前回の記事では、適正手続の保障に関し、「刑事手続法と刑事実体法」「憲法による適正手続きの保証」について説明しました。
今回は、適正手続の保障に関し、「違法収集証拠」について説明します。
適正手続の保障とは?
違法収集証拠を説明する前に、適正手続の保障について説明します。
適正手続の保障とは、
犯人に与える制約を必要最小限度のものにし、事件の捜査などの刑事手続の過程においても、犯人の最低限の基本的人権が守られることを保障
するものです。
具体的には、
- 令状なしに逮捕・捜索差押されない
- 不利益な自白を強要されない
- 拷問されない
などとったことが、憲法31~40条や刑事訴訟法で保障されます。
違法収集証拠とは?
本題の違法収集証拠について説明します。
違法収集証拠とは、
- 適正手続の保障に反し、違法に収集された証拠
をいいます。
たとえば、
- 違法な逮捕に基づいて作成された供述調書
- 自白を強要されて作成された自白調書
- 違法な捜索差押で押収された証拠物
などが違法収集証拠に該当します。
違法収集証拠は、証拠物の証拠能力が否定される
違法収集証拠は、たとえ犯人の有罪を証明する有力な証拠であったとしても、裁判において、裁判官に犯罪事実を認定するための証拠として採用されることはりません。
これを「違法収集証拠排除の法則」といいます。
たとえば、犯人が凶悪殺人を犯しても、殺人を証明する証拠が違法収集証拠だった場合、殺人を証明する証拠がないとして、犯人は無罪になり、何のお咎めもなく社会に戻されます。
とても不合理な結果となりますが、このようなルールになっているので仕方がないのです。
ちなみに、裁判で、検察官が裁判官に提出した証拠が、ルール違反などにより証拠として採用されないことを、「証拠能力が否定される」と表現されます。
※ 証拠能力の説明は、証拠の「証拠能力」「証明カ」とは?の記事参照
違法収集証拠の証拠能力が否定される理由
違法収集証拠の証拠能力が否定される理由は、
- 捜査が適正手続の保障に反し、犯人の人権を侵害する捜査が行われたこと
にあります。
適正手続の保障に反するということは、憲法や刑事訴訟などの法律に違反する行為をしたということです。
憲法と法律違反を犯して収集した証拠(違法収集証拠)は、裁判において受け入れられないのです。
違法収集証拠であっても、ただちに証拠能力が否定されるわけではない
違法収集証拠であっても、直ちにその証拠の証拠能力が否定されるわけではありません。
理由として、
- 違法収集証拠であっても、証拠物それ自体の性質・形状に変異を来すことはなく、証拠物の存在・形状等に関する価値に変わりはないこと
- 違法収集証拠であることをもって直ちにその証拠物の証拠能力を否定することは、事案の真相究明を損ない、犯人に適正な処罰を科すことができなくなるおそれがあること
が挙げられます。
どのようなときに違法収集証拠として証拠能力が否定されるか?
どのようなときに違法収集証拠として証拠能力が否定されるかについては、判例で示されています。
最高裁判決(昭和53年9月7日)において、
- 証拠物の押収等の手続に憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるべきである
と判示し、どのようなときに違法収集証拠となり、証拠能力が否定されるかが定義されました。
判例の要点を端的にいうと、
- 捜査の手続きに、令状主義の精神を没却するような重大な違法がある
- 重大な違法捜査で得た証拠を、証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でない
場合に、証拠物の証拠能力は否定されることになります。
逆にいうと、
- 捜査の手続きの違法が令状主義の精神を没却するような重大な違法ではない
- 収集した証拠に違法があるが、証拠能力を認めても将来における違法な捜査の抑制の見地から問題がない
と認められる場合は、捜査手続に違法があり、違法収集証拠だとしても証拠能力が認められることとなります。
そして、違法収集証拠に証拠能力を認めるか否かの判断は、
- 捜査手続の瑕疵(違法)の内容
- 違法な捜査手続とそれにより取得した証拠との因果関係
- 適法な措置をとる時間の余裕がないほどの緊急性の有無
- 被押収者に対する権利侵害の程度
- 事件が重大犯罪が否か
- 捜査官が何を意図していたか
などを考慮して判断すべきとされます。
違法収集証拠により無罪判決が出た判例
刑事裁判では、どんなに有力な証拠であっても、違法収集証拠と認定されれば、犯罪事実を認定するための証拠から排除されるというルールになっています。
これは、真実に基づき犯人を裁くことよりも、適正手続の保障が優先されることを意味します。
実際に、違法収集証拠があったため、覚醒剤取締法違反の犯罪を犯した犯人を無罪にした判例があります。
事案の内容
窃盗と覚醒剤取締法違反(覚醒剤の所持と使用)で裁判になり、最高裁判所において、覚醒剤の使用については、違法収集証拠が原因となって無罪が出た事件です。
事案の詳細
警察官が、逮捕状を携行していなかったため、逮捕状を窃盗犯人に示さずに逮捕しました。
本来、逮捕状を犯人に示した上で逮捕しなければならず、逮捕状を示さなかった今回の逮捕は、違法逮捕になります。
逮捕後、窃盗犯人の尿から覚醒剤が検出され、覚醒剤の所持も認められました。
警察官は、逮捕手続に違法があるにとどまらず、違法逮捕をごまかすため、逮捕状に虚偽事項を記入し、公判廷において事実と反する証言をしました。
裁判所は、
- 警察官のごまかし行為があったことなどを総合的に考慮すれば、逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を没却するような重大なものであり、逮捕の当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力は否定される
とし、覚醒剤の使用については、無罪を言い渡しました。
この判例から考えられることは、
- 違法捜査をごまかそうとした
- 違法捜査を隠した
というような場合は、捜査手続が令状主義の精神を没却するような重大な違法であり、証拠能力を認めることが将来における違法な捜査の抑制の見地から妥当ではないとして、違法収集証拠として証拠能力が否定される可能性が高いという考察できます。
ちなみに、最高裁判所は、窃盗と覚せい剤の所持の事実については、第一審の裁判を行った大津地方裁判所に「もう一回裁判をやり直せ」ということで、裁判のやり直し(差し戻し)を命じています。
やり直し裁判を行った大津地方裁判所で、どのような判決が出されたかの情報はありませんが、最高裁が、
- 覚醒剤の使用についてのみ無罪
という結論を出しているので、最高裁の命でやり直し裁判を行った大津地裁では、
- 窃盗と覚醒剤の所持については有罪
という判決を出しているものと思われます。
捜査は違法だが、違法収集証拠とはならず、有罪判決となった判例
今度は、逆に、捜査手続に違法があったものの、違法の程度が軽微であり、違法捜査で押収された証拠物が違法収集証拠とまではいえないとされ、きちんと有罪が出た事件の判例を紹介します。
(最初に紹介した違法収集証拠を定義した判例と同じ判例です)
事案の内容
警察官が、覚せい剤の使用または所持の容疑が、かなり濃厚に認められた犯人に対し、職務質問中、犯人の承諾なしに、犯人の上着のポケットに手を入れて、所持品を取り出して検査しました。
そして、犯人が覚醒剤を所持していることを発見し、覚醒剤を押収しました。
この所持品検査が、職務質問に附随する所持品検査において許容される限度を超えた行為であるとされました。
本来、裁判官が発する捜索差押令状がなければ、犯人の承諾なしに、犯人の上着のポケットに手を入れて、所持品を取り出して検査することはできません。
とはいえ、結論として、最高裁は、本件の所持品検査について、
『警察官が所持品検査として許容される限度をわずかに超え、その者の承諾なく、そのうわぎのポケットに手を差し入れて取り出し押収した点に違法があるに過ぎない』
として、証拠物(犯人から所持品検査で押収した覚醒剤)の証拠能力は肯定されました。
結果、犯人は、覚せい剤取締法違反(覚醒剤の所持)で有罪となりました。
考察
この事件に関しては、犯人の承諾なしに、犯人の上着のポケットに手を入れて、所持品を取り出して検査した行為に違法はあったものの、
『令状主義の精神を没却』し、『将来における違法な捜査の抑制の見地から相当でない』ところまで達する違法ではなかった
ため、所持品検査で押収した覚醒剤が違法収集証拠にはならなかったということです。
第二次証拠の証拠能力
捜査官が覚醒剤の密売人から押収した覚醒剤(「第一次証拠」と呼ばれる)について、その押収手続に違法があり、押収した覚せい剤が違法収集証拠と判断された場合で、その覚醒剤が覚醒剤であることを示した鑑定書(「第二次証拠」と呼ばれる)も違法収集証拠とされるか否かという問題があります。
つまり、「第一次証拠」であった場合に、「第二次証拠」も違法収集証拠であるとされるかという問題です。
この点に関する以下の判例があります。
二次証拠の証拠能力を否定しなかった事例
尿の提出及び押収手続は違法性を帯びるが、尿についての鑑定書の証拠能力は否定されないとした事例です。
裁判所は、
- 覚せい剤使用事犯の捜査に当たり、警察官が被疑者宅寝室内に承諾なしに立ち入り、また明確な承諾のないまま同人を警察署に任意同行したうえ、退去の申し出にも応ぜず同署に留め置くなど、任意捜査の域を逸脱した一連の手続に引き続いて尿の提出、押収が行われた場合には、その採尿手続は違法性を帯びるものと評価せざるを得ないが、被疑者に対し警察署に留まることを強要するような警察官の言動はなく、また、尿の提出自体はなんらの強制も加えられることなく、任意の承諾に基づいて行われているなどの本件事情の下では、その違法の程度はいまだ重大であるとはいえず、右尿についての鑑定書の証拠能力は否定されない
と判示し、第一証拠の尿の証拠は違法性を帯びるとしつつ、第二次証拠である尿の鑑定書の証拠能力を認める判断をしました。
二次証拠の証拠能力を否定した事例
窃盗被疑事件について逮捕状が発付されていたが、警察官が逮捕状を持たずに被疑者方に赴いて被疑者を発見し、被疑者が任意同行にも応じずに逃走したため、逮捕状の緊急執行をせずに被疑者を逮捕するという違法な逮捕を行い、その後、逮捕された被疑者が尿の任意提出に応じた結果、尿から覚醒剤の使用の反応が出て、覚醒剤取締法違反で起訴された事案です。
裁判所は、
- 被疑者の逮捕手続には、逮捕状の呈示がなく、逮捕状の緊急執行もされていない違法があり、これを糊塗するため、警察官が逮捕状に虚偽事項を記入し、公判廷において事実と反する証言をするなどの経緯全体に表れた警察官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を没却するような重大なものであり、本件逮捕の当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力は否定される
と判示し、違法な逮捕に関連して収集された尿(第一次証拠)は違法収集証拠であり、その尿の鑑定書(第二次証拠)も違法証拠であると認め、尿の鑑定書の証拠能力を否定する判断をしました。
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