刑事訴訟法(公判)

伝聞証拠④~刑訴法321条1項1号・2号・3号の規定により伝聞証拠を証拠とすることができる場合を説明(「供述の再現不能」「供述の相反性」「不可欠性」「特信性」など)

 前回の記事の続きです。

刑訴法321条1項1号・2号・3号の規定により伝聞証拠を証拠とすることができる場合を説明

 被告人以外の者が作成した供述書又は供述録取書は、刑訴法321条1項1号・2号・3号に定められた要件を備えた場合に限り証拠とすることができます。

 刑訴法321条1項1号・2号・3号に定められた要件を整理すると以下のようになります。

1号の対象となる書面

 被告人以外の者の裁判官の面前における供述録取書

 ここでは裁判官面前調書(1号書面)と呼ぶことにします。

2号の対象となる書面

 被告人以外の者の検察官の面前における供述録取書

 ここでは検察官面前調書(2号書面)と呼ぶことにします。

3号の対象となる書面

 被告人以外の者のその他の(裁判官、検察官以外の)供述録取書及び供述書

 3号書面は、被告人以外の者の裁判官面前調書(1号書面)と検察官面前調書(2号書面)以外の供述録取書と全ての供述書がこれに該当します。

 ただし、実際の裁判では、3号の対象となる書面は、主に警察官の作成する供述録取書であり、ここでは警察官面前調書等(3号書面)と呼ぶことにします。

1号、2号、3号に規定される伝聞証拠を証拠とすることができるとする要件

 刑訴法321条1項1号・2号・3号に規定される伝聞証拠を証拠とすることができるとする要件を整理すると、以下の1⃣~4⃣の項目に整理できます。

1⃣ 供述の再現不能

 書面の供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため、公判準備若しくは公判期日において供述することができないこと。

2⃣ 供述の相反性

 供述者が公判準備若しくは公判期日において書面の供述と相反した(異なった)供述をしたこと。

 具体的には、供述人が公判で証人尋問を受け、その証言の内容が、公判期日ではない日に裁判官又は検察官の面前で供述して裁判官又は検察官が作成した供述録取書と異なる供述となっているときをいいます。

3⃣ 不可欠性

 書面の供述が犯罪事実の証明に欠くことができないものであること。

4⃣ 特信性

 書面の供述を信用すべき特別の情況の存すること。

1号~3号書面と1⃣~4⃣の要件の組合せの整理

1号~3号書面と1⃣~4⃣の要件の組合せを整理すると以下のようになります。

裁判官面前調書(1号書面)】

 伝聞証拠である裁判官面前調書(1号書面)は、

 1⃣供述の再現不能

  又は

 2⃣供述の相反性

の要件があれば、証拠とすることができる。

【検察官面前調書(2号書面)】

 伝聞証拠である検察官面前調書(2号書面)は、

 1⃣供述の再現不能

  又は

 2⃣供述の相反性+4⃣特信性(2⃣4⃣の両方が必要)

の要件があれば、証拠とすることができる。

【警察官面前調書等(3号書面)】

 伝聞証拠である警察官面前調書等(3号書面)は、

 1⃣供述の再現不能+3⃣不可欠性+4⃣特信性(1⃣3⃣4⃣の全部が必要)

の要件があれば、証拠とすることができる。

伝聞証拠である裁判官面前調書(1号書面)が証拠として使える場合を詳しく説明

 裁判官面前調書(1号書面)は、裁判官の面前における被告人以外の者の供述を録取した書面として、「供述の再現不能」又は「供述の相反性」がある場合に証拠能力が付与され、証拠として採用されます。

 裁判官面前調書(1号書面)は、検察官面前調書(2号書面)と警察官面前調書等(3号書面)と異なり、「特信性」の要件が要求されていないのは、裁判官面前調書(1号書面)は公正な裁判官の面前でなされた供述を録取した書面であって、そのこと自体に高度の信用性が認められるためです。

伝聞証拠である検察官面前調書(2号書面)が証拠として使える場合を詳しく説明

 検察官面前調書(2号書面)は、検察官の面前における供述を録取した書面です。

 検察官面前調書(2号書面)は、「供述の再現不能」又は「供述の相反性かつ特信性」がある場合に、証拠能力が付与され、証拠として採用されます。

 「供述の再現不能」は、供述者が死亡していることや重度の病気などにより、法廷に供述者が出廷して証人尋問を受けて供述することができない場合に証拠能力が付与されます。

 「供述の再現不能」の要件については、裁判官面前調書(1号書面)の場合と同じであり、裁判官面前調書(1号書面)と同等の地位が与えられています。

 「供述の相反性かつ特信性」は、供述者の公判準備又は公判期日における供述(公判準備(公判期日外)の証人尋問又は公判期日の証人尋問における供述)が、検察官の面前における供述と相反するか、実質的に異なった供述をしたときで(供述の相反性)、公判準備又は公判期日における供述よりも検察官の面前における供述を信用すべき特別の情況が存在するとき(特信性)に証拠能力が付与されます。

伝聞証拠である警察官面前調書等(3号書面)が証拠として使える場合を詳しく説明

 3号書面は、被告人以外の者の裁判官面前調書(1号書面)と検察官面前調書(2号書面)以外の供述録取書と全ての供述書がこれに該当します。

 実際の裁判では、3号書面の対象となる書面は、主に警察官の作成する供述録取書なので、警察官面前調書等(3号書面)と呼びます。

 警察官面前調書等(3号書面)は、「供述の再現不能かつ不可欠性かつ特信性」がある場合に証拠能力が付与され、証拠として採用されます。

 具体的には、供述者の死亡等による再現不能の要件が存在し(供述者が公判に出廷して証人尋問を受けることができない)、かつ、その供述が犯罪の存否の証明に欠くことができないものであり、さらに、その供述が特に信用すべき情況の下でされたときに限り、証拠能力が付与され、証拠として採用されます。

 警察官面前調書等(3号書面)は、供述不能の要件が要求されていて、かつ、裁判官面前調書(1号書面)と検察官面前調書(2号書面)のように「供述の相反性」の要件がありません。

 このことは、端的にいうと、警察官面前調書等(3号書面)の供述調書は、供述者が死亡していることや重度の病気などにより、法廷に供述者が出廷して証人尋問を受けて供述することができない状況があることが、その供述調書に証拠能力が付与され、証拠として採用されるための前提条件となります。

 なので、警察官面前調書等(3号書面)に証拠能力が認められる要件は、裁判官面前調書(1号書面)と検察官面前調書(2号書面)に比べて極めて厳しいものといえます。

 実際の裁判では、供述者が生存している限りは、警察官面前調書等(3号書面)の供述調書は、刑訴法326条の相手方(被告人・弁護人)の同意がなければ、証拠として採用されることはありません。

 つまり、被告人・弁護人が警察官面前調書等(3号書面)を不同意とした場合、供述者が生存している限りは、供述者の証人尋問が実施され、法廷での供述者の証言が証拠とされるので、警察官面前調書等(3号書面)が証拠として裁判官に提出されることはありません。

刑訴法321条1項1号・2号・3号の供述の再現不能(「所在不明」「国外にいること」)を詳しく説明

「所在不明」とは?

 刑訴法321条1項1号・2号・3号に共通する要件として、

供述の再現不能(供述者の死亡、精神・身体の故障、「所在不明」又は「国外にいること」により公判準備又は公判期日において供述することができないとき)

が挙げられています。

 刑訴法321条1項各号でいう「所在不明」とは、

単に連絡が困難であるというだけでは足りず、通常の捜査の手段を尽くして捜査してもその所在が判明しない場合

をいいます。

 なので、単に転出した旨の警察官の報告書や、所在不明であるとの証人の供述だけでは足りず、所在不明と認定されません。

 参考となる裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和40年2月3日)

 「所在不明」とはの定義につき、裁判官は、

と判示しました。

福岡高裁判決(昭和26年11月19日)

 裁判官は、

  • 「証人等所在捜査について」の書面をみるとFは本年(昭和26六年)1月24日福岡市a町b に転出した旨の記載があり、右記載によっては直ちにFの所在が不明とは断じ切れず、その他にその所在不明を裏づける資料は更にない
  • してみれば、Fの右供述調書は検察官主張の刑訴法321条1項3号に基く証拠能力ありとは言えない

と判示し、単に転出した旨の警察官の報告書をもって所在不明とはいえず、警察官面前調書等(3号書面)を証拠として採用したのは違法であるとしました。

福岡高裁判決(昭和25年3月29日)

 供述者Kが所在不明のため公判期日において供述不可能であることを証明するる証拠の程度につき、裁判官は、

  • 証人Mは「Kは所在不明である」旨供述しているけれども、すべて証人の証言は公判期日において被告人の反対尋問を経たものでなければこれを被告人に不利益な事実認定の証拠とすることができないものとする証拠法の原則に鑑みると、ほかにKの所在を捜査したがその所在が判明しないため到底Kを公判期日に証人として喚問することのできないことを確認するに足りる資料のない本件においては。未だ単に右所在不明の供述の一言のみをもっては右証人に対する伝聞事実の内容の供述者が所在不明のため、公判期日において供述することができないものと認めることはできない

と判示しました。

「国外にいること」とは?

 刑訴法321条1項各号でいう「国外にいること」とは、

国外に移住している場合だけでなく、

を含むとされます。

 ただし、前記最高裁判決(昭和7年6月20日)において、

  • 退去強制によって出国した者の検察官に対する供述調書については、検察官において供述者がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合や、裁判官又は裁判所がその供述者について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、証拠とすることが許容されないこともある

と判示しています。

 他方で、東京高裁判決(平成8年6月20日)において、供述者に対する退去強制命令が発付されていることを知った検察官及び裁判所が種々の方策を講じたものの結果的に証人尋問できなかった事案につき、

  • 供述者の証人尋問請求を検察官が撤回した場合でも、同人の検察官調書を法321条1項2号前段の書面として採用できる

としています。

「所在不明」「国外にいること」は継続性が必要である

 「所在不明」「国外にいること」は、その状態がある程度継続していなければならないとされます。

 なので、一時的な精神や身体の故障、一時的な所在不明、一時的な出国の場合は「所在不明」「国外にいること」に該当しないとされます。

供述不能により証拠能力を取得し、証拠調べを終えた供述録取書は、その後に供述不能の状態が解消しても証拠能力を失わない

 供述不能により証拠能力を取得し、証拠調べを終えた供述録取書は、その後に供述不能の状態が解消しても証拠能力を失いません。

 参考となる裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和42年12月11日)

 所在不明者が後日出廷した事案で、裁判官は、

  • 証拠の証拠能力は証拠の取調べに際してこれを有すれば足り、所在不明を理由として取調べを了した供述調書について、後にその供述者の所在が判明し、かつ、その者について証人尋問がなされたからといって、直ちにその証拠能力が失われるものと解することができない

と判示しました。

供述の再現不能は、「証人尋問で証言を拒絶した場合」なども含む

  1. 証人が宣誓を拒絶した場合
  2. 証言拒否権を行使して証言を拒絶した場合
  3. 共同被告人(共犯者である被告人と一緒に起訴された被告人)の事件において相被告人(共同被告人のうちの一方の被告人)が黙秘権を行使した場合

につき、上記①~③の場合が刑訴法321条1項1号・2号・3号における「供述不能」に当たるかが問題になります。

 結論として、上記①~③の場合につき、公判廷の供述が得られない点においては、死亡等の事由と異なることはなく、また、書面を証拠としても、証言拒絶権や黙秘権を侵害したことにはならないので、供述不能に当たると解されています。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和27年4月9日)

 裁判官は、

  • 証人が証言を拒絶した場合には、被告人に反対尋問の機会を与えられない点で、供述者の死亡の場合と異なることはないことから、同人の検察官面前調書を証拠とすることを妨げない

旨判示しました。

最高裁判決(昭和29年7月29日)

 証人が記憶喪失を理由に証言を拒んだ場合につき、裁判官は供述不能に該当する旨判示しました。

札幌高裁判決函館支部(昭和26年7月30日)

 強姦(現行法:不同意性交罪、刑法177条)の被害者が泣いて証言できない場合も供述不能に当たるとし、その被害者の検察官面前調書(2号書面)を証拠に採用したことは違法ではないとしました。

供述の再現不能における「供述者の死亡」に関する裁判例

 供述者の「死亡」について、既に公判期日において証人として尋問を受けた者が、その証人尋問後に検察官の取調べを受けて証言と異なる内容の供述をし、その旨の供述調書(検察官面前調書(2号書面))が作成された後、改めて証人尋問が予定されていたところ、その証言前に供述者が死亡した場合には、刑訴法321条1項2号前段が適用され、検察官面前調書(2号書面)は証拠として採用されます。

 この点について判示した以下の裁判例があります。

東京高裁判決(平成5年10月21日)

 裁判官は、

  • 検察官に対する供述調書を刑訴法321条1項2号に基づき証拠として取り調べることができるかどうかみると、検察官がその旨主張し、弁護人においてもその点異議がない旨意見を述べていることは別として、本件の手続過程と右各検察官調書が作成された状況、右各検察官調書の供述内容ないしAの供述の変遷過程並びにが死亡したことなどを合わせ考えれば、右各検察官調書がいずれも同号前段に該当する書面であることは十分に肯認できる
  • すなわち、Aは、原審第2回公判廷において証人尋問を受け、本件事故の際、本件車両に自分が乗っていたかどうかなどにつき供述し、その後検察官から取調べを受け、前の証言と異なる供述を内容とする前記2月9日付け及び同月12日付けの各検察官調書が作成され、次いで、原審第6回公判期日(同月18日)に検察官からAを改めて証人として取り調べることを求める証拠調べの請求があり、同期日にその旨の証拠調べの決定があって、原審第7回公判期日(同年3月5日)にAが証人として喚問されていたところ、同日早朝にAが自殺したという経過が明らかである
  • なお、検察官が原審第6回公判期日に再度のAの証人尋問を請求したのは、Aの前回の証言内容を変更させ、右各検察官調書と同一の内容の供述を得ようとしたものであったことも、当然に窺われる
  • そうすると、右の各検察官調書は、Aの原審第2回公判期日における証言との関係では、同証言よりも後にした供述を内容とするものであるから、刑訴法321条1項2号後段を適用することはできない
  • しかし、原審第7回公判期日に行う予定であった証人尋問との関係では、前に一度公判期日に証人として供述しているとはいえ、原審第7回公判期日にはこれと異なる内容の供述すなわち新たな内容の供述を行うことが予定されていたのであるから、供述者が死亡したため公判期日において供述することができないときに当たるものということができる
  • したがって、右各検察官調書に同号前段を適用することができるものと解される

と判示しました。

次回の記事に続く

 次回の記事では

刑訴法321条1項1号の裁判官面前調書の説明

をします。