刑法(傷害罪)

傷害罪(2) ~「傷害には病気・生理機能障害を含む(生理機能障害説)」「傷害の意義について言及した最高裁判例」を判例で解説~

傷害には病気・生理機能障害を含む(生理機能障害説)

 傷害罪(刑法204条)の行為は、人を傷害することです。

 傷害には、刃物による刺創のような典型的な「けが」のほか、中毒症状を起こさせて、嘔吐させるような「病変」も傷害罪における「傷害」に当たります。

 傷害の考え方について、

  • 生理機能の障害、ないし健康状態の不良な変更」(生理機能障害説)

と解する立場と、

  • 「身体の完全性の毀損」(完全性毀損説)

と解する立場が対立します。

 結論として、判例は、生理機能障害説の考え方を採用しており、けがをさせることのほか、

  • 健康不良を与える
  • 病気に感染させる
  • 性病に感染させる
  • 疼痛(外傷はないが痛みが続く状態)を与える
  • 不安及び仰うつ状態などの精神病にさせる

ことも傷害罪を成立させるという考え方をとっています。

 傷害の意義について言及した最高裁判例

 最高裁において、傷害の意義について言及したものとして、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和24年7月7日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法にいわゆる『傷害』とは、他人の健康状態の不良変更等生活機能に障害を与える場合を包含する人の身体の完全性を害するをいうのである
  • されば、原判決が判示被害者の左耳殻後部右上肢前面及び左右上腿部に与えた治療約1週間を要する十数か所の擦過傷を目して『傷害』と解したのは正当である

と判示しました。

最高裁判決(昭和24年12月10日)

 強姦致傷事件における治療約1週間を要する下口唇口腔粘膜裂創などの傷害について、裁判官は、

  • ほっておいても治る程度の傷であっても、それが全治するまでに約1週間を要するとすることは少しも矛盾するものではない
  • 軽微な傷でも人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上、刑法にいわゆる傷害と認むべきである

と判示しました。

最高裁判決(昭和27年6月6日)

 この判例で、裁判官は、

  • 傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問わないでのであり、本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立する
  • 性病を感染させる懸念あることを認識しながら、婦女に対して詐言弄し、病毒を感染させた場合は、傷害罪が成立する

と判示し、傷害罪における「傷害」は、生理機能毀損説を基調とすることを明らかにしました。

最高裁決定(昭和32年4月23日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法にいわゆる傷害とは、他人の身体に対する暴行により、その生活機能に障害を与えることであって、あまねく健康状態を不良に変更した場合を含むものと解する
  • 他人の身体に対する暴行により、その胸部に疼痛を生ぜしめたときは、たとい、外見的に皮下溢血腫脹又は肋骨骨折等の打撲痕は認められないにしても、傷害を負わせたものと認めるのが相当である

と判示し、傷害の意義を述べました。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和62年6月23日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法のいわゆる傷害とは、他人の身体に対する暴行により、その生活機能に障害を与えることであり、健康状態を不良に変更した場合も含むものと解するのが相当である
  • 身体に対する暴行により、その腰部等に圧痛を生じせしめたときは、たとい、挫傷、皮下出血、腫脹などの他覚所見がなくても、身体内部における機能に障害を与え、健康状態を不良に変更したものとして傷害を負わせたものと認めることができる

と判示しました。

名古屋地裁判決(平成6年1月18日)

 この判例で、裁判官は、

  • 傷害罪にいう傷害の結果とは、人の生理的機能を害することを含み、生理的機能とは精神機能を含む身体の機能全てをいうと解される
  • Cに対し『不安及び仰うつ状態』という医学上承認された病名に当たる精神的・身体的症状を生じさせることが右の傷害の結果に当たることは明らかである

と判示しました。

 

 上記各判例のとおり、傷害は、「生理機能の障害、ないし健康状態の不良な変更」と捉える生理機能障害説の考え方に基づくのが正しいという見方になっています。

 なお、傷害を「身体の完全性の毀損」と捉える(完全性毀損説)の考え方に立って判決してる判例もあるので、参考に紹介します。

東京地裁判決(昭和38年3月23日)

 この判例は、身体の完全性毀損を前面に出して、頭髪の切断をもって傷害に当たるとしました。

 裁判官は、

  • 刑法204条にいう傷害とは、人の生活機能を障害すること、すなわち、人の健康状態を不良に変更する場合のほか、人の身体の完全性を侵害する場合もこれに含まれるものと解すべきところ、頭髪は人体の中枢をなす頭脳を外力から防護する生活機能をもっているほか、これにより身体の完全性が保持されているものということができる
  • として、女性を虐待し、その自由意思によらないで頭髪の全部を根本からしかも不整形に切除・裁断するような行為は、刑法208条の単純暴行の罪に止まるものではなく、進んで同法204条の傷害の罪にあたるものと解すべきであるとし、髪の毛を切った行為について傷害罪の成立を認めました。

 この判例は、「生活機能」の面を全く度外視した判例ではないことに留意すべきとされています。

 現在の判例の考え方は、生理機能障害説を採用しているので、現在の裁判では、髪を切る行為は生理機能を傷害していないとして、傷害罪は成立せず、暴行罪が成立するにとどまるという結論になると思われます。