刑法(総論)

刑罰(7)~没収③「『任意的没収・任意的追徴』と『必要的没収・必要的追徴』とは?」を説明

 前回の記事の続きです。

「任意的没収・任意的追徴」と「必要的没収・必要的追徴」とは?

 刑法総則(刑法1条~72条)が規定する没収(刑法19条)・追徴(刑法19条の2)は、裁判所の裁量によるものとされており、これを、

  • 任意的没収
  • 任意的追徴

といいます。

 これに対し、 刑法各則(刑法73条~264条)又は特別刑法には、必ず没収・追徴すべきことが規定されている場合があり、これを、

  • 必要的没収
  • 必要的追徴

といいます。

 必要的没収のみを定めているものには、

があります。

 必要的没収と必要的追徴の両方を定めているものには、

  • 収賄罪(刑法197の5
  • 公職選挙法(224条
  • 関税法(118条1項、2項
  • 国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(麻薬特例法)(11条1項13条1項

があります。

 必要的没収・追徴を看過してこれを科さない判決が言い渡された場合は、法令適用の誤りとして控訴理由になります(刑法380条)。

麻薬特例法と組織的犯罪処罰法

 没収・追徴の法令で代表的な法律が、

  • 麻薬特例法(正規名称:国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)
  • 組織的犯罪処罰法(正式名称:組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律)

です。

麻薬特例法について

 近年、国際的な組織犯罪が増加するにつれて、その効果的な抑制策として犯罪によって得た不法収益をはく奪する必要性が認識され、国際的に、没収・追徴の範囲を拡大する傾向あったことから、麻薬特例法、組織的犯罪処罰法により、没収・追徴の規定が強化されました。

 麻薬特例法は、

  1. 薬物犯罪の犯罪行為により得た財産等の「薬物犯罪収益」
  2. 薬物犯罪収益の対価として得た財産等の「薬物犯罪収益に由来する財産」
  3. これらの財産とこれらの財産以外の財産とが混和した財産である「薬物犯罪収益等」

をも必要的没収の対象とし(法11条1項)、さらに、没収ができない場合には、

  • 上記①~③の価額を追徴

することとし(法13条1項)、薬物犯罪収益等を全面的にはく奪することにより、経済面から薬物犯罪を禁圧しようとするものです。

 なお、 薬物犯罪収益により規制薬物を購入した場合は、その規制薬物は麻薬取締法等による必要的没収の対象となるのであるから、麻薬特例法上の「薬物犯罪収益に由来する財産」には該当せず、購入に使われた薬物犯罪収益は規制薬物に転化したためこれを没収することができないのであるから、その価額を同法13条1項により必要的に追徴することになるとした判例があります。(最高裁判決 平成7年12月5日)。

組織的犯罪処罰法について

 組織的犯罪処罰法は、組織的な犯罪において、各種の犯罪が収益獲得の目的で行われ、これによる収益が将来の犯罪活動や犯罪組織の維持、拡大に用いられるだけでなく、事業活動に投資されて合法的な経済活動に悪影響を及ぼすものであることから、犯罪収益規制の対象となる犯罪を薬物犯罪から一定の重大犯罪に拡大しました。

 同法は、犯罪収益等の没収・追徴に関する規定として、

  • 没収・追徴規定(13条~21条)
  • 没収保全に関する規定(22条~41条)
  • 追徴保全に関する規定(42条~49条)

を設けて収益、規制の対象についても拡大しています。

 同法は、没収について、刑法の没収が有体物に限られ、犯罪収益等のはく奪の措置として十分とはいえないことから、犯罪収益等の的確なはく奪を可能にするため、

  • 没収の対象となる財産の範囲を有体物から金銭債権に拡大したこと
  • 没収の対象とならない物又は金銭債権以外の財産についても、その価額を追徴できることとしたこと
  • 犯罪収益の保有又は処分に基づいて得た財産として特定されて追跡可能な財産も没収の対象としたこと
  • 没収対象財産と他の財産が混和した場合でも、没収すべき財産の額又は数量に相当する部分を没収することができるとしたこと

が要点として挙げられます。

没収・追徴に関する判例

 没収・追徴に関する重要判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(平成15年4月11日)

 改正前の麻薬特例法2条3項において不法収益とされていた「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」につき、裁判所は、

  • 「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」とは、薬物犯罪の構成要件に該当する行為自体によって犯人が取得した財産をいうものと解するのが相当である
  • 薬物犯罪を遂行する過程において費消・使用されるものとして、犯人が他の共犯者から交付を受けた財産は、当該薬物犯罪との関係では、犯罪行為の用に供するために犯人が取得した財産というべきものであって、刑法19条1項2号の「犯罪行為の用に供し、又は供しようとし た物」に当たることがあるのは格別として、上記「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」には当たらない

とした上、

  • 被告人から押収された復路航空券及び本件用具(※密輸の際に陸揚げに使用するためのゴム脚ハンマーなどの各種用具)は、いずれも改正前の麻薬特例法2条3項にいう「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」には当たらないものの、刑法19条1項2号の「犯罪行為の用に供し、又は供しようとした物」に当たると認めるのが相当である

としました。

 さらに、この判決は、

  • 受交付者において薬物犯罪の犯罪行為を遂行するために費消した上、その残額を同行為の報酬として取得することとして、共犯者から交付を受けて犯人が所有する金員については、裁判所は、改正前の麻薬特例法14条1項及び刑法19条1項2号により、その全額を没収することが可能である

とも判示しました。

最高裁判決(平成15年10月28日)

 この判決は、上記最高裁判決(平成15年4月11日)の判決を踏まえて、

  • 薬物犯罪を遂行するために共犯者から交付を受けて、既に使用した往路航空券の価額を麻薬特例法13条1項により追徴することは違法である

としました。

最高裁決定(平成17年7月22日)

 裁判所は、

  • 規制薬物の譲渡を犯罪行為とする場合における「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」とは、規制薬物の対価として得た財産そのものをいうと解すべきであるから、麻薬特例法11条1項1号による没収や同法13条1項前段による追徴に当たっては、当該財産を得るために犯人が支出した費用等を控除すべきではない

としました。

最高裁決定(平成16年11月8日)

 必要的没収・追徴が規定されている収賄罪共同正犯者が共同して収受した賄賂の追徴につき、裁判所は、

  • 本件のように収賄の共同正犯者が共同して収受した賄賂については、これが現存する場合には、共犯者各自に対しそれぞれ全部の没収を言い渡すことができるから、没収が不能な場合の追徴も、それが没収の換刑処分であることに徴すれば、共犯者ら各自に対し、それぞれ収受した賄賂の価額全部の追徴を命じることができると解するのが相当

とした上、

  • もっとも、収受された賄賂を犯人等から必要的に没収、追徴する趣旨は、収賄犯人等に不正な利益の保有を許さず、これをはく奪して国庫に帰属させるという点にあると解される
  • また、賄賂を収受した共犯者ら各自からそれぞれその価額の全部を追徴することができるとしても、追徴が没収に代わる処分である以上、その全員に対し重複してその全部につき執行することが許されるわけではなく、共犯者中の1人又は数人について全部の執行が了すれば、他の者に対しては執行し得ないものであることはもちろんである

とし、さらに

  • これらの点に徴すると、収賄犯人等に不正な利益の保有を許さないという要請が満たされる限りにおいては、必要的追徴であるからといって、賄賂を共同収受した共犯者全員に対し、それぞれその価額全部の追徴を常に命じなければならないものではないということができるのであり(中略)、裁判所は、共犯者らに追徴を命じるに当たって、賄賂による不正な利益の共犯者間における帰属、分配が明らかである場合にその分配等の額に応じて各人に追徴を命じるなど、相当と認められる場合には、裁量により、各人にそれぞれ一部の額の追徴を命じ、あるいは一部の者にのみ追徴を科することも許される

と判示しました。

 そして、被告人2名が共同収受した1億5000万円の賄賂につき、

  • 共犯者間におけるその分配、保有及び費消の状況が不明であるという事実関係の下において、被告人2名に対し、賄賂総額を二等分した金額である7500万円を各人から追徴する旨言い渡した第1審判決を是認した原判決につき、相応の合理性があり、必要的追徴の趣旨を損なうものでもない

としました。

最高裁判決(平成20年4月22日)

 幇助犯に関し、

  • 麻薬特例法11条1項13条1項により薬物犯罪収益等を没収・追徴できるのは、当該幇助行為により幇助犯が得た財産等に限られる

とし、

  • 正犯がその犯罪行為により薬物犯罪収益等を得た場合、当該犯罪行為を幇助したことを理由に幇助犯から正犯と同様に没収・追徴することはできない

としました。

次の記事へ

刑法(総論)の記事まとめ一覧