刑法(贈収賄罪)

単純収賄罪(3)~賄賂とは?②「『職務行為に対する対価』と『職務以外の行為に対する対価』との双方が含まれていても、ある利益が不可分的に提供された場合には全体が包括して賄賂に当たる」を説明

 前回の記事の続きです。

「職務行為に対する対価」と「職務以外の行為に対する対価」との双方が含まれていても、ある利益が不可分的に提供された場合には全体が包括して賄賂に当たる

1⃣ 単純収賄罪(刑法197条)における「賄賂」とは、

  • 公務員の職務に対する不法な報酬としての利益

をいいます(詳しくは前回の記事参照)。

 今回の記事では、

公務員に送られる「賄賂」に、「職務行為に対する対価」と「職務以外の行為に対する対価」との双方が含まれていても、ある利益が不可分的に提供された場合には全体が包括して賄賂に当たる

ことを説明します。

 このことに言及した以下の判例があります。

大審院判決(大正9年12月10日)

 裁判所は、

  • 公務員の職務行為に対する謝礼と職務外の行為に対する報酬とを不可分的に包括して財物その他の利益を提供し、公務員においてその事実を知りながらこれを収受したるときは、その各部分は賄賂たらざる性質と共に賄賂たる性質を具有するをもって、該物件又は利益の全部はこれを包括して不可分的に賄賂性を帯びるものと断定すべく、その反対の側面のみを観察して全部若しくは一部に違法性なしということを得ざるものとす

と判示しました。

大審院判決(昭和8年6月27日)

 裁判所は、

  • 公務員その職務外の行為に対する報酬と職務行為に対する報酬と共に不可分的に一括して収受したるときは、該報酬全部につき収賄罪成立す

と判示しました。

最高裁判決(昭和23年10月23日)

 裁判所は、

  • 職務行為に対する謝礼と職務外の行為に対する謝礼と不可分的に包括して提供された金員を、公務員がその事実を知りながらこれを収受した場合には、その金員全部は包括して不可分的に賄賂性を帯びるものである

と判示しました。

仙台高裁秋田支部判決(昭和29年6月8日)

 裁判所は、

  • 被告人両名が収受した金員には被告人両名の職務外の好意ないし仕事に対する謝礼の意味があっても、一面被告人両名の職務に対する賄賂の意味もあって、それが不可分である場合、収受した金員の金額について賄賂性を認むべきものと解するを相当とする

と判示しました。

2⃣ 双方が謝礼の趣旨である場合には、元来客観的にそれそれの額が決定されるものではないので、不可分的に供与されている限り、全体を包括して賄賂と見るほかないので、上記判例の考えは妥当であるとされます。

 ただし、例外的に、

  • 何らかの具体的根拠によってその割合が決定できる場合
  • 職務行為に対する対価の部分がごく一部にとどまるような場合

は別であると考えられています。

 これに対し、金品が実費と職務行為に対する対価との双方の趣旨を含んで提供された場合については、実費分が特定できる限り、その部分に関しては報酬性がないので、賄賂性がないこととなります。

裁判例

1⃣ 実費分と謝礼分との両者の割合が明らかでないときには全体が賄賂に当たるとした以下の裁判例があります。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和31年11月28日)

 裁判所は、

  • 弁護人所論のように右金員が謝礼と登記料とを含めて不可分の状態で贈与寄託せられたものとしても右金員についてはその謝礼と実費との割合をも判別することができないのであるからその全額について不法性を認めるのほかない

と判示しました。

2⃣ 実費分がある程度特定でき、贈与者及び受領者において、実費を除いた分を職務行為に対する報酬として提供受領する意思である場合には、実費を支払った残余の分が賄賂に当たるとした以下の裁判例があります。

和歌山地裁判決(昭和35年1月11日)

 裁判所は、

  • 交付を受けた現金15万円は、贈賄者の意思において明らかにAの相続税の実費と被告人の職務に関する報酬との双方の趣旨を含められたものであり、ただその税額と報酬額とは未だ確定しておらず、その決定は専ら被告人に一任されていたのである
  • しかし右税金額は将来確定して納付されるものであり、職務上と職務外の報酬が包括して収受された如き場合とも異なり、右税金額の部分についてこれを職務上の報酬の場合と同視して取り扱うことはいささか収賄者に酷なものがあると言わねばならない
  • よって右公訴事実の如く前記15万円全額につき収賄罪が成立すると認めることは適当でなく、被告人において現実に賄賂として供与を受ける意思が外部的行為によって現われた金額に限り収賄罪が成立すると解するのが相当であると考える

と判示しました。

高松高裁判決(昭和40年5月10日)

 裁判所は、

  • 被告人が供与を受けた各金員のうち煙草購入実費を控除した部分を煙草の差入れに対する謝礼の趣旨の下に賄賂として収受した旨の事実を認定しているのであって(その認定に誤りはない)

と判示しました。

賄賂が不可分的に提供された場合には全体が包括して賄賂に当たるとする理論

 理論的には、実費分については報酬性がないことから、これを賄賂とすることは困難です。

 しかし、供与の時点において実費分が具体的に特定していないが実費分を含むことが明らかな場合には、賄賂性を有する部分の認定に困難を生じます。

 また、場合によっては、実際に実費を支払った後に残る報酬部分がなくなること、あるいは極めてわずかになることもあり得えます。

 そうすると、具体的に特定していない実費分と報酬部分とが不可分的に提供された場合には、一つの考えとしては、実費部分が後に特定し、報酬として被提供者が実際に収受する範囲が確定した時点で賄賂の単純収賄罪(賄賂収受罪)が成立し、それまでは単純収賄罪(賄賂約束罪)にとどまるとする構成も可能となります。

 しかしながら、このような形態の利益の提供行為の場合、実費部分について特段の使途を定めて寄託されたものでもなく、受領者においてこれを他の目的に利用したところでそれが違法となるような性質のものでないのが実態と考えられます。

 言い換えれば、このような場合、提供された利益が実費分の趣旨を含むとしても、受領者において、その自由な裁量により使用することが可能なことが通常であって、最低限度、無利息の金融の利益を受けたことと同様の実態にあるといえるのであり、この点を考慮すれば実費部分が計算可能な程度に特定されない場合にはなお、全体が賄賂に当たるとすることが適当と考えれています。

 特に、実費部分について、他の公務員に対する贈賄資金、運動費その他の謝礼に充当する目的の金員が含まれる場合、これらの部分は客観的に決定される額ではなく、受領者の裁量に任される性質のものであるので、全体を包括して賄賂とする考え方が一層妥当するとされます。

単純収賄罪(賄賂収受罪)は全体の額について成立するとしても、受領者がその後実際に実費額(経費等)を支出しているときは、実費額を追徴額から控除する

 単純収賄罪(賄賂収受罪)は全体の額について成立するとしても、受領者がその後実際にこれらの経費等を支出しているときは、その限度においては利益が残っていません。

 そこで、収賄罪の判決時において、賄賂の額を被告人から追徴する判決も言い渡す場合は、その追徴額は、収賄の全額から実費額(経費等)を控除した額にすべきという考え方があります。

 なお、単純収賄罪(賄賂収受罪)は、必要的没収・追徴が定めれている罪です(刑法197条の5)。

 必要的没収・追徴の説明は「刑罰(8)の記事」参照ください。

 この点に関する以下の判例があります。

大審院判決(大正12年3月10日)

 裁判所は、

  • 公務員にしてその職務上の行為の報酬として若しくは職務上の行為に関する謝礼若しくは運動費等を兼ねて不可分的に財物を収受したる場合においては、縦や爾後自己の他の犯意に基づきこれを転じて贈賄の資に充るつもその財物全体は等しく不法性を帯びる
  • 然れども、収賄者がその職務上の行為に対する報酬を受けるに際し同時に職務外の行為に関する費用等を合わせ、これを包括して不可分的に財物を収受したる後、その収受の趣旨に基づきその財物中可分なる一定の額を分割して他の公務員に贈賄し、その公務員よりこれが没収又は追徴を為す場合にありては当初の収賄は縦し不可分的に関係あるの故をもって収受する財物全部につき犯罪成立するとするも、これが没収若しくは追徴の贈賄を為したる残額に止むべきものと断定せざるべからず

と判示しました。

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