住居侵入罪と不退去罪の関係
刑法130条の前段の住居侵入罪(又は建造物侵入罪)と、後段の不退去罪との関係について説明します。
住居侵入罪(又は建造物侵入罪)と不退去罪の関係で問題になるのは、
住居又は建造物に不法に侵入した後、住居者又は看守者から退去の要求があったにもかかわらず、退去せずそのまま滞留し続けた場合、住居侵入罪や建造物侵入罪に加えて、不退去罪も成立するのか否か
という点です。
この問題点に対する答えは、
住居侵入罪又は建造物侵入罪が成立する場合、その後に続く不退去罪は成立しない
というのが答えになります。
侵入罪は継続犯なので、侵入者が退去するまで犯罪行為が継続します。
侵入罪が継続する中で、住居者又は看守者からの要求に応じずに退去しなかったとして、その時点で、継続中の侵入罪が強制的に途切れて、不退去罪に切り替わるということはありません。
この場合、継続する侵入罪が成立するのみで、不退去罪は成立しないというのが判例の考え方です。
このような結論になる論拠としては、住居侵入罪(建造物侵入罪)の犯罪行為が継続している以上、退去要求後の不退去を取り出して、あらためてそれを不退去罪として評価するまでのことは、同じ法益であることからいって必要がないことにあります。
参考になる判例として、以下の判例があります。
最高裁判決(昭和31年8月22日)
この判例で、裁判官は、
- 建造物侵入罪は、故なく建造物に侵入した場合に成立し、退去するまで継続する犯罪であるから、同罪の成立する以上、退去しない場合においても、不退去罪は成立しない
と判示しました。
住居侵入罪(建造物侵入罪)と不退去罪は、同時には成立しないが、どちらか一方を選択して成立させることができる
上記判例のとおり、住居侵入罪(建造物侵入罪)と不退去罪は、同時には成立しませんが、どちらか一方を選択して成立させることができます。
この点について、以下の判例があります。
東京高裁判決(昭和50年12月4日)
この判例は、検察官が不退去罪で起訴したところ、建造物侵入罪が成立することを理由に、不退去罪につき直ちに無罪とした一審判決を破棄した判例です。
裁判官は、
- 原判決が、不退去の訴因についてのみ審理判断して被告人を無罪とし、その審理の過程において、検察官に対し、建造物侵入に訴因変更を促したり、あるいは、これを命じたりした形跡がないことは記録上明らかである
- しかし、建造物侵入に訴因を変更すれば、直ちに有罪の判断をなし得ることは本件証拠上明白であり、これは原判決も自認するところである
- しかも、建造物侵入罪が不退去罪と同程度に重要な犯罪であることもまた肯定できるのであるから、原裁判所が検察官に対し、訴因変更の意思の有無を確かめ、あるいは、これを促すことすらしなかったのは、事実審の職責たる訴因に関する釈明権の行使を怠ったものといわざるを得ず、右の訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである
- それゆえ、原判決はこの点において破棄を免れない
と判示し、不退去罪が成立しなくても、建造物侵入罪が成立することを指摘しました。
東京高裁判決(昭和48年3月27日)
この判例は、検察官が建造物侵入の点は不問とし、立証上の理由から不退去罪の事実のみを訴因として起訴したことには、違法も不当もないとしました。
裁判官は、
- 刑法130条後段の不退去罪は、適法に住居、建造物等に立ち入った者が要求を受けて退去しない場合に成立するもので、当初から不法に侵入した者については、同条前段のみが適用され、不退去罪を論ずべきではないのに、原判決が被告人ら学生の講堂占拠を違法としながら、不退去罪を認めたことは矛盾であるというが、所論引用の判例は、建造物侵入罪は故なく建造物に侵入することにより成立し、退去するまで継続する一罪であるから、侵入者が退去を求められて応じなかった場合においても、侵入罪のほかに不法退去罪の別罪は成立しない旨を判示したものである
- 本件において、検察官が建造物侵入の点は不問とし、立証上の理由等から不退去の事実のみを訴因として起訴したと解し得られ、そのことに違法も不当もないから、原判決が訴因事実を認定して、不退去罪の成立を認めたことは、講堂の占拠を違法と認めたことと矛盾するものではない
と判示し、検察官が建造物侵入罪を起訴せず、不退去罪の方で起訴した場合においては、不退去罪の成立を認めることができるとしました。