前回の記事の続きです。
賭博開張図利罪における共同正犯の考え方
1⃣ 主宰者的地位には立たず受動的に開張者を助けるにすぎない行為は、賭博開張図利罪(刑法186条2項)の幇助にとどまるか、それとも共同正犯(共犯)が成立するかが問題になります。
この点の判断基準の参考となる判例として、以下のものがあります。
大審院判決(昭和2年11月26日)
裁判所は、
- 単に受動的に他人が賭博を為すのを知りて、賭場に充つべき房屋を給与したるに過ぎざる場合の如きは、たとえ賭博より利の供与を受けたりとするも、賭博罪を幇助したるものとして従犯をもって論ずべく賭場開張罪に問擬(もんぎ)すべきものにあらざるや論を俟たずといえども、苟も犯人が利を得る目的をもって他人をして賭博を為さしむるため、自己支配下の下に賭場を開設したる以上は、直ちに賭場開張罪を構成し、賭博の幇助罪となるものに非ず
と判示しました。
2⃣ 相互の賭場開張の合意に基づいて、賭場開張に必要な事務を分担したような場合には共謀共同正犯が成立する余地があるとした判例があります。
大審院判決(昭和15年11月20日)
裁判所は、
- 苟も数人相協議し賭場を開張して利を図らむことを企て、該協議に基づき相協力して賭場を開張したる以上、たとえその中のある者が右開張中、行われたる賭博に際し、盆の監督を為し、ある者が中盆等の役割を担当する等のことあるも、要するに皆これ当初の協議に基づき賭場開張に開する全員の共同意思を分担遂行したるに過ぎずして、いずれも刑法上、賭場開張罪の共同正犯たる罪責を免れざる
と判示しました。
3⃣ どのような場合に賭場開張図利罪の共謀共同正犯が成立するかについて、判例・裁判例は、共犯者相互間の意思連絡があることを前提とし、
- 開張の実行行為に密接な行為を行ったか否か
- 寺銭等の利益の分配の約束があったか否か
といった事情を考慮する傾向にあります。
上記事情が考慮され、共謀共同正犯が認められた判例・裁判例として以下のものがあります。
① 寺銭分配の約束等が考慮された判例
大審院判決(昭和6年11月9日)
裁判所は、
- 被告人Xは、既に昭和6年1月中より本件賭博場開張の相談を受けてこれに賛同し、同月28日には、右A方にて、Z、相被告人Yと会し、3名にて節分の日に相被告人B方において客を集めて賭博を開く相談を為し、その結果として本件の賭博場が開張せられたるものにして、右賭場においては、寺銭の1円につき2銭の割合にて徴収し、その中より来会者の飲食代金及びB方への部屋代金を支払いたる残余は、被告人X及び右Z,Yの3名にて分配すべきことあらかじめ定まり居りたる事実を認め得べきが故に、仮に被告人Xにおいて右賭場を開張する各般の実行行為に当たらざりしとするも、右Z、Yと共に右賭場開張の罪責に任ずべきものといわざるべからず
- 被告人Xが、相被告人Y及びZと共謀の上、賭場を開張し利を図りたる事実を認め、共同正犯として刑法第186条第2項に問擬(もんぎ)したるは正当
と判示しました。
② 盆(賭場)の監督や中盆(胴元と客の間に入り賭銭を取ること)を務めたことが考慮された判例
大審院判決(昭和15年11月20日)
裁判所は、
- 苟も数人相協議し賭場を開張して利を図らむことを企て、該協議に基づき相協力して賭場を開張したる以上、たとえその中のある者が右開張中行われたる賭博に際し、盆の監督を為し、ある者が中盆等の役割を担当する等のことあるも要するに、皆これ当初の協議に基づき賭場開張に関する全員の共同意思を分担遂行したるに過ぎずして、いずれも刑法上、賭場開張罪の共同正犯たる罪責を免れざる
と判示しました。
③ 賭場の提供と寺銭の一部の受取等を考慮した判例
大審院判決(昭和17年2月2日)
裁判所は、
- 博徒の親分たる犯人が、賭場開張者に自己の縄張を貸与することを約してその支配下の場を給与し、博徒をして金銭賭の博奕を為さしめ、寺銭の中より右給与名義の金員を領収して利を図りたる行為は、賭場開張の従犯に非ずして共同正犯と解すべきものとす
- 蓋し、他人が賭場開張を為すを知りながら受動的に場所を給与したるに過ぎざるときは、賭場開張の実行行為以外に当たるをもって従犯なりといえども、自ら図利の意思を支し、他人と謀りて賭場開張を為さしめ、寺銭の分与を受くるは共に実行行為を為すものに該当
と判示しました。
④ 寺銭の徴収等重要な役割を務めたことや寺銭分配の約束があったことが考慮された裁判例
東京高裁判決(昭和30年5月12日)
裁判所は、
- 原審相被告人Yは、本件賭場には時々出入りするだけで寺銭の徴収、賭客に対する戻り銭の支払等の一切を被告人に任せていたこと及び寺銭を分配するに当ってYが4、被告人が3、被告人と交替で中盆をつとめた本件賭場開張罪の幇助者たる原審相被告人Zが2の割合で分配する予定であり、賭客のA、BのようにYより被告人をもって賭場の責任者であると考えている者も存することをみると、被告人はYと共謀の上、本件犯行の実行行為を為したものというべく、単に中盆として前記Zと相匹敵する地位に過ぎないとは認められない
と判示しました。
⑤ 中盆役を務めるなどしたことが考慮された裁判例
東京高裁判決(昭和36年9月1日)
裁判所は、
- 判示日時の頃、判示A方において開張せられた賭博場は、所論のようにYがいわゆる胴元となって開張したものであるところ、被告人は、右賭博場においてYのため、Z及びBと共に、いわゆる中盆の役を引き受け、同人らと適時交替して、判示20人位の賄客が張る賭金の整理、一定の割合による寺銭の徴収そして徴収した右寺銭を胴元であるYに交付する等の役割を演じたことが肯認されるのである
- しかも、被告人が右中盆の役割を演じた時間は、判示6時間のうち約2時間に及ぶことが認められ、所論のように被告人がただ一時の手伝として中盆をしたという訳のものでないことが明らかである
- 以上を要するに、被告人が本件賭博場開張罪の共同正犯としての刑事責任を免れ得ないこともちろんであって、原判決が挙示の証拠によって判示被告人らの共謀による賭博場開張の事実を認定し、被告人を本件賭博場開張罪の共同正犯としてその適用法令を示したのは、まことに相当
と判示しました。
4⃣ 利益分配の約束をし中盆を務めるなどした者について共同正犯性を否定した以下の裁判例があります。
東京高裁判決(昭和42年8月7日)
裁判所は、
- (1)所論は本件賭博場開張については被告人Xが被告人Yら3名にこれを相談し、被告人Yのとりなしで開張することに相談がまとまったものであると言い、被告人Xは、先に被告人Yに誘われAと共に行ったB開張の賭博場で、手持の約5万円をとられたほか、20万円の借りができ、Aも手持金をとられたほか25万円の借りができ、被告人Xは、その後自己の借りを完済し、Aにも補助してやって借りの一部を返済させたが、その際Bから被告人Xが賭博場を開張するときには手伝ってやるといわれたので、右の損害を取り戻すために賭博場を開張しようと考え、本件の約1週間前、(中略)被告人Y、Z、Aと会った際、同人らに対し右のことを話して相談したところ、同人らもこれに賛成し、席上被告人Yが開張するについて必要な事柄を取りなして相談がまとまったことは所論のとおりである
- しかし被告人Yの司法警察員及び検察官に対する各供述調書、Zの検察官に対する供述調書謄本によると、同人らは被告人Xが開張するというのでこれに賛成し、その手伝いをすることを約束して、手伝った旨供述し、Aの検察官に対する供述調書謄本によると、同人は被告人Yは共同開張者と思うと供述するのみであって、被告人Xが相談を持ちかけるに至った動機の点をも考慮に入れると、たやすく共同開張の謀議が成立したものと断じ難い
- (2)所論は右4名の間には当初寺銭を分配する約束ができていたのであって、ただこれをAのBに対する前記の借金に入れたため、その余の3名は寺銭の分配を辞退したものであると言い、被告人Xが前記の相談の際、被告人Yらに対し利益を分配する旨言明し、また、回銭(※博打の際に胴元から賭金を借りること)や寺銭からAの前記借金を支払い利益が僅少となったので、賭博終了後、他の者が利益の分配を受けることを辞退したことは所論のとおりである
- しかし、被告人Y、Z、Aの前記各供述調書のほか、被告人Xの検察官に対する供述調書によると、被告人Xが利益を分配するというのは、被告人Yらの手伝い賃として分配する趣旨であったと解せられる余地があり、たやすく共同開張者であるから分配するという趣旨であったとは断じ難い
- (3)所論のZが回銭を出しているとの点は、被告人Xには回銭の準備がなかったので、前記相談の際、Zが50万円を準備することを約束し、賭博の始まる直前、同人が被告人Xに25万円を渡したことは所論のとおりである
- しかし、前記の被告人X、Zの各供述調書によると、右の金はZが被告人Xに貸与したものであることが窺われ、たやすくZが開張者として準備したものとは解されない
- (4)所論は本件犯行の日取りは被告人Xに連絡をとって決定し、また、花札等を買入れ、寺袋の用意を命じ、初め賭客に挨拶をしたうえ中盆役をした点を挙げているが、本件犯行の日取りが決まった経過は、被告人Yは賭客を誘い、中盆役を一人連れて行くことになっていたので、それらの者の都合を聞いた上、被告人Xに連絡し、右両名が相談して日取りを決定したことが認められる
- そして、花札等は開張者自ら手を下してこれを準備するものとは限らないし、中盆役も同様開張者がこれをするとは限らないのであって、むしろ他の者にさせる場合が多く、被告人Y が初め中盆をするに先立って賭客に挨拶したというのは、勝負を始めることやその方法を述べたものに過ぎないことが認められる
- 従って、これらの事実は本件が被告人Yらとの共同犯行であると認定するに足る根拠とはなし難い
- (5)所論の被告人Xのほか、被告人Yらも賭客を集めたとの点は、前同様、客集めは開張者が自らするものとは限らないから、これをもって本件を共同犯行と認定する根拠とするに足らない
- (6)所論の被告人Yが戻り銭等の取扱いを指示していたとの点は、被告人X、同Yの検察官に対する各供述調書によると、被告人Yは、被告人Xが開張に不馴れであったので、同被告人を助けて戻り、銭等の取扱いについて注意や指示をしていたことが窺われる
- (7)その他の所論は、被告人Yが的屋(中略)において被告人Xの先輩に当たること、本件犯行の直後、被告人X、同Y、Z、Aの4名その他の者が料理店で飲食を共にしたこと等を挙げているが、それらはいずれも本件を共同犯行と認定するに足るものではない
- しかも、本件の捜査当時、被告人Xは、警察官に対して本件の被告人Yとの、ないし被告人Y、Z、Aとの共同犯行であるかの如き供述をしていたが、検察官に対してこれを改め被告人Xの単純犯行である旨を供述し、原審公判においても本件を被告人X独りの犯行であるとする公訴事実を認めていたのであり、被告人Yも警察官、検察官に対し、またZも検察官に対し、いずれも被告人Xが開張するというから手伝うこととしたもので、被告人Xの単独開張である旨供述ていることを考えると、本件は被告人Xの単独犯行であって、被告人Yらは手伝いをしたものと認めるのが相当である
と判示しました。
5⃣ 終始開張の場にいなくとも共謀共同正犯の責任を問われることがあります。
この点を判示したのが以下の判例です。
裁判所は、
- 苟も数人相協議して賭場を開張し利を図ろうと企て、右協議に基き相協力して賭場を開張したる以上は、たとえその中のある者が右開張中に行われた賭博に際し終始出席しておらなくとも賭場開張の共同正犯たる責任を免れることはできないものといわなくてはならないのである
と判示しました。