刑法(脅迫罪)

脅迫罪(29) ~脅迫罪における違法性阻却事由②「権利行使の違法性阻却」を判例で解説~

 前回の記事の続きです。

権利行使の違法性阻却

 今回の記事では、違法性阻却事由となる「権利行使」について説明します。

 正当な権利の行使として行われる限り、害悪の告知も脅迫罪にはなりません。

 ただし、外見上権利の行使のようにみえても、実質的には権利の濫用と認められる場合には、違法性が阻却されず、脅迫罪が成立します。

 脅迫罪において、権利行使が違法性を阻却するかどうか争点となった事例として、以下の判例があります(恐喝罪強要罪の事例を含む)。

債権の取り立て

 債権の取り立てにつき、身体などに危害を加える態度を示して脅迫した場合には、正当行為とはいえず、恐喝罪が成立します。

 この点について判示した以下の判例があります。

最高裁判決(昭和27年5月20日)

 債権取立につき身体に危害を加える態度を示しで脅迫した事案で、

  • 他人に対し権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であって、かつその方法が社会通念上一般に、忍容すべきものと認められる程度を越えないかぎり、なんら違法の問題を生じないけれども、右の範囲又は程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪又は脅迫罪の成立することがあると解するのを相当とする

と判示し、脅迫罪の成立を認めました。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和27年10月22日)

 債権取立のために脅迫した事案で、裁判官は、

  • 権利行使の範囲に属しない

として脅迫罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和30年10月14日)

 被告人Eが、被害者Mと会社を設立し、共同事業を始めたところ、その後Mと不仲になり、会社を退くに当たり、18万円の出資を主張し、争いはあったものの、結局、Mから18万円の支払を受けることになり、15万円の支払を受けたが、その後、Mが残金3万円を支払わないので、第三者に取立てを依頼し、その第三者の知人2名と共に計4名で、Mに対し、身体に危害を加えるような態度を示して、かつ取立てを依頼された者らが「俺達の顔を立てろ」などと申し向け、債権の残額3万円を含む6万円を交付させた事案です。

 裁判で、被告人の弁護人は、

  • 原判決が残債権3万円を認めながら6万円について恐喝罪が成立するものとしているのは、恐喝手段を施用しても権利の範囲内であれば恐喝罪は成立せず、権利の範囲を越えても、その超過部分についてのみ恐喝罪が成立するという大審院、最高裁判所、高等裁判所の判例と相反する

と主張したのに対して、裁判官は、

  • 他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり、かつ、その方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を越えない限り、何ら違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがあるものと解するを相当とする
  • 本件において、被告人らが債権取立のために執った手段は、原判決の確定するところによれば、もし債務者Mにおいて被告人らの要求に応じないときは、同人の身体に危害を加えるような態度を示し、かつ同人に対し、被告人0及び被告人U等は『俺達の顔を立てろ』などと申向け、Mをして、もしその要求に応じない時は自己の身体に危害を加えられるかも知れないと畏怖せしめたというのであるから、もとより、権利行使の手段として社会通念上、一般に忍容すべきものと認められる程度を逸脱した手段であることに論はない
  • 従って、原判決が右の手段によりMをして金6万円を交付せしめた被告人らの行為に対し、被告人EのMに対する債権額のいかんにかかわらず、右金6万円の全額について恐喝罪の成立をみとめたのは正当である

と説明して、債権取立てのため執った手段が、権利行使の方法として社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を逸脱した恐喝手段である場合には、債権額のいかんにかかわらず、恐喝手段により債務者から交付を受けた金員の全額につき恐喝罪が成立することを明確に判示しました。

大審院判決(昭和10年3月2日)

 債務の一部について弁済をしたのに、債務の全部について履行の請求を受けた債務者が、その減額を請求する手段として、債権者の名誉毀損する意向を示して脅迫した場合については、その行為は権利の行使とはいえず、脅迫罪を構成します。

 裁判官は、

  • 債務の一部につき、弁済をなしたるに関わらず、債務の全部につき履行の請求を受けたる債務者が、その減額を請求する手段として、債権者に対し、同人の名誉を毀損すべき意向を示して脅迫したるときは、脅迫罪を構成す

と判示しました。

自己の権利を守るための抗議行為

 自己の権利を守るための抗議行為であっても、抗議方法が合法的でなければ、権利行為として違法性を阻却せず、脅迫罪が成立します。

 この点について判示した以下の判例があります。

最高裁判決(昭和26年7年24日)

 映画上映に関し利害関係があるため、同じ映画を上映しようとした青年団の団員らに対し、「若い者30名を連れて小学校にフィルムを没収に行く」旨を警察署に対して電話したという事案で、裁判官は、

  • 被告人は本件映画上映について利害関係があるため、B青年団の団員らに対し、抗議を申入れることができるものであるとしても、その抗議の方法手段はあくまで合法的でなければならないことはいうをまたない
  • 従って、その方法手段が刑罰法規にふれても違法を阻却するとか、責任を阻却するという根拠とはなり得ない

と判示し、抗議を申し入れる権利があったとしも、抗議方法が合法的でないのであれば、脅迫罪が成立するとし、脅迫罪の成立を認めました。

監督者による懲戒行為

 学校の先生などの監督者による懲戒行為について、その内容が合法的でなければ、懲戒権の行使として違法性を阻却せず、脅迫罪が成立します。

 この点について判示した以下の判例があります。

岡山地裁倉敷支部判決(平成19年3月23日)

 私立高校の野球部監督であった被告人が、生徒指導の目的で、部員に全裸状態でのランニングを強要した事案で、体罰に該当する違法な懲戒であるとして、強要罪(刑法223条)の成立を認めました。

次回記事に続く

 次回の記事で、脅迫罪における「正当防衛」を説明します。

脅迫罪(1)~(35)の記事まとめ一覧

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