刑法(殺人罪)

殺人罪(37) ~「殺人罪における教唆犯、幇助犯」「殺人罪における幇助犯で、幇助犯の共犯を認定した事例」を解説~

 今回は、殺人罪における教唆犯と幇助犯を説明します。

殺人罪における教唆犯

 教唆犯とは、

人をそそのかして犯罪を実行させた者

をいいます(刑法61条1項)(詳しくは前の記事参照)。

 殺人教唆罪の事例として、以下のものがあります。

大審院判決(明治44年6月15日)、同判決(大正3年12月9日)

 妊産婦に対して分娩後、生児を殺害することを教唆した場合、妊産婦が教唆に従い生児を殺害した事案で、

  • 犯罪の客体(※生児)が教唆の当時存在しなくても、その存在を予想して教唆をし、客体が存在するようになってから教唆に基づき犯罪が実行されれば教唆の罪は成立する

とし、殺人教唆罪が成立するとしました。

大阪高裁判決(昭和49年1月23日)

 事案は、「被告人は、同棲していたAの殺害を決意した。被告人は、BにAを殺害させようとした。Bは、被告人のためには、身を犠牲にしてしても構わないほどの恋情に燃えていた。被告人もBと世帯を持ちたいと思っていた。被告人は、Bに対し、詐言甘言媚態、肉体関係など多様な方法を用いてA殺害の決意を徐々に醸成させ、BをしてAを殺害するにいたらせた」というものです。

 裁判官は、被告人に対し、殺人教唆罪が成立するとしました。

殺人罪における幇助犯

 幇助犯とは、

正犯(犯罪の実行者)を手助けした者

をいいます(刑法62条2項)(詳しくは前の記事参照)。

 殺人の幇助には、有形的なものと(武器を貸すなど)、無形的なもの(勇気づけて殺人の実行を決意を強めさせるなど)があります。

 殺人幇助罪の事例として、以下のものがあります。

幇助が有形的なもの

東京高裁判決(昭和45年11月20日)

 殺害の用に供するものであることを察知しながら、猟銃と実包を貸与した行為について、殺人幇助罪の成立を認めました。

京都地裁舞鶴支部判決(昭和54年1月24日)

 共犯の従属性の程度の問題に関し、正犯が覚せい剤中毒による幻覚妄想に支配された心神喪失状態で内妻を殺害した際、正犯に脇差を手渡して犯行を容易ならしめたという事案で、殺人幇助罪の成立を認めました。

幇助が無形的なもの

大審院判決(昭和7年6月14日)

 A殺害の意図を持つ者に対し「男というものはやるときはやらねばならぬ。もしAを殺害することあれば、自分が差し入れ(※殺人を実行して刑務所に入った時の物の差し入れ)はしてやる」などど激励して、殺人実行の決意を強固にさせた行為について、殺人幇助罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和25年7月19日)

 正犯らがAを殺害するについての成功謝金額につき折衝を重ねていた際、傍らで「その位でやってやれ、礼金は引受けた」などと助言した行為について、裁判官は、

  • たとえ実行正犯たるCらにおいて、助言によって殺意を強固にしたとか、あるいは殺人の実行を引き受けた旨供述した事跡がないとしても、特段の事情の認められない本件においては、助言によって本件殺人の犯行が容易にせられたものと推認することができる

とし、殺人幇助が成立するとしました。

札幌地裁判決(昭和32年5月8日)

 Aを殺害することを共謀した者らから、Aの動静調査を命ぜられ、これに応じて調査を行った行為について、殺人幇助罪が成立するとしました。

東京地裁判決(昭和54年11月12日)

 被告人が正犯らに交付した爆弾材料が犯行に直接使用されていないとしても、被告人らが正犯らの行う企業爆破闘争支援を約束し、その支援の方法として爆弾材料を継続的に入手して補給することを約束して現にこれを行った一連の行為は、一体として、正犯らが実行行為をなすにあたり、爆弾を使用し易くして使用の意思を強固ならしめたものと推認できるから、無形的幇助行為に該当するとし、殺人幇助罪が成立するとしました。

殺人罪における幇助犯で、幇助犯の共犯を認定した事例

 複数の者が共同して幇助した場合、幇助犯に刑法60条の共犯(共同正犯)の規定が適用されるのかが問題になります。

 この点について、裁判例は幇助犯の共犯の成立を認めています。

東京地裁判決(平成10年2月23日)

【事案】

 宗教の教団幹部であるI、N、H、T、Оら(正犯者ら)は、公衆便所内の利用者を無差別に殺害しようと企て、駅の公衆便所内にシアン化水素ガス発生装置を仕掛けたが、駅員に発見されたため、殺人行為は未遂に終わった。

 そして、教団に所属していた被告人A、Bは、それに先立ち、正犯者らがシアン化ナトリウムを使用して無差別殺人を行うかもしれないと認識しながら、あえて、被告人A、B共謀の上、山林の土の中に隠していたシアン化ナトリウム在中の500グラム入りポリ容器3個を掘り出し、正犯者らに引き渡し、正犯者ら上記犯行を容易ならしめてこれを幇助した。

【判決内容】

 裁判官は、

  • Bは、本件シアン化ナトリウムの掘り出しを行った当時、正犯者らが、シアン化ナトリウムを使用して無差別殺人を実行することについて、少なくともこれを未必的に認識していたものと認められ、殺人未遂幇助の故意に欠けるところがないのは明らかである
  • なお、弁護人は、Aとの共謀が存しないともいうが、H及びNからのシアン化ナトリウム掘り出しの指示があった際、被告人A、Bとも、掘り出してくるシアン化ナトリウムを使用して、正犯者らが無差別殺人を実行することを、少なくとも未必的に認識した上、両名が互いに協力してシアン化ナトリウムを掘り出して持って来ることを了解し、実際そのとおり行動しているのであるから、Aとの間に幇助行為の共謀が存することは明らかであり、Bに殺人未遂の共同幇助犯の成立が認められる

と判示し、AとBが共同して幇助したとして、刑法60条を適用し、殺人未遂幇助の共同正犯が成立するとしました。

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