する方法については別段の定めがないから、その検察官が自から録取するか、あるいは検察事務官をして録取させるかいすれの方式によっても差し支えなく(東京高等裁判所昭和26年7月23日判決参照)、後者の方法による場合においては、当該検察事務官が刑事訴訟法第198条第4項以下、刑事訴訟規則第58条所定の手続及び方式に従って調書を作成すべきものであって取調をした検察官はその氏名が調書に表示されているのみて足り、必ずしも検察事務官と共に署名押印する必要はないものと解すべきである(福岡高等裁判所昭和27年10月2日判決参照)
  • そこで本件供述調書に取調をした検察官である検事Aの氏名が表示されていること及び検察事務官Bが前記の手続及び方式に従ってこれを作成したことは、同調書の記載に徴して明白であるから、同調書は、被告人の検察官に対する供述調書として作成の方式に何ら欠けるところはない

と判示しました。

奈良地裁判決(昭和48年10月22日)

 検察事務官の署名押印のみで検察官の署名押印がない供述調書につき、刑訴法326条の同意があれば有効であるとした事例です。

 裁判官は、

  • 供述調書は、検察官の署名押印を欠くけれども、証拠として取調べた検察事務官H作成の報告書および右各調書の用紙、体裁ならび記載内容に徴し、各供述は検察官Mの面前でなされたものであり、検察事務官Hにおいてこれを録取したうえ、所要の方式を履践し、各供述者の署名押印を得てそれぞれ供述調書としたことを認めるに足り、かつ、各調書はその作成者である右Hの署名押印を具備しているので、いずれも検察官の面前における供述を録取した書面として有効であると解する

と判示しました。

東京高裁判決(昭和30年3月16日)

 検察官の署名押印を欠いた上、供述調書のページ間に契印を書くものにつき、刑訴法326条の同意があり、かつ成立の真正が推認されることで証拠能力は認められるとした事例です。

 裁判官は、契印の欠如の部分につき、

  • 刑事訴訟規則第58条第2項によれば、官吏その他の公務員が作るべき書類には、毎葉に契印をしなければならないわけであって、供述調書は、これが規定に違背している点において不適法なものがあるといわざるを得ないが、もし該調書の形式、内容において契印のない前葉と後葉との間に一体性の認められるものがあるにおいては、その調書全体を向こうのものというを得ないものと解すべきところ、該調書における片方に印影の一部を欠く契印不完備の個所における前葉と後葉に見る文字ないし字体の同一筆跡にかかるものであることの窺われること、及び両葉間に連続している首尾の一貫した文脈等に照らし、その両葉が該供述調書として一体をなすものであることが明白であるから(しかも被告人ないしはその弁護人は原審においてこれを証拠とすることに同意している。)、これが供述調書を法令に違反する無効なものであるとする趣旨をもってその証拠能力を否定して原判決を非難する所論(※弁護人の主張)は採用できない

と判示しました。

 上記の署名押印を欠く供述録取書の証拠能力を認めた裁判例とは逆に、証拠能力を否定した裁判例もあります。

東京高裁判決(昭和30年8月9日)

 刑訴法326条同意があっても成立の真正が不明として供述録取書の証拠能力を否定した事例です。

 裁判官は、

  • 検察官調書にはその録取者たる立会検察事務官の署名押印は存するけれども、取調検察官の署名も押印もないのであるから、刑事訴訟規則第58条第1項所定の方式を欠くばかりでなく、果して調書冒頭表示の検察官によって取調が行われたものか否か、これを確認し得ないのである
  • かような調書は適法な検察官作成の供述調書と認めることはできから、その証拠能力も否定されなければならない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和26年12月13日)

 刑訴法326条同意がなく、検察官の署名押印なく立会事務官の署名押印はある供述調書を刑事訴訟法第321条第2号の規定を用いて裁判官が証拠調べをした上、証拠として判決に援用したのは違法であるとした事例です。

 裁判官は、

供述調書の冒頭には検事SがNを取り調べた旨の記載が存するのに、同調書の末尾には検察事務官Tの署名押印は存するが、右検事Sの署名押印は存しない

しからば右調書は直ちに検事作成の供述調書とは認めることはできない

  • しかも、被告人及び弁護人がこれを証拠とすることには同意していないことが明らかであるのに、原審がこれをNに対する検事作成の供述調書(刑事訴訟法第321条第2号の書類)として証拠調べをしたのは違法であり、この違法の証拠を判決に援用したのは、まさに訴訟手続に法令違反の存するものであることは明白である

と判示しました。

次回の記事続く

 次回の記事では

訴法321条1項1号・2号・3号の規定により伝聞証拠を証拠とすることができる場合

を説明します。