刑法(殺人罪)

殺人罪(20) ~正当防衛・過剰防衛①「侵害が予期された場合の防衛行為の成否」「積極的に相手に加害行為をする意思であった場合の防衛行為の成否」を解説~

正当防衛・過剰防衛

 殺人罪における正当防衛と感情防衛を説明します。

正当防衛とは?

 正当防衛(刑法36条1項)とは、

急迫不正の侵害に対して、自分または他人を守るために、やむを得ずにした反撃行為

をいいます(詳しくは前の記事参照)。

 『自分に危険が迫っているときは、反撃して自分の身を守ることができる』ことが刑法に明確に規定されているのです。

 正当防衛が成立すれば、反撃行為が殺人罪や傷害罪を構成しても、違法性が阻却され、犯罪を構成せず、処罰されずに済みます。

 正当防衛の成立要件は、

  1. 急迫不正の侵害がある
  2. 自己または他人を守るための行為である
  3. 防衛行為がやむを得ずにした行為である

 ことの3点です。

過剰防衛とは?

 過剰防衛(刑法36条2項)とは、

  正当防衛の程度を超えた防衛行為

をいいます。

 反撃し過ぎてしまった正当防衛と考えればOKです。

 相当性から逸脱した(やり過ぎてしまった)防衛行為は、正当防衛ではなく、過剰防衛となり、違法行為となります。

 たとえば、棒で襲いかかってきた年をとった父に対し、斧で頭をたたいて死亡させた場合は、正当防衛にはならず、過剰防衛となり、違法性が阻却されず、殺人罪が成立します(最高裁判例S24.4.5)。

 また、追撃も過剰防衛になります。

 判例は、

たとえ当初は防衛行為であっても、最初の一撃によって相手の侵害的態勢がくずれ去った後、引き続き追撃的行為に出て、相手を殺傷したような場合は、過剰防衛にあたる

としています(最高裁判決S34.2.5)。

 やり過ぎの反撃行為や追撃は、正当防衛にはならず、過剰防衛となり、違法行為となって殺人罪や傷害罪を成立させます。

殺人罪における正当防衛・過剰防衛

 相手の侵害行為に対して行った反撃行為が、殺人行為になった場合に、正当防衛や過剰防衛が成立するためには、相手の侵害行為が生命に対する危害や身体に対する重大な危害が加えられるほどの高度の危険性のあることが必要です。

 自由・貞操に対する侵害や、放火行為のような社会的法益に対する侵害について、殺人行為が防衛行為として行われることもあり得ますが、これを正当化するためには、その侵害が重大なものであることが必要であり、現実には生命・身体に対する危険も伴う場合が多いです。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和61年12月23日)

 監禁状態からの脱出を意図した殺人につき、過剰防衛の成立が認められた事例です。

 裁判官は、

  • Nに監禁された被告人両名は、Nに殺されるくらいならばNを殺してでも逃げようと考え、そこで、被告人両名が意思相通じてNを殺害するに至ったことは明らかである
  • してみれば、被告人両名は再三にわたってNから生命、身体へ危害を加えることを予告する脅迫をうけ、あるいは殴る蹴る、頭髪を引っぱるなどの暴行をうけ、およそ8時間余りに及ぶ監禁状態のもとにおかれたものである
  • 当時、Nらによる急迫不正の侵害が現在していたことが明らかであり、しかも被告人両名は、Nらによって殺されるのではないかとの不安にかられ、このような監禁状態から脱出して自らの身を防衛しようとの意図のもとに、N殺害の所為に出たものというべく、被告人らの右所為をもって、Nらによって殺されるのではないかとの不安から先制攻撃としてN殺害に及んだもので、防衛意思にも欠けるものと評価するわけにはいかない
  • 従って、被告人両名のNに対する本件殺人は、急迫不正の侵害に対する防衛行為ではあるが、右行為は客観的にみて、防衛に必要かつ相当な程度を超えていたことも否定できないところであるから、過剰防衛にあたると認定するのが相当である

と判示しました。

福岡高裁判決(昭和55年7月24日)

 被告人の妻と情交関係を結び同棲するなどした被害者が、被告人方に来て妻を連れ去ろうとし、これに応じて妻が出て行こうとするのを制止しようとした被告人に抱きついて実力で妨害する行為に及んだので、被告人がこれを振りほどくため被害者を投げ倒し、さらに仰向けに倒れていた被害者の胸部めがけて、未必の殺意をもって出刃包丁を力いっぽい突き刺すなどして即死させた事案です。

 裁判官は、

  • 夫権(妻と住居を共にして性的生活を共同にする等の利益)に対する急迫不正の侵害があり、被告人の行為は全体として過剰防衛にあたる

としました。

 なお、この判決に対しては、かりにこのような場合夫権の防衛のため実力行使が許されるとしても、こうした過剰な結果をもたらす行為を意図的に行ったのであるから、防衛の意思があるといえず、過剰防衛は成立しないのではないかという学説意見があります。

侵害が予期されたものだとしても、侵害の急迫性は失われない

 正当防衛・過剰防衛が成立するためには、侵害行為が、急迫不正の侵害といえるものでなければなりません。

 侵害の急迫性について、判例は、「法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っていること」を意味するとしています(最高裁判決 昭和46年11月16日)。

 問題は、 防衛者から見て侵害が予期されたものであるとき、急迫性は失われるかという点にあります。

 この点につき、最高裁判決(昭和46年11月16日)は、 「その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失うものと解すべきではない」としています。

 この判例の事案は、安宿の同宿人同土のいさかいであって、被告人は被害者と口論の末、いったん旅館を立ち退いたが、被害者に謝って仲直りしようと思い、旅館に戻ってきたところ、被害者は「また来たのか」などと絡み、立ち上がりざま拳で2回くらい被告人の顔面を殴り、後退する被告人にさらに立ち向かってきたので、被告人は、未必の殺意をもって、部屋の鴨居の上に隠しておいた小刀を取り出し、向かってくる被害者の左胸部を突き刺し、心臓右心室大動脈貫通の刺創を負わせて死亡させたというものです。

 原判決は、被告人が再び旅館に戻ってくれば、必ずや被害者との間でひと悶着あり、場合によっては被害者から手荒な仕打ちを受けるかもしれないくらいのことは十分に予測されたこと、その気になれば脱出が可能であったこと、近くにいた人に救いを求めることもできたことなどを理由として、侵害の急迫性を否定しました。

 これに対し、最高裁は、侵害行為がある程度予期されていたものであったとしても、ただちに急迫性を失うものでないこと、法益に対する侵害を避けるために他に採るべき方法があったかどうかは、防衛行為としてやむを得ないものであるかどうかの問題であり、侵害が急迫であるかどうかの問題ではないとしました。

 この最高裁判例は、侵害の予期がただちに急迫性を失わせるものでないことを、判例上明確にした点で意義があるとされます。

 不法な侵害が予期されている場合でも、当然には逃走・退避する義務はないため、侵害行為が現実化したときに、これを排除する行為を適法になし得るわけです。

予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさない

最高裁判決(昭和50年11月28日)

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法36条が正当防衛について侵害の急迫性を要件としているのは、予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないから、当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても、そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではない
  • しかし、単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさない

旨判示しました。

 この事件は、内ゲバの事案であって、中核派の学生らが集会を開こうとして会場を設営中、対立抗争関係にある革マル派の学生らの攻撃を予期して鉄パイプなどを準備し、1回目の攻撃を撃退した後、ほどなく再度の攻撃のあることを予期してバリケードを築いているうち、案の定攻撃してきた革マル派学生らに対し、鉄パイプで突くなどの共同暴行をしたというものです。

 ここでの問題は再度の攻撃を迎え撃った行為です。

 第一審が正当防衛の成立の余地を否定し難いとしたのに対し、控訴審は、被告人らには明白に積極的、闘争、加害の意図が認められ、かつ、第2の攻撃は被告人らが当然に予想していたところであるから、急迫性はないとしたため、前記最高裁判決(昭和46年11月16日)に違反するとして上告がなされ、最高裁が上記のように判示したものです。

 このように事前の積極的加害意思をもって相手の侵害行為に臨むとき、本人から見て、その侵害行為は、撃退されるべき対象であるより、むしろ自己の側からの積極的攻撃の機会となるのであって、緊急事態における法としての正当防衛の働きを認めるべき場面ではないといえます。

 この最高裁判決のほか、予期された侵害に対し、積極的加害意思をもって臨んだ場合に急迫性の要件を欠くとして正当防衛の成立を否定した判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和30年10月25日)

 相手方の再度の攻撃が十分に予期された状況で、攻撃してきたらこれに立ち向かうべく、単なる受働的防衛のためでなく、敏速有力に反撃を加えるため日本刀を抜身のまま携え、様子を窺ううち、相手が出てきて矢庭に出刃包丁で突き掛かってきたのに対し、日本刀で反撃し、相手を死亡させた傷害致死事件の事案で、正当防衛の成立を認めました。

正当防衛・過剰防衛の成否を決めるための判断要素を示した判例

 正当防衛・過剰防衛の成否を決めるための判断要素を分かりやすく示した判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(平成29年4月26日)

 事案は、

被告人は、被害者から自宅マンションの玄関扉を消化器でたたかれたり、十数回にわたり電話で「今から行ったるから待っとけ。けじめとったるから。」と怒鳴られたりしていたところ、被害者から電話で、マンションの前に来ているから降りてくるよう呼び出され、刃体の長さ約13.8センチの包丁を持ってマンション前路上に赴き、ハンマーを持って駆け寄り殴りかかってきた被害者の左側胸部を、殺意をもって包丁で1回突き刺して殺害した

というものです。

 裁判官は、

  • 刑法36条は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである
  • したがって、行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、侵害の急迫性の要件については、侵害を予期していたことから、直ちにこれが失われると解すべきではなく、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである
  • 具体的には、事案に応じ、行為者と相手方との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、侵害回避の容易性、侵害場所に出向く必要性、侵害場所にとどまる相当性、対抗行為の準備の状況(特に、凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)、実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し、行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである

旨判示し、正当防衛・過剰防衛が成立するための判断要素を示した上で、

  • 被告人は、被害者の呼出しに応じて現場に赴けば、被害者から凶器を用いるなどした暴行を加えられることを十分予期していながら、その呼出しに応じる必要がなく、自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったにもかかわらず、包丁を準備した上被害者の待つ場所に出向き、被害者がハンマーで攻撃してくるや、包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることもしないまま被害者に近づき、被害者の左側胸部を強く刺突したものと認められ、先行事情を含めた本件行為全般の状況に照らすと、刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとは認められない

として、正当防衛、過剰防衛の成立を否定した原判断是認しました。

 この判例から、正当防衛・過剰防衛の成否を決するための判断要素として、

  • 行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合に、侵害を予期していたからといって、直ち侵害の急迫性の要件が失われるものではないこと
  • 行為者が、相手からの侵害行為に対して反撃するに当たり、積極的に相手に対して加害行為をする意思で反撃(侵害)に臨んだ場合で、その侵害行為の内容が許容されるものとは認められない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないこと

がポイントになることが分かります。

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