刑法(殺人罪)

殺人罪(14) ~殺意④「自動車を用いた場合の殺意の認定」を解説~

 前の記事の続きです。

自動車を用いた場合の殺意の認定

 自動車を用いて殺人罪を実行する場合として、以下の3パターンに分けることができます。

  1. 自動車を被害者に衝突させた場合
  2. 自動車にしがみつく被害者を振り落としたり引きずったりした場合
  3. 轢き逃げをして、被害者をその場に放置し、死亡させた場合

 ①~③ごとに以下で説明します。

① 自動車を被害者に衝突させた場合における殺意

 自動車を被害者に衝突させた場合について、未必の殺意を認めた以下の裁判例があります。

大津地裁判決(昭和39年9月8日)

 自動車を被害者に衝突させたケースとしては、無免許運転の発覚を恐れ、逃走しようとして、停車を命じている警察官をめがけてセメント運搬用の大型自動車を時速約47キロで突っ込ませ、自車前部を激突させて、転倒した被害者を轢過し死亡させた事案で、未必の殺意を認めました。

大阪高裁判決(昭和46年3月31日)

 犯罪を犯し、時速90キロの高速で逃走中、前方に横断中の歩行者を認めたが、警笛吹鳴することもなく、減速、制動、転把その他事故回避のための措置を採ることなく疾走を続け、歩行者を跳ね飛ばして死亡させた事案で、未必の殺意を認めました。

札幌地裁判決(昭和47年6月14日)

 無免許で自動車を運転していた被告人が、追跡してきた白バイの警察官と並進状態で停止を命じられたのに、逮捕を免れるため、ハンドルを急激に右に切って白バイの進路を妨害し、 自車と白バイを接触させ、警察官を転倒負傷させた事案で、未必の殺意を認めました。

札幌地裁小樽支部判決(昭和40年2月16日)

 被害者に衝突、転倒させる事故を起こした運転者が、後退の上、方向転換して逃走しようとした際、被害者を轢過し、死亡させた事案で、未必の殺意を認めました。

 上記裁判例とは反対に、未必の殺意を認めた裁判例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和54年7月10日)

 自転車で走行する女性に軽自動車を時速約35キロで追突させた行為について、裁判官は、これは強姦の目的で被害者を止め、無理やり自車に連れ込むための手段であって、相手の生命に対する危害や身体に対する重大な損傷を及ぼすような事態は予想しておらず、衝突に伴う両車両の損傷の程度も比較的軽微であること等の事情と徴し、殺意は認められないとしました。

横浜地裁川崎支部判決(昭和56年5月19日)

 取締中の警察官から酒酔い運転で検挙されるのを避けるため、時速30キロに加速し、ジグザグに進行して逃走しようとして、警察官を跳ね飛ばした事案で、未必の殺意を否定し、傷害の未必的故意の認定にとどめまるとしました。

② 自動車にしがみつく被害者を振り落としたり引きずったりした場合の殺意

 自動車にしがみついたりしている被害者を、自動車を走行させて振り落とそうとしたり、ひきずったりする行為は、殺意が認められた事例が多いです。

 理由として、そのような行為は、行為者自身が、その危険性を認識しやすいことが客観的にいえるということが挙げられます。

 この種の事案で、殺意を認めた裁判例として、以下のものがあります。

大津地裁判決(昭和37年5月17日)

 被告人が、自動三輪車を運転中、警察官から職務質問のため停車を求められたが、これに応じないで時速15~20キロで走行を続けたため、警察官が運転席扉付近に取り付いて停止を命じたのに対し、かえって速度を時速約35キロに加速し、警察官が今にも墜落しそうな危険な姿勢になって「危ないから止めてくれ」と数回叫んでいるのを認識しながら、闇米輸送や無免許運転で検挙されるのを恐れ、そのまま約1.2キロ疾走を続けた結果、力尽きた警察官を墜落させ頭蓋底骨折等により即死させた事案で、未必の殺意を認めました。

東京高裁判決(昭和45年2月16日)

 タクシー運転手による客に対する乗車拒否の事案で、ドアに手をかけた客を引きずり、時速約47キロまで急激に加速しつつ約108メートル疾走した後、客を路上に転倒させ傷害を負わせた事案で、殺意を認め、殺人未遂が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和45年10月31日)

 タクシー運転手による客に対する乗車拒否の事案で、客が助手席の窓と屋根の方向指示燈に手を掛けてしがみついていることを認識しながら、あえて時速60キロに加速して約300メートル走行し、客を転倒させて負傷させた事案で、殺意を認め、殺人未遂が成立するとしました。

大阪地裁判決(昭和58年7月15日)

 被害者が運転席の窓枠にしがみついているのを振り落とす意図のもとに、時速50~60キロで蛇行運転まで交えて200メートル余り疾走しただけでなく、前方に駐車中の車両に被害者を接触させようとして、右にハンドルを切って、その車両に自車を接触させた結果、被害者を腰背部打撲による外傷性ショックにより死亡させた事案で、未必の殺意を認定し、殺人罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和50年10月22日)

 自動車にしがみついている警察官に対する確定的殺意があったとされた殺人罪の事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は、警察官が、自車のステップに足をかけているのを見るや、警察官を振り落とそうと、自車を時速約70ないし80キロメートルまで加速し、急な蛇行進をくり返したが、振り落すことが出来なかったので、車道中央線を超えて、対向車にすれすれまで接近しようと試み、一旦車道左側に帰ったものの、また車道中央線を越えて、対向車に接近し、遂に自車右側にしがみついていた警察官の身体を対向車2台に次々と打ち当てさせたこと、ことに本件犯行の際、対向車は引き続いては進行して来ず、途中で列が途切れることもあったのであるが、被告人の車両は、対向車が途切れたときは道路左側に戻り、対向車が接近するとみるや、わざと中央線を越えて対向車にすれすれに近づいて行ったことが認められる
  • 右のような運転の態様からみて、被告人には警察官を対向車の車体に激突させ、死亡させるについての確定的故意があったとみるのが相当である

と判示しました。

被害者を車のボンネットの上に跳ね上げるなどした上で走行した事案

 被害者を車のボンネットの上に跳ね上げるなどした上で走行した事案において、未必の殺意が認められた以下の事例があります。

東京高裁判決(昭和38年6月15日)

 警察官の停車命令を無視して逃走しようと決意し、車の前部で警察官を押しながら時速約15キロに加速し、警察官の足首を前部バンパーと路面との間に挾んだまま約20メートル進行してボンネットの上にすくい上げ、振り落とそうとして約30メートル蛇行運転をした後、急ブレーキを掛けて警察官を路上に転落させ重傷を負わせた事案で、未必の殺意を認めました。

 これに対し、振り落とし事案で、殺意を否定した事例として、以下の裁判例があります。

 この手の事案は、殺意が否定される要因の一つとして、被害者の死の結果発生の高度の危険性を印象づけるだけのものがなかったということが挙げられます。

東京地裁判決(昭和40年12月24日)

 酩酊中に追突事故を起こした者が、逃走を防止しようとしてボンネットの上に乗り移った被害者(追突された自動車の同乗者)を、急停車して振り落とした事案で、被害者をボンネット上に発見してから急停車するまでの時間は3~4秒であること、時速も30キロしか出ていなかったこと、転落した被害者を轢かないようにハンドルを左に切っていること、人を殺してまでも逃げようとするだけの重大な動機も認められないことなどから、被告人には死の結果の発生についての認識・認容はなかったものと推認するのが相当であるとし、殺意を否定しました。

岐阜地裁大垣支部判決(昭和42年12月1日)

 逮捕を免れるため、車の窓枠につかまっている警察官を転落させた事案で、深夜で後続車もなく、車両の構造や警察官のつかまっていた位置から見て加害車に轢過される危険性が比較的少ないこと、傷害の程度が直ちに手当しなければ生命に危険があるほどの重大なものでないこと、被害者がヘルメット着用の警察官であること、逃走の動機にも切迫性がなく、瞬間的な特殊な状況下で未必的にせよ殺意を形成するゆとりがあったか疑問であることなどの事情を考慮し、殺意を否定しました。

車体の下に引っ掛かっている被害者を引きずったまま走行を続けた事案

 車体の下に引っ掛かっている被害者を引きずったまま走行を続けた行為が、殺人罪に該当するとされた事例として、以下のものがあります。

東京高判判決(昭和38年6月27日)

 子どもSを背負って歩いていたM子を自動車で轢いた上、車の下に引っ掛かっているSとM子を引きずって両名を死亡させた事案で、未必の殺意があったとし、子どもSとM子の両名に対する殺人罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 被告人が子を背重って歩行していたM子に自車前部を衝突させ、M子を地面に押し倒し、M子の腰部を右自動車のフロントアクスルないし的車軸下方に引っ掛けて引きずったため、自動車は、その摩擦抵抗のため、徐徐に滅速して左に旋回し、約17メートル進行した際には、ほとんど停車しそうになったこと、被告人が、その頃、付近に居た人達の怒号等異常な騒ぎから車故がかなり重大なものであると推測してその現場から逃走しようと企て、加速進行状態に入ったこと、その直後頃、左側の運転台の扉が開き自動車の前方下方から女性のうめき声が聞え、運転操作に異常さを知覚して車体の下に何か物体を引っ掛けているように感じ、また、夫Rが自車運転台左側扉につかまり、「停めろ。停めろ。」と叫んでいること等から、ことによるとM子が車体の下に引っ掛っているかも知れず、このような状態で運転を継続して進行すれば、あるいはM子を死に到らしめるかも知れないと認識したが、恐怖の念もあって、ただ一途に現場から逃走しようとの考えを起こし、自己が逃走するためには、たとえM子を死亡するに至らしめても止むを得ないというように認容し、あえて時速約30メートルに加速進行したところ、相当距離走行した後、蛇行進によって自動車のフロントアクスルないし前車軸に引っ掛っていたM子の腰部が抜けて、同所にM子の上腕部付近が引っ掛るに至ったものであることを認めることができ、被告人がM子に対して未必の殺意をもっていたことが認められる

と判示し、殺人罪が成立するとしました。

山形地裁判決(昭和38年9月30日)

 被害者を車で轢いた上、車の下に引っ掛かっている被害者を引きずり、傷害を負わせた殺人未遂の事案です。

 裁判官は、

  • 被告人は、車体前部付近に、被害者が引かかっているのではないかと考え、仮りに引っかかっていた場合、そのまま、運転を継続すれば、同人が死亡するかも知れないと思ったが、ただ一途に逃走したい気持からそのような事態と結果が発生するのを意に介せずにそのまま、運転を継続したものと認めるのが相当であるから、被告人には殺人の未必の故意があったものといわなければならない

と判示しました。

東京高裁判決(平成14年8月20日)

 普通乗用自動車を運転中に交差点において人身事故を起こした被告人が、その被害者が自車底部に挟まったままの状態で生存しているのを認識しながら、前後進を繰り返した上、アクセルを踏み込んで勢いよく発進させて同人を轢過して死亡させた事案において、被告人に少なくとも未必の殺意が認められるとし、殺人罪が成立するとしました。

③轢き逃げをして、被害者をその場に放置し、死亡させた場合における殺意

 轢き逃げをして、被害者をその場に放置し、死亡させた事案で、未必の殺意を認めた事例として、以下のものがあります。

横浜地裁判決(昭和37年5月30日)

 貨物自動車の運転手である被告人Aと上乗りの被告人Bが、上乗りで運転免許のないCに無免許運転を教唆し、Cの運転で進行中、前方不注視の過失により自転車で対向してきた被害者に衝突して加療約3か月を要する頭蓋骨骨折、右正中神経麻痺等の傷害を負わせたが、被害者を救護すべく貨物自動車の助手席に乗せて6、7km通行したところで、無免許運転や事故の犯行の発覚を免れるため、被害者を路上に置去りにすることをABC3名で共謀し、さらに9キロメートル走行し、人家から離れた畑の中の県道上に被害者を放置して逃走したが、たまたま被害者が意識を回復して最寄りの人家に救護を求めたため助かったという事案で、未必の殺意による殺人未遂罪が成立するとしました。

浦和地裁判決(昭和45年10月22日)(控訴審:東京高裁判決 昭和46年3月4日)

 午後11時すぎ頃、交差点で前方注視を怠った過失により横断中の歩行者をはねて約6か月の入院加療を要した左大腿骨複雑骨折等の傷害を負わせ、被害者を病院に運ぶため、自車の助手席に乗せて走行中、事故の発覚を免れるため被害者を人通りのない場所に運んで置去りにしようと決意し、事故現場から約2.9キロメートル離れた人車の交通がない場所の道路脇のくぼみに、失神している被害者を放置したが、被害者を探しに来た家人が被害者を発見したため死を免れた事案で、未必の殺意による殺人未遂罪が成立するとしました。

東京地裁判決(昭和40年9月30日)

 東京都港区内において、自動車を高速度で運転したため歩行者に激突させ頭蓋骨骨折等の傷害を負わせるという事故を起こした被告人が、いったんは被害者を病院へ運ぼうとし、意識不明に陥っている被害者を自車の助手席に乗せて事故現場を出発したが、自己が業務上過失傷害(現行法:過失運転致傷罪)の犯人であることが発覚し、刑事責任を問われるのをおそれるあまり、出発後まもなく病院に運ぶ意図を放棄し、千葉県の山林まで約29キロメートルの間、なんらの救護措置も採らずに走行したため、走行中の車中において被害者を死亡させたという事案で、裁判官は、直ちに最寄りの病院に運べば、結果の防止は十分に可能であったとし、未必的殺意を認定して、殺人罪が成立するとしました。

 上記裁判例とは反対に、殺意を否定した事例として、以下の裁判例があります。

岐阜地裁大垣支部判決(昭和42年10月3日)

 午後7時40分頃、橋の上で普通乗用自動車を被害者の乗っていた自転車に追突させ、その結果、被害者を自転車もろとも約2.3メートル下の水深50センチメートルの川に転落させ、被害者に加療約5か月を要した右臀部腰部挫傷等の傷害を負わせながら、無免許運転が発覚するのを恐れ、なんらの救護措置も採らずそのまま逃走したが、被害者は他人によって救助されたという事案で、裁判官は、死の結果発生の蓋然性が高度のものであったとは認められず、被告人がそのように認識していたとも認め難いとし、殺意を否定し、殺人未遂罪は成立しないとしました。

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