刑法(脅迫罪)

脅迫罪(28) ~脅迫罪における違法性阻却事由①「労働争議行為の違法性阻却」を判例で解説~

違法性阻却事由とは?

 犯罪は

  • 構成要件該当性
  • 違法性
  • 有責性

の3つの要件がそろったときに成立します。

 犯罪行為の疑いがある行為をしても、その行為に違法性がなければ犯罪は成立しません。

 この違法性がない事由、つまり違法性がないが故に犯罪が成立しないとする事由を「違法性阻却事由」といいます。

 違法性が阻却される主な行為として、

  1. 正当防衛
  2. 緊急避難
  3. 法令行為
  4. 正当業務行為
  5. 自救行為
  6. 被害者の承諾による行為
  7. 被害者の推定的承諾による行為
  8. 労働争議行為

が挙げられます。 

(この点については、前の記事で詳しく説明しています)

脅迫罪における違法性阻却事由

 脅迫罪(刑法222条)について、違法性の阻却が問題となる場合が多い主なものに、

  • 労働争議行為
  • 権利行使
  • 正当防衛

が挙げられます。

 行為が適法であるため、違法性が阻却されるか否かは、具体的場合に応じ、違法性阻却の一般原則に従って、社会的相当性を有するか否かの見地から判断されます。

労働争議行為の違法性阻却

 今回の記事では、違法性阻却事由となる「労働争議行為」について説明します。

 労働争議は、相手を強く説得するなどのため、相当に激しいやりとりが伴います。

 正当な争議行為に通常伴うような財産上の損失、集団の威力などの威圧感は、社会通念上、使用者側が当然受忍すべき範囲のものと認められるので、脅迫とはいえません。

 しかし、争議中の言動であっても、社会通念上、示威行動として使用者が受忍すべき妥当な範囲を超えて、直接人身に危害を加え、あるいは、企業施設を含めた財産に対する加害の告知に当たるような行為は、脅迫を成立させます。

 この点について判示した判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和24年5月18日)

 この判例は、裁判官は、

  • 憲法28条は、企業者対勤労者すなわち使用者対被使用者というような関係に立つ者の間において、経済上の弱者である勤労者のために団結権ないし団体行動権を保障したものであり、労働組合法1条2項は、同条1項の目的達成のためにした正当な行為についてのみ、刑法35条の適用を認めたにすぎないものであって、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に当たる行為が行われた場合にまで、その適用があることを定めたものではない

と判示しました。

最高裁判決(昭和25年11月15日)

 この判例で、裁判官は、

  • すべての国民に保障されている基本的人権が労働者の争議権の無制限な行使の前にことごとく排除されることを認めているものではない

と判示しました。

最高裁判決(昭和34年4月28日)

 この判例で、裁判官は、

  • 労働組合法1条2項の規定も、同条1項の目的達成のためにした正当行為についてのみ刑法35条の適用を認めたにすぎないものであって、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に当たる行為が行なわれた場合にまで、その適用があることを定めたものではないと解すべきである

と判示しました。

正当な労働争議行為として脅迫罪の違法性阻却を認めた判例

 正当な労働争議行為として脅迫罪の違法性阻却を認め、脅迫罪の成立を否定した判例として、次のものがあります。

仙台高裁秋田支部判決(昭和47年1月27日)

 争議行為に随伴する説得活動に際しては、たまたま相手方の自由意思を拘束するに足りる文言が使用されても、その拘束の度合等をも考慮し、違法性が阻却される場合があるとして、脅迫罪の成立を否定しました。

大阪高裁判決(昭和40年6月21日)

 教育委員会が発令した人事異動に対する撤回要求闘争の一環として、組合代表者が、転勤してきた非組合員である教職員に対して、登校拒否・入室拒否等を通告した行為について、裁判官は、

  • 本件通告は人を畏怖せしめるに足る、名誉、自由に対する害悪の告知として違法視せしめるに足るものとは認められない

と判示し、組合活動の範囲内の行為として違法視すべきでないとし、脅迫罪の成立を否定しました。

不相当な労働争議行為として脅迫罪の違法性阻却を認めなかった判例

 不相当な労働争議行為として、脅迫罪の違法性阻却を認めず、脅迫罪が成立するとした判例として、次のものがあります。

宇都宮地裁判決(昭和34年1月22日)

 多数の暴行、脅迫行為を含むつるし上げが組合の切り崩し工作を防止するために行われたとして、違法性、責任性を阻却するとの被告人の主張を排斥し、暴力行為等処罰に関する法律1条の集団脅迫の罪の成立を認めました。

秋田地裁大館支部判決(昭和42年4月27日)

 労働争議行為として宿直勤務拒否をしていた労働組合の組合員が、宿直代替臨時職員として会社から雇われた者に対し、退職を説得した際に、同人の平常の植木職の就業及び同人の子息の通学上の自由・名誉に対する加害の告知をした行為について、労働法上許される正当行為の範囲を逸脱するとして、脅迫罪に当たるとました。

福岡高裁判決(昭和57年6月25日)

 主任制問題をめぐって学校長に対する抗議の過程で、10数名で校長室に押しかけ、15時間余りにわたって、「生半可な決心で来とっとじゃないですよ。あなたの教育生命がなくなるまでやりますよ。組合をひぼうして申訳ないちゅう謝罪文を書きませんか。」などと申し向けて、確認書の署名押印・謝罪文の作成を要求するなどした行為について、強要未遂罪刑法223条)に当たるとしました。

労働争議中の行為が脅迫に当たらないとした判例

 労働争議中の行為が脅迫に当たらないとした判例として、次のものがある.

金沢地裁判決昭和41年10月15日)

 労組と会社との団体交渉の機会において、「そんなやつは2階の窓からほうり出せ」などと発言した事案で、窓の構造から一見して放言内容の実現性に乏しいことを知り得、相手がその危険を感ずるはずがないことは発言者も分かっていたのではないかと思われるとし、脅迫罪の成立を否定しました。

次回記事に続く

 次回の記事で、「権利行使の違法性阻却」を説明します。

脅迫罪(1)~(35)の記事まとめ一覧

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