刑法(強盗罪)

強盗罪(16) ~「強盗罪における不法領得の意思」を判例で解説~

強盗罪における不法領得の意思

 強盗罪(刑法236条1項)の成立に、故意のほか、不法領得の意思を必要とするとするのが通説・判例です(強盗罪の故意のについては前の記事参照)。

 不法領得の意思とは、

権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思

をいいます(詳細は前の記事参照)。

 以下で、強盗罪の成否を決するに当たり、不法領得の意思が争点となった判例を紹介します。

不法領得の意思が認められた判例

 以下の判例は、強盗罪において、不法領得の意思があると認められ、強盗罪の成立が認められた判例です。

東京高裁判決(昭和38年2月14日)

 この判例は、警察官が所持するカメラの中にあるフィルムを抜き取るため、警察官のズボンのポケットに入れてあるカメラを、暴行を加えて強奪した後、約10日してから返還した行為について、不法領得の意思を認め、強盗罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人らは、B巡査の所持する右フイルムの装填された写真機(いわゆる写真機全部)を不法領得の意思をもって、通謀の上、これを共同暴行により強取したものであるということがてきる
  • フィルムの装填されている写真機を、その所持者から被告人らの支配に移し、フィルムを勝手に取り出すことは、所有者でなければできない使用処分行為に属するといえる
  • 原判決が、被告人らに写真機の所有者の如く振舞う意思があったものと認め、不法領得の意思を肯定したのは相当である

と判示し、被告人に不法領得の意思があることを認め、強盗罪の成立を認めました。

 また、この判例が、カメラの強奪までを不法領得の意思があると認めているのは、約10日間という比較的長期間のカメラの保管が、自己の所有物と同様の効果をもたらしたものと判断されたためと考えられています。

 なお、カメラの所有者がその間、財産上の利益を失っていたことは、行為者の不法領得の意思とは無関係です。

【参考判例】物に対する利用可能性を獲得したことをもって強盗罪が成立すると説くときは、不法領得の意思を必要とすると説くべきものではないとした判例

 不法領得の意思の必要性を説かずに、物に対する利用可能性を獲得したことをもって強盗罪が成立するとした判例があるので、参考に紹介します。

東京高裁判決(昭和34年7月15日)

 タクシーの運転手に暴行を加え、運転手が逃げ出した後に、その自動車を乗り回し、乗り捨てた事案で、裁判官は、

  • おもうに、従来、判例が強窃盗罪の成立には、窃取または強取の意思のほか、不法領得の意思を必要とするといい、しかも、この不法領得の意思を解して、権利者を排除して他人の物を自己の物として(あるいは、自己の物と同様に)その経済的用法に従い、これを利用し、又は処分するの意思としている
  • 窃取または強取の「取」とは、物を支配者の支配から離脱させるだけでは足らず、犯人において、その物に対する支配を獲得することをいうのである
  • それで、物に対する支配を獲得せんとする意思をもって、窃取または強取の意思とするのである
  • 而して、物に対する支配を獲得するということは、物を利用し又は処分することの可能な状態を設定することを意味するのである
  • この状態を約言して、利用可能性というならば、物に対する支配とは、物に対する利用可能性の義にほかならないのであるから、物に対する利用可能性を獲得したときをもって、物に対する支配を獲得したというべきであって、ここに、窃取又は強取の成立を認むべきである
  • 従って、かく論ずるときは、窃盗罪または強盗罪の成立には窃取又は強取の意思の外に、更に不法領得の意思を必要とすると説くべきものではないのである

と判示し、被告人に強盗罪の成立を認めました。

不法領得の意思が否定された判例

 強奪したものを

する意図の下で強盗に及んだ場合は、不法領得の意思が認められず、強盗罪ではなく、器物損壊罪が成立します。

 嫌がらせや業務妨害を目的としての強盗をし、強奪したものを廃棄・隠匿したような事案は、不法領得の意思の有無が慎重に判断されることになります。

 強奪したものを廃棄する意図であったとして、不法領得の意思がないとして、強盗罪の成立を否定した以下の判例があります。

福岡地裁小倉支部判決(昭和62年8月26日)

 この判例は、覚せい剤を強奪した意図が、廃棄する意思からであったとして、不法領得の意思が認められないとし、覚醒剤に対する強盗罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 強盗罪を含む領得罪の成立には、不法領得の意思、すなわち「権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」の存在が必要でありる
  • 領得後、自己らの用に供し、あるいは他に譲渡することなく廃棄するとの意思は、不法領得の意思には含まれないと解するのが相当である
  • これを本件についてみるに、被告人らは、Aから覚せい剤を差出させても、これを廃棄する意思であった旨弁解しているところ、本件前後を通じて、被告人両名が覚せい剤にかかわっていて、特に本件当時、覚せい剤を必要としていたことを認めるに足りる証拠はない
  • かつ、被告人らが、Aに覚せい剤を出すよう求めた経緯等に鑑みると、被告人らの右弁解を、自らの罪責を免れるための単なる弁解にすぎないとして、これを排斥することは困難である
  • そうであれば、被告人らが、Aに覚せい剤を出すよう迫ったのは、これを自己らの用に供し、または所持したり、第三者に譲渡する意思ではなく、廃棄する意思からであったというほかはない
  • そうしてみると、被告人らの右意思をもってしては、被告人らに覚せい剤に対する不法領得の意思があったということはできず、他に、被告人らに覚せい剤に対する不法領得の意思のあったことを認めるに足りる証拠はなく、被告人らに覚せい剤に対する強盗(未遂)の罪責を問うことは出来ない

と判示しました。

単に物を廃棄したり隠匿したりする意思ではなかったとして、不法領得の意思を認めた判例

 強奪の目的に、物を廃棄したり隠匿したりする意思があったとしても、その意図のほか、強取したものを、自己のために利用し又は処分する意思もあれば、不法領得の意思が認められ、強盗罪の成立が認められます。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(平成12年5月15日)

 この判例は、かつて交際していた被害者の女性に対する報復を主な目的とし、被害者を殴った上、物取りの犯行を装うために、被害者が、その生命を守るのと引き替えに現金等が入ったバッグを提供したのに乗じて、そのバッグを持ち去った事案です。

 裁判官は、

  • 被告人は、金員そのものを強奪したり盗んだりするのを主目的としてはいなかったとはいえ、単にを廃棄したり隠匿したりする意思からではなく、第一の犯行では、事前から物取りを装う意図を有していて、A子が生命を守るのと引き替えに自分のバッグを提供したのに乗じて、そのバッグを奪っている
  • 第三の犯行では、その場で物取りを装おうと考え、その意図を実現するのに相応しい金品を持ち出して所有者の占有を奪っているのであるから、すでに右の事実関係からして、いずれの場合も、被告人には不法領得の意思があったものというべきである
  • 被告人は、各犯行後に、取得した金品の一部を廃棄したり、保管し続けて、費消・売却等の処分行為をしていないが、そのことで不法領得の意思が否定されることにはならない

と判示し、被害者に対する報復が主な目的であったとして、不法領得の意思を認め、強盗致傷罪、窃盗罪の成立を認めました。

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