刑法(殺人罪)

殺人罪(22) ~正当防衛・過剰防衛③「共犯事案における正当防衛・過剰防衛の成否」を解説~

共犯事案における正当防衛・過剰防衛の成否

 殺人罪の共犯事案において、共犯者の一人にとっては急迫性があるため、正当防衛や過剰防衛が成立するが、他の共犯者には急迫性がなく、正当防衛や過剰防衛が成立しないという事態が起こり得えます。

 この点に関する判例として、以下のものがあります。 

最高裁決定(平成4年6月5日)

【事案】

 被告人は、友人Aの居室から飲食店Bに電話をかけ、B店に勤務中の女友達と話していたところ、店長Cから長い話はだめだと言われて一方的に電話を切られた。

 立腹した被告人は、再三にわたり電話をかけ直して女友達への取り次ぎを求めたが、店長Cに拒否された上、侮辱的な言葉を浴びせられて憤激し、殺してやるなどと激しく怒号し、B店に押しかけようと決意した。

 同行を渋るAを強く説得し、包丁(刃体の長さ約14.5cm)を持たせて一緒にタクシーでB店に向かった。

 被告人は、タクシー内で、自分も店長Cとは面識がないのに、Aに対し、「おれは顔が知られているからお前先に行ってくれ。けんかになったらお前をほうっておかない。」などと言い、さらに、Cを殺害することもやむを得ないとの意思の下に、「やられたらナイフを使え。」と指示するなどして説得した。

 B店付近に到着後、Aを同店出入口付近に行かせ、少し離れた場所でB店から出て来た女友達と話をしたりして待機していた。

 Aは、内心ではCに対し自分から進んで暴行を加えるまでの意思はなかったものの、店長Cとは面識がないから、いきなり暴力を振るわれることもないだろうなどと考え、B店の出入口付近で被告人の指示を待っていたところ、予想外にも、B店から出て来た店長Cに被告人と取り違えられ、いきなりえり首をつかまれて引きずり回された上、手けん等で顔面を殴られ、コンクリートの路上に転倒させられて足で蹴られた。

 Aは、殴り返すなどしたが、頼みとする被告人の加勢も得られず、再び路上に殴り倒されたため、自己の生命身体を防衛する意思で、とっさに包丁を取り出し、被告人の前記指示どおり包丁を使用し、店長Cを殺害することになってもやむを得ないと決意し、被告人との共謀の下に、包丁で店長Cの左胸部等を数回突き刺し、心臓刺傷及び肝刺傷による急性失血により店長Cを死亡させて殺害した。

【裁判官の判断】

 共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかによって判断すべきであるとし、被告人と共謀の上、被害者を殺害したAについて過剰防衛が成立する場合であっても、被害者の攻撃を予期し、その機会を利用してAに反撃を加えさせようとして侵害に臨んだ被告人については、侵害の急迫性を欠き、過剰防衛は成立しないとした。

【考察】

 この判例から、共犯者の一方に過剰防衛(または正当防衛)が成立するからといって、共犯者のもう一方にも過剰防衛が成立するわけではないことが分かります。

 共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、それぞれの共同正犯者の事情に基づいて決せられることになります。

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