刑事訴訟法(公判)

伝聞証拠⑨~刑訴法321条2項後段の裁判所・裁判官の検証調書の説明(同調書は無条件で証拠能力が認められるなど)

 前回の記事の続きです。

 前回の記事では、刑訴法321条2項前段の「被告人以外の者の公判準備調書・公判調書」の説明をしました。

 今回の記事では、刑訴法321条2項後段の「裁判所・裁判官の検証調書」の説明をします。

刑訴法321条2項後段の裁判所・裁判官の検証調書の説明

 検証調書は、

検証者が自己の五感の作用によって事物の存在状態を観察し、認識した結果を報告する書面

です(検証の説明は前の記事参照)。

 検証は、裁判所が行う場合(刑訴法128条)と、裁判官が行う場合(刑訴法142条125条、179条)とがあります。

 検証調書は裁判所書記官が作成し(刑訴規則37条、41条、42条)、裁判所・裁判官が認識した結果を記載するものです。

 検証の代表例は、犯行現場の検証です。

 身体検査(刑訴法129条)も検証の一種です。

 検証調書は、一種の供述書という性質があります。

 そのため、検証調書は刑訴法321条1号・2号・3号の書面(1号書面2号書面又は3号書面)に該当し、刑訴法321条1号1号・2号・3号の規定より証拠能力が付与されそうですが、法は、検証調書については、

に規定を別に設け、証拠能力を与えることにしています。

 裁判所・裁判官による検証であれ、検察官、検察事務官又は司法警察職員よる検証であれ、検証の結果は、法廷で検証者の証人尋問をして検証者に口頭で報告させるよりも、それを記載した書面自体を証拠とした方がより正確に報告できます。

 なので、検証調書については、刑訴法326条の相手方(被告人・弁護人)の証拠として裁判官に提出することの同意が得られなかった場合に、証拠として裁判官に提出できるハードルを下げるため、刑訴法321条1号・2号・3号の要件を緩和した規定である刑訴法321条2項後段刑訴法321条3項を別に設け、その規定により証拠能力を認めることにしました。

裁判所・裁判官の検証調書は無条件で証拠能力が認められる

 刑訴法321条2項後段は、裁判所・裁判官の検証調書について、

裁判所若しくは裁判官の検証の結果を記載した書面は、刑訴法321条1項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる

と規定しており、無条件で証拠能力を認めています。

 これは、裁判所・裁判官の検証調書は、

  • 書面による報告になじむ性質のものである上、公平な立場にある裁判機関の検証なので、その記載に信用性があること
  • 検証には被告人・弁護人の立会権が認められており(刑訴法142条113条)、被告人の反対尋問権が実質的に保障されていること

を理由とします。

 弁護人に立ち会う機会を与えなかった裁判所の検証調書は証拠にできないという判例(最高裁判決 昭和24年5月18日)があり、検証に被告人・弁護人が立ち会う権利を与えることは必須とされます。

検証調書の記載内容について証拠能力が与えられる範囲

検証調書に添付された図面、写真の証拠能力

 検証調書には、通常、図面や写真が添付されます。

 これらの図面や写真は、検証結果を明瞭にするためのものなので、検証調書と一体不可分のものとして証拠能力が認められます。

検証現場における立会人の指示・説明部分の証拠能力

 検証調書には、通常、検証現場に立ち会った立会人の指示・説明が記載されます。

 立会人の指示・説明は、検証事項を明確にし、検証を効果的に行うために、検証の一つの手段としてなされるものです(立会人の供述を得るためのものではありません)。

 なので、立会人の指示・説明の記載部分は、立会人の供述を録取したものではなく、検証の結果の記載になるので、検証調書と一体となって証拠能力を有することになります。

 ただし、立会人の指示・説明部分が検証調書の一部として証拠能力を有するのは、それが検証の手段として必要な限度の現場指示にとどまっていることが前提になっています。

 その必要な限度を超えて記載された供述部分は、検証結果の記載ということはできず、そ必要な限度を超えて記載された供述部分の証拠能力については、供述録取書として刑訴法321条1項1号により証拠能力が付与されることが検討されます。

被告人に対し、検証現場における立会人(指示説明者)への反対尋問の機会を与える必要はない

 検証現場における立会人の指示説明の記載は、検証結果の記載であって、供述の録取ではないため、被告人に対し、立会人(指示説明者)に対する反対尋問の機会を与える必要はありません。

 また、検証調書に指示説明者が署名押印することは不要です。

 この点について判示した以下の判例があります。

最高裁判決(昭和36年5月26日)

 裁判官は、

  • 捜査機関は任意処分として検証(実況見分)を行うに当たり必要があると認めるときは、被疑者、被害者その他の者を立ち会わせ、これらの立会人をして実況見分の目的物その他必要な状態を任意に指示、説明させることができ、そうしてその指示、説明を該実況見分調書に記載することができるが、右の如く立会人の指示、説明を求めるのは、要するに、実況見分の一つの手段であるに過ぎず、被疑者及び被疑者以外の者を取り調べ、その供述を求めるのとは性質を異にし、従って、右立会人の指示、説明を実況見分調書に記載するのは結局実況見分の結果を記載するにほかならず、被疑者及び被疑者以外の者の供述としてこれを録取するのとは異なるのである
  • 従って、立会人の指示説明として被疑者又は被疑者以外の者の供述を聴き、これを記載した実況見分調書には右供述をした立会人の署名押印を必要としないものと解する
  • いわゆる実況見分調書が刑訴321条3項所定の書面に包含されるものと解される以上は、同調書は単にその作成者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述しさえすれば、それだけでもって、同条1項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができるのである
  • 従って、たとえ立会人として被疑者又は被疑者以外の者の指示説明を聴き、その供述を記載した実況見分調書を一体として、すなわち右供述部分をも含めて証拠に引用する場合においても、右は該指示説明に基く見分の結果を記載した実況見分調書を刑訴321条3項所定の書面として採証するにほかならず、立会人たる被疑者又は被疑者以外の者の供述記載自体を採証するわけではないから、あらためてこれらの立会人を証人として公判期日に喚問し、被告人に尋問の機会を与えることを必要としないと解すべきものである

と判示しました。

立会人の指示・説明は検証現場で行われる必要がある

 立会人の指示・説明は検証現場で行われる必要があります。

 検証終了後、他の場所でなされた立会人の供述を現場でなされた指示説明のように検証調書に記載しても、その部分に証拠能力は認められません。

 この点について、以下の裁判例があります。

高松高裁判決(昭和35年12月15日)

 裁判官は、

  • 検証現場における被害者その他の立会人の指示陳述は、検証事項を明確にするため必要であり、かつ検証物と直接関連する事実に関するものと認められる限り、これを検証調書に記載することにより検証調書と一体をなし刑訴法第321条第2項あるいは第3項により証拠能力を認めるのを相当とするけれども、既に検証が実施せられた後にその場所以外の場所においてなされた被疑者その他の者の供述を検証現場における立会人の指示陳述のような形式で検証調書に記載しても、かかる記載は検証調書としての証拠能力を認めることができないのみならず、かえって検証調書の信憑力に対する疑惑を招く有害無用の記載であると言わざるを得ない

と判示しました。

検証調書に記載された検証者の判断(意見)の証拠能力

 検証調書には、検証者の判断(意見)が付加されていることがあります。

 検証者の判断(意見)は、認識したところから合理的に推測される判断(意見)は、検証の結果の一部として証拠能力を有します。

 しかし、検証者の判断(意見)が認識したところからかけ離れた主観的な判断(意見)と認められる場合は、単なる意見として証拠能力がありません。

 この点、参考となる裁判例として以下のものがあります。

大審院判決(昭和7年4月18日)

 火災現場の状況、立会人の指示説明などを総合して発火地点を判断した検証調書中の記載について、裁判官は、

  • かくのごとき判断はもとより検証の範囲に属す

と判示し、証拠能力を認めました。

広島高裁判決(昭和27年6月20日)

 司法警察員作成の検証調書に記載された「被告人の行為はやむを得ざるに出でた行為とは認められず、その動作は専ら攻撃の動作である」という記載について、裁判官は、

  • 事実の認識を超えた意見であって検証調書としてこの部分が無効である

と判示し、このような記載部分は、単なる司法警察員の主観的な判断(意見)であるとして証拠能力がないとしました。

次回の記事に続く

 次回の記事では

刑訴法321条3項の「捜査機関の検証調書」

の説明をします。