刑法(脅迫罪)

脅迫罪(11) ~「脅迫罪に該当する害悪の告知に当たるか否かの判断は、具体的事情の下に、周囲の状況を考慮して、客観的に判断される」を判例で解説~

脅迫罪に該当する害悪の告知に当たるか否かの判断は、具体的事情の下に、周囲の状況を考慮して、客観的に判断される

 脅迫罪(刑法222条)において、脅迫文言が、人を畏怖させるに足りる害悪の告知といえるかどうかの判断に当たっては、脅迫罪が言論による犯罪であるということから、慎重な認定が行われます。

 たとえば、

  • 日常の生活での社会的相当行為として認められる行為
  • ある程度の他人の意思を制したり排したりする行為
  • 立場上の不利益を説いて説得する行為
  • 取引社会での債務の弁済をしなければ将来の取引を停止する旨の通告
  • 単なる警告、戯言放言大言壮語、嫌がらせ

など、どの程度のものから脅迫罪の構成要件に該当する脅迫行為となるがについては、判断が難しいところです。

 それだけに、脅迫文言とされる発言が、脅迫罪に該当する害悪の告知に当たるか否かの判断は、具体的事情の下に、周囲の状況を客観的に考慮してなされる必要があります。

 判例も、人を畏怖させるに足りる害悪の告知かどうかについては、具体的状況下において一般人が畏怖するに足りる客観的な害悪の告知かどうかを判断すべきであるという立場をとっています。

 参考となる判例として、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和29年6月8日)

 警察官に対する「売国奴とその手先どもの行為は来るべき人民裁判によって裁かれ処断されるだろう」という告知は、その日時、場所、告知手段、対象、言説内容に加えて「公知の客観的状勢とあいまって、ひとつの具体的、客観的害悪の告知であると解すべきである」として、具体的な害悪の告知であるとし、脅迫罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 判示のような言説駐在所に勤務する一地方警察吏に対し、判示の如き手段で告知することは、その言説内容と、公知の客観的情勢とあいまって、ひとつの具体的、客観的害悪の告知であると解する
  • そしてこのことは、普通一般人の誰れもが畏怖を感ずるものと認め得られるのであるから、かような言説の告知は刑法所定の脅迫たるを免れない

と判示しました。

広島高裁松江支部判決(昭和25年11月29日)

 犯人の女性が、被害者の女性に共産党提唱のリコール運動の署名を依頼し拒絶されたので、「覚えていらっしゃい。あなたのような人は、人民政府ができたら真っ先に絞首台に上げてやる」と申し向けた事案で、裁判官は、

  • 被害女性と被告人とは、顔見知りの程度に過ぎず、一度話したことがあるだけで、さして懇意の間柄ではないことを認めることができる
  • そのような間柄に過ぎない被害女性に対し、被告人は、共産党提唱にかかるM市会リコール運動署名方を依頼したが、被害女性が拒絶したので、判示のような言辞弄したのであるから、決して冗談または単純な「いやがらせ」程度のものであるとはいいえない
  • なお、他人を畏怖せしめる意思をもって、生命、身体、自由、名誉または財産に刻し危害を加うべきことを通告した場合、その通告の内容が客観的に人を畏怖せしめるに足るものである以上、相手方がこれにより畏怖を感じたると否とを問わす、脅迫罪が成立するものである
  • 叙上のような間柄にある被告人が、被害女性に対して、叙上のような経緯のもとに、被害女性を畏怖せしめる意思をもって、判示のような言辞を弄した以上、これは客観的に人を畏怖せしめるに足るものであることは容易に肯認し得るところである

と判示し、発言の経緯、犯人と被害者との間柄などを考慮し、脅迫罪の成立を認めました。

考慮すべき具体的事情

 害悪の告知が、人を畏怖させるに足りる程度に至っているかどうかは、一般人の観点から、客観的に判断されます。

 その判断に際して、考慮すべき具体的事情として、

  1. 客観的情勢
  2. 被害者の事情
  3. 経緯、雰囲気

の3点を挙げて説明します。

① 客観的情勢

 脅迫文言の意味内容を把握し確定する際に、周囲の客観的状況を重視した参考となる判例として、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和35年3月18日)

 この判例で、裁判官は、

  • ニつの派の抗争が熾烈となっている時期に、一方の派の中心人物の居宅に、現実に出火もないのに、「出火御見舞申上げます。火の元に御用心」、「出火御見舞申上げます。火の用心に御注意」という趣旨の文面の葉書が舞い込めば、火をつけられるのではないかと畏怖するのが通常であるから、右は一般に人を畏怖させるに足る性質のものである

と判示しました。

 この判例は、文面上は単なる出火見舞いにすぎない葉書の持つ意味について、抗争の客観的情勢、相手の立場、文面が事実に反することなどの具体的事情を考慮に入れた上で判断をした判決になっています。

② 被害者の事情

 脅迫文言の意味内容を把握し確定する際に、被害者の事情を考慮した参考となる判例として、以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和34年12月22日)

 この判例は、被害者の年齢などを考慮し、脅迫罪の成立を認めました。

 被告人が自宅庭付近で、被害者と口論し、を振り上げて迫ったという事案で、両者の仲違いの経緯、被告人が70歳の非力な老人で、被害者は44歳の体格優れた元軍人であることなどの理由から、害悪告知が被害者を畏怖させる程度のものでなかったとして無罪とした原判決を、相手方が現実に畏怖した事実が認められるとし、仮に畏怖しなかったとしても脅迫罪の成立には相手方が現実に畏怖したことを要しないとして破棄しました。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和29年4月23日)

 祈祷師である被告人が、14、15歳の少年である被害者に、窃盗の自白強要のため、「盗んでいないなら、焼き火箸しごいても火傷しないからしごけ」など申し向けて、被害者に焼き火箸をしごかせた事案で、裁判官は、行為を脅迫と認め、強要罪の成立を認めました。

  • 少年をして、その焼き火箸をしごかせた所為は、刑法第223条第1項の身体に対し、害を加うベきことをもって脅迫し、人をして義務なきことを行わしめた場合に該当し、強要罪を構成することは明らかである

と判示し、被害者が少年であることを指摘した上、被告人の申し向けを強要罪における脅迫と認定し、強要罪の成立を認めました。

大審院判決(大正15年12月22日)

 被害者の職業が考慮された判例です。

 裁判官は、

  • 被害者が、御嶽教 管長及び皇太神宮神官の職にある者なるをもって、かかる宗数上の地位を有する者に対し、原判示の如く、同人の非行を新聞紙上に摘発せんと通告するにおいては、その境遇上、被告知者をして畏怖の念を生ぜしむるのおそれあることもちろんである

と判示し、被害者の職業が考慮した上で、脅迫罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和33年6月28日)

 この判例は、口論の際、「俺は監獄の飯を食ってきたんだぞ。お前らになめられない」などと言った事案で、相手が柔道初段の実力のある元警察職員であること、交渉の経緯などを総合し、脅迫罪の成立を否定しました。

③ 経緯、雰囲気

 脅迫罪の成否を決するに当たり、経緯、雰囲気などが総合考慮された事例として、以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和36年11月20日)

 倒産の事後処理に際し、菜切包丁を示し「自分の財産保全のことばかり考えて、他人に迷惑をかけて、それで人間なのか。悪いと思ったら腹を切れ」と申し向け、「もし俺が悪ければ俺が切る」と言いながら、その格好をしてみせたという事案で、裁判官は、

  • 人をして畏怖の念を生ぜしめるに足る害悪の通告といえるかどうかを判断するにあたっては、行為の外形にとらわれることなく、それがなされるにいたった経緯及びそれがなされたときの四囲の状況が総合的に考察されなければならぬ

と判示し、被告人に被害者を畏怖させようとする意思のないこと、雰囲気が説諭的であったことを挙げ、脅迫罪の成立を否定しました。

東京地裁判決(昭和56年11月5日)

 政財界に力を有していた者の秘書が、ある会社の役員間の軋轢に際し、取締役を辞めさせようとして、「今日はKの代理として話をする。左に行くか、右に行くか、今決めなければならん身分だ。君の身柄はKに預けろ。それじゃ、お前の身はどうなってもかまわないのか」などと申し向けた事案で、裁判官は、

  • 文言中にそれだけで脅迫に当たる字句がなく、単なる平和的説得ないし交渉の手段とも解し得、語気、態度、相手方の対応ぶり、会談の前後における両者の行動その他諸般の状況いかんにかかるとし、折衝における説得の手段としての言葉であり、脅迫に当たらない

と判示し、無罪を言い渡しました。

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