刑法(窃盗罪)

窃盗罪⑪ ~「実行の着手」「実行の着手の定義・機能」「侵入盗(家屋、倉庫・土蔵)における実行の着手」を判例などで解説~

実行の着手とは?「実行の着手」の概念と機能

 犯罪の成立過程(時系列)は、

決意➡実行の着手➡実行の終了➡結果の発生

の4段階になります。

 「実行の着手」とは、

犯罪の実行行為の開始を指す概念

のことをいいます。

 「実行の着手」を考える意義は、

犯罪の既遂と未遂を区別すること

にあります。

 窃盗罪において、「実行の着手」(たとえば、侵入盗における物色行為)があったと認められるのであれば、少なくともこの段階で、窃盗未遂罪は成立することになります。

 さらに犯行が進み、「実行の終了」➡「結果の発生」まで至れば、窃盗の既遂罪が成立することになります。

 もし、「実行の着手」または「実行の終了」に至ったが、何らかの事情によって、「結果の発生」まで至らなかった場合は、窃盗未遂罪が成立するにとどまることになります。

「実行の着手」の具体的な定義

 「実行の着手」は、実際に目的物に対する他人の占有を侵害し始めたことまでは必要なく、

目的財物の占有を侵すについて密接な行動を開始したことで足りる

とされています。

 この点は、以下の判例で示されています。

大審院判決(大正6年10月11日)

 この判例で、裁判官は、

  • 窃盗罪が成立するには、他人の事実上の支配内にある他人の財物を自己の支配内に移すことを要す
  • ゆえに他人の財物を領得する意思に出づる行為といえども、未だ他人の事実上の支配を侵すにつき密接せる程度に達せざる場合においては、窃盗罪に着手したということはできない

と判示しています。

東京高裁判決(昭和29年4月5日)

 この判例で、裁判官は、

  • 着手ありというには、侵入後、物品を物色するなど、窃取しようとする物に対する事実上の支配を侵すについて密接な行為をしなければならない

と判示しています。

 どのような場合に、目的財物に対する他人の財物の占有を侵害する行為(窃取行為)を開始したといえるかは、

  • 財物の形状、窃取行為の状況、犯行日時場所等の事情を考慮して
  • 一般人の通念によれば、占有侵害の具体的危険が発生したと評価されるかどうか

により判断されます。

各種窃盗罪における実行の着手

 窃盗罪は、犯行態様により、

  • 侵入盗
  • すり
  • 車上あらし
  • その他

に分類できます。

 それぞれの犯行態様における「実行の着手」の判断基準を判例で説明します。

侵入盗における実行の着手

家屋への侵入の場合、物色行為で窃盗の実行の着手が認められる

 判例は、家屋への侵入盗の場合には、窃取しようとする財物を物色すれば着手ありとする

物色説

の考え方をとっています。

最高裁判所判例(昭和23年4月17日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人らは、共謀のうえ、ジャガイモその他食料品を窃取しようと企て、A方に侵入し、懐中電灯を利用して、食料品等を物色中、警察官等に発見さられて、その目的を遂げななかったというのであるから、この時、既に窃盗の着手があったとみるのは当然である

と判示し、侵入盗について、物色説の立場をとっています。

 家屋内で物色行為があった場合には、その時点で窃盗の着手を認めてよいとする考えは、判例上でも学説上でも通説の考え方になっています。

物色以外でも実行の着手は認められる場合がある

 ここで注意したいのが、

物色行為がなければ窃盗の着手ありとは認められないわけではない

ということです。

 物色行為以外でも、

財物の占有を侵すについて密接な行為

があれば、「実行の着手」が認められます。

 このことは、以下の判例で示されています。

最高裁判所判例(昭和40年3月9日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、午前0時40分頃、電気機具商たる本件被害者方店舗内において,所携の懐中電灯により真暗な店内を照らしたところ,電気機具類が積んであることがわかった
  • なるべく金をとりたいので、自己の左側に認めたタバコ売場の方へ行きかけた際,本件被害者らが帰宅した事実が認められるというのであるから,被告人に窃盗の着手行為があったものと認め、刑法235条の「窃盗」犯人にあたる

と判示しました。

 深夜の店舗内に侵入し、懐中電灯で店内を照らして、金目の物がありそうな場所へ向かう行為のように、

「物色」という言葉を広く解すれば物色がなされた事案と見られなくもないが,物色の前段階の行為とも見られなくもない行為

であっても,最高裁判所が窃盗の着手を認めている点がポイントになります。

大審院判例(昭和9年10月19日)

 この判例で、裁判官は、

  • 物色のため、タンスに近寄りたるがごときは、事実上の支配を侵すにつき、密接な行為をなしたるもの

と判示しており、「物色のためタンスに近寄った」ものであっても、財物の占有(事実上の支配)を侵す密接な行為をしたものとして、窃盗罪の実行の着手を認めています。

倉庫への場合は、侵入した時点で窃盗の実行の着手が認められる

 倉庫や土蔵のように、その中には財物しかなく、そこに不法に侵入するのは、通常、在庫の財物を窃取しようとする場合しかないような建造物の場合には、そこへの侵入自体が在庫物の占有侵害の具体的危険をうかがわせるものとして、

侵入行為に着手した時点

で窃盗の実行の着手が認められる場合があります。

 この点は、以下の判例で明らかにされています。

名古屋高裁判例(昭和25年11月14日)

 この判例で、裁判官は、

  • 一般に窃盗の目的で、他人の住家に侵入しようとしたときは、窃盗の着手があったものと認むることはできない
  • けれども、土蔵内の品物を窃取しようと思って,土蔵内に侵入したときは窃盗の着手があったものと解すべきである
  • 住家の場合は,被告人の主観を除けば、窃盗するのか、暴行するのか、姦淫するのか客観的には判明しないので、窃盗の着手をしたものと認めることはできない
  • しかし、土蔵の場合には、通常窃取すべき財物のみがあって、人が住んでいないのが通常であるから、これに侵入しようとすれば、財物を窃取しようと企てていることが客観的にも看取することができる
  • これは、たんすの中の物を取るつもりで、引き出しに手を掛けて開きかけた場合や、トランクの中の物を取るつもりで、その錠を破壊して開きかけた場合に窃盗の著手があったものと解するのと全く同様であると解すべきである
  • したがって、本件において、被告人らが、窃盗の目的で土蔵に侵入しようとして土蔵の壁の一部を破壊したり,又は外扉の錠を破壊してこれを開いたことは、窃盗の着手をしたものと解すべきである

と判示しました。

 家屋の場合は、家屋内で物色行為をしてはじめて窃盗の実行の着手があるとされます。

 これに対し、倉庫や土蔵の場合は、錠を壊すなどの侵入行為があれば窃盗の実行の着手が認められます。

高松高裁判例(昭和28年2月25日)

 この判例で、裁判官は、

  • 倉庫内の肥料を盗むため、工場内に侵入してその倉庫に到り、その扉を開こうとして、扉の開かないようにしてあるボールドに仕掛けてあった錠をスパナーで叩いてねじ切り、次にボールドに捻じ込まれてあったナットを抜き取ろうとしたが(このナットが抜けたら扉はたやすく開くところであった)錠をねじ切る際にボールドのネジの条が潰れたため、ナットが抜けなかったうちに警備員に発見せられてその場から逃走した事案では、その窃盗は着手の段階に達しているものと言わなければならない

と判示し、倉庫の錠の破壊行為をした時点で、窃盗の実行の着手があったと判断しました。

高松高裁判例(判昭28年1月31日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、K方納屋内に侵入し、納屋の奥すみに設けられた米倉前に至り、所携の釘抜をもって米倉入り口の南京施錠を破壊しようとしたところ、Kに発見誰何せられた事実を認めることができる
  • そして、K方が農家であり、米倉は納屋のー隅にー区割をなして、専ら米類を入れるため設けられたものであることは明かである
  • よって、このような場所の施錠を破壊しようとした以上、既に窃盗の着手はあるものと認めるのが相当である

と判示し、納屋の錠の破壊行為をしようとした時点で、窃盗の実行の着手があったとしました。

 逆に、窃盗の実行の着手が否定された判例として、以下のものがあります。

仙台高裁判例(昭和27年7月25日)

 裁判官は、

  • 被告人は、Sと共に、酒気を帯びてニワトリを窃盗しようとして、ニワトリ小屋前に行った
  • しかし、その入口が非常に狭いので、体を屈して右足と右肩を入れたが、内部が暗いため、外に出ようとしたときNに発見せられ逃走したものと認められる
  • しかし、未だニワトリを窃取しようとして、小屋内に身体全部を入れたものと思われない
  • また、ニワトリを認めて、これを捕えようとして手を出すとか、探すとかの所為に出たものとも認められない
  • そうであれば、被告人の本件所為は、未だ窃盗の予備的行為の範囲内に属す

として、窃盗の実行の着手はなかったとしました。

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