窃盗罪の既遂の時期の判断基準
窃盗罪の既遂時期は、
犯人が、目的財物に対する他人の占有を排除して、自己または第三者の占有に移した時
と定義されます。
窃盗行為が、ここに至らなければ、窃盗罪は既遂に達せず、窃盗未遂罪が成立するに過ぎない結果になります。
犯罪の既遂と未遂の考え方については前の記事で解説しています。
例を挙げると、コンビニでパンを万引しようとする場合、陳列棚からパンを手に取り、自分のポケットの中に入れた時が、
目的財物に対する他人の占有を排除して、自己または第三者の占有に移した時
となり、窃盗罪は既遂に達します。
この点は、以下の判例で明らかにされています。
この判例で、裁判官は、
- 不法に領得する意思をもって、事実上他人の支配内に存する物体を自己の支配内に移したときは、窃盗罪は既遂の域に達するものであって、必らずしも犯人がこれを自由に処分し得べき安全なる位置にまで置くことを必要とするものではない
と判示しています。
『必らずしも犯人がこれを自由に処分し得べき安全なる位置にまで置くことを必要とするものではない』の意味は、窃盗罪が既遂となるためには、たとえば、万引き犯人が、盗んだ物を自宅などの安全な場所まで持ち帰ることまでを必要としないことを意味します。
万引き犯人が、手に取った物を、店内において、自分のポケットやカバンに入れた段階で、窃盗罪は既遂に達します。
万引き犯人が、未だ店員に捕まるかもしれない店内にいたとしても、それは窃盗罪の既遂の成否に影響しません。
窃盗の既遂時期は、財物の窃取行為を行ったときある
ここで、窃盗罪における「窃取」の意味ついて説明します。
窃取とは、
目的物の占有者の意思に反して、その占有を侵害し、その物を自己または第三者の占有に移すこと
をいいます(詳細は前の記事参照)。
「窃取の定義」と「窃盗の既遂時期」の定義は同じです。
つまり、
窃盗罪の既遂時期は、窃取行為が実現されたとき
と捉えることができます。
いったん占有が移転し、窃盗が既遂に達すれば、未遂に落ちることはない
いったん占有を移転しさえすれば、窃盗罪の既遂は確定し、その後の事情の変化で、窃盗未遂罪に認定落ちすることありません。
この点については、以下の判例で触れられています。
奪取罪は、被害者の所持を奪って、被告人の所持に移したときに既遂となるのであって、被告人の所持が継続することは既遂の要件ではない。
被告人は、被害者の所持する鞄を奪って自己の所持に移した後、階段を2、3段下りたところで、被害者から取還されたことが明かであるから、たとえ奪取と取還とが場所的時間的に極めて接着した状況にあっても、強盗の既遂である。
警察官の警戒網を突破する必要はない。
仙台高裁判例(昭和28年11月30日)
追跡を免れるため逃走する必要はない。
大審院判例(大正12年7月3日)
犯人が永遠かつ安全にその物の経済的価値を保持し、利用し得べき状態にあることも必要でない。
大審院判例(昭和2年12月10日)
奪取した物を犯人が予期どおりに使用したり滅失したりして所有者に損害を加えることは必要でない。
窃盗罪が既遂に達する判断基準が示した判例
どのような場合に窃盗罪が既遂に達するか(犯人が、目的財物に対する被害者の占有を奪って、自己または第三者の占有に移したと言えるか)は、その財物の性質、形状、犯行の日時場所など諸般の事情を勘案して、事案ごとに決することになります。
窃盗罪が既遂に達する判断基準が示された判例として、以下のものがあります。
小型の財物について、窃盗罪が既遂に達する判断基準を示した判例
犯人が身につけることのできるような小型の財物については、犯人がそれを自己のポケットやカバンの中に入れたりすることによって、容易に実力支配をすることができるので、その時点で既遂となります。
万引き事案の判例
大審院判例(大正12年4月9日)
商店の店頭にある靴下を手にとって懐中に納めた場合に既遂となる。
すぐに発見されて取り戻されても既遂とする。
福岡高裁判例(昭和25年4月14日)
商店の店頭で、自己が着用していた上着を商品の毛糸の上にかぶせて、これを上着に包んだ上、右手で抱いて帰ろうとした場合に既遂となる。
広島高裁岡山支判(昭和28年2月12日)
店頭の書籍を自己の着用していた上衣の下脇にはさみ込み、外部から見えないように隠し、いったん店を出ようとした場合に既遂となる。
その後、書籍を返却しても既遂とする。
札幌高裁判例(昭和28年4月23日)
理髪店のタオル、石けん等を白衣に包んで待合室まで運んだ場合に既遂となる。
東京高裁判例(昭和29年5月11日)
店舗内において、服地の陳列棚の上にあった服地1巻を、着ていたオーバーの下にひそませ、その上から服地をかかえて出口に向かって2 、 3 歩 歩いた場合に既遂に達する。
その後、店舗前を通りかかった制服警官と目があったため元の揚所に引き返しても既遂とする。
東京高裁判例(昭和31年3月15日)
店舗内において、陳列台に陳列してあった紳士服地の中から、巻いてある服地を抜き取り、自己が着用していたコートの内側左脇に入れて隠匿した場合に既遂に達する。
数名の店員が監視している中で犯行が行われ、店員に発見されたとしても既遂とする。
東京高裁判例(平成4年10月28日)
スーパーマーケット店内で、買物かごに商品を入れ、店員の監視の隙を見て、レジの脇のパン棚の脇から買物かごをレジの外側に持ち出し、これをカウンターの上に置いて備付けのビニール袋に商品を移そうとしたところを、店員に取り押さえられた事案で、
- レジで代金を支払わずに、その外側に商品を持ち出した時点で、商品の占有は被告人に帰属し、窃盗は既遂に達すると解すべきである
- なぜなら、買物かごに商品を入れた犯人が、レジを通過することなく、その外側に出たときに、代金を支払ってレジの外側へ出た一般の買物客と外観上区別がつかなくなり、犯人が最終的に商品を取得する蓋然性が飛躍的に増大すると考えられるからである
と判示。
万引き事案以外の判例
札幌高裁判例(昭和26年7月12日)
コーヒー缶1個を所携の手提げ袋に入れた場合に既遂に達する。
東京高裁判例(昭和30年3月16日)
交番で拳銃を取り出しこれを自己のポケットに入れ、2、3歩出かかった場合に既遂に達する。
ポケットが浅く拳銃が長いものであったため、拳銃が全部ポケットに収まらず、半分近く丸見えの状態であっても、拳銃を取り出しこれを自己のポケットに入れた時点で既遂とする。