不法原因給付金に対しても恐喝罪は成立する
不法原因給付とは、売春、違法なわいせつ写真の販売、賭博などの不法な原因に基づいて、相手になされる給付です。
判例は、恐喝罪、詐欺罪、恐喝罪、横領罪、強盗殺人罪につき、不法原因給付であるため民法上の返還請求権がない場合でも、各罪の成立を認めています。
今回は、不法原因給付金を恐喝した場合の恐喝罪(刑法249条)の成否について、判例を示して説明します。
恐喝罪で不法原因給付が問題となった判例
東京高裁判決(昭和38年3月7日)
相被告人Aが、Bに対し、わいせつ写真を600円で売ると称して、Bから1000円を受け取り、被告人Cにおいて単なるグラビアのヌード写真を交付したので、 Bが1000円の返還を請求したところ、共犯者らでBを取り囲んで恐喝し、Bに1000円の請求を断念させた事案です。
まず、被告人の弁護人は、
- Bが1000円を交付したのは、とりもなおさず「不法の原因のため給付をなしたもの」に該当し、Bとしては、その返還を請求し得ないものであるから、Bとしては、損害を受くべき財産上の利益は、はじめから存在せず、原判決が本件を恐喝罪と認定したのは違法である
と主張しました。
この主張に対し、裁判官は、
- 金1000円が全額わいせつ写真の対価として支払われたものとはいい難いけれども、仮りに右1000円が所論のごとくわいせつ写真売買のための代金として支払われたものとしても、その不法の原因は受益者たる被告人らについてのみ存し、買受人たるBには存しないことは、刑法175条の規定に照し明らかなところであるから、右Bとしてはもとよりその給付したものの返還請求権を失わないものといわなければならない
と判示して、不法原因給付でも返還請求ができる場合であるとし、恐喝罪の成立を認めました。
名古屋高裁判決(昭和25年7月17日)
この判例は、売春行為をさせた後に、恐喝手段を用いて売春の対価の支払を免れた事案です。
まず、被告人の弁護人は、
と主張しました。
この主張に対して、裁判官は、
- 弁護人の主張は、被害者の損害填補を本質的目的とする民事上の責任と、犯人の悪性ないし道義的責任の追究を本質的目的とする刑事上の責任と混同する誤に坐するものである
- 民事上売淫の対価の請求を容認することは、公序良俗に反する行為を保護するものであって不当なことは明らかであるが、刑事責任としては被害者の保講ないし救済はこれを目的とせず、当該犯人の悪性ないし道義的責任の追究を目的として、そのために被害者をある程度に保護する結果を生じたとしても、それは単に反射的作用に過ぎず、その反射的作用によって生ずる害よりも、その犯人に対する処罰が社会の秩序を維持する上により一層重要であると考えられる点において、法の保護を受け得ない経済的利益についても、財産犯の成立を肯定せざるを得ないのである
と説明して、恐喝罪の成立を認めました。
売春行為の対価に対しては、恐喝罪は成立するが、詐欺罪は成立しない
ちなみに、売春行為の対価に対する恐喝罪の成立は認められますが、詐欺罪の成立は認められないというのが判例と立場です。
参考に以下の判例を紹介します。
売春行為をさせた後に、人を欺く手段を用いて売春の対価の支払を免れた詐欺罪の事案です。
裁判官は、
- 元来、売淫行為は善良の風俗に反する行為であって、その契約は無効のものであるから、これによって売淫料債務を負担することはないのである
- 従って、売淫者を欺罔して、その支払を免れても財産上不法の利益を得たとはいい得ないのである
- よって、右(売淫料の部分)1000円については詐欺罪は構成しない
と判示し、売春行為の対価に対する詐欺罪の成立を否定しました。
福岡高裁判決(昭和29年3月9日)
同じく、売春行為をさせた後に、人を欺く手段を用いて売春の対価の支払を免れた詐欺罪の事案で、裁判官は、
- 花代なるものが、売淫行為の対価であるならば、その対価請求権は、明らかに昭和22年勅令第9号違反の犯罪行為それ自体によるもので、法律上なんらの保護も与えられないものである
- 従って、その限りにおいては、刑法第246条第2項の詐欺罪の成立する余地はない
と判示して、売春行為の対価に対する詐欺罪の成立を否定しました。
上記2つの売春行為の対価に対する詐欺罪の成立を否定した判例は、売春行為の対価に対する恐喝罪の成立を認める判例の結論と相反します。
詐欺罪を成立する理由は、売春行為の役務と債権自体に不法性があり、また、被害者の財産の「占有の侵害」の場合ではないためと評価されています。
しかし、恐喝罪の場合は、詐欺罪の場合とは異なり、保護法益が「財産」の侵害だけではなく、「身体の安全」も含まれています。
なので、恐喝罪を詐欺罪と同様に考えることはできず、売春行為に対する恐喝においては、被害者の「財産」だけでなく、「身体の安全」も侵害することから、恐喝罪の成立を認める結論は妥当であると評価されます。