傷害罪における教唆犯
教唆犯とは?
まず、教唆犯について説明します。
教唆犯とは、
人をそそのかして犯罪を実行させた者
をいいます(刑法61条1項)。
たとえば、殺人をした犯人Aが、友人Bに対し、
「殺人に使った包丁が家にある。その包丁を川に投げ捨ててくれ」
と言って証拠隠滅を頼み、友人Bが犯人Aの言うとおりに包丁を川に投げ捨てたとします。
この時、友人Bには、証拠隠滅罪が成立します。
そして、友人Bをそそのかして証拠隠滅罪を行わせた犯人Aに対しては、
証拠隠滅罪の教唆犯
が成立することになります(教唆犯に関する詳しい説明は前の記事参照)。
傷害罪における教唆犯の判例
傷害罪のおける教唆犯の参考となる判例を紹介します。
大審院判決(明治29年5月18日)
この判例は、被害者に暴行するように人を教唆をしたところ、結果的に、暴行を教唆された者が、暴行罪ではなく、傷害致死罪を犯した場合について、教唆者に成立する罪は、暴行罪の教唆犯ではなく、傷害致死罪の教唆犯であるとしました。
裁判官は、
- 殴打罪(※現在の暴行罪)は、犯人において、被害者を創傷するの意思あると否とを論ぜず
- 結果によりて、その罪を構成するものなるが故に、殴打致死(※現在の傷害致死罪)の場合において、その殴打を教唆したるものは、殴打致死罪の教唆者として処断すべし
と判示しました。
この判例の考え方は、現在の裁判でも採用されている考え方になります。
大審院判決(明治42年5月11日)
この判例は、被害者に暴行を加えてけがをさせろと命じていなくても、暴行を加えることを命じた以上は、結果として被害者が傷害を負った場合は、被告人において、傷害結果を予見していたものといわなければならないとしました。
裁判官は、
と判示しました。
大審院判決(明治43年12月9日)
この判例で、裁判官は、
- 傷害罪の教唆に必要なる犯意は、教唆者において、人に対し、暴行を加えるべきことをを教唆することの認識あるをもって足り、その暴行により傷害の発生することを認識するを必要とせず
- 従って、たとえ教唆者において傷害を生ぜざる限度において、他人に暴行を加えるべきことを教唆するも、その教唆に基づき、暴行を加え、よって傷害を生じたる以上は、刑法第204条に規定する傷害罪の教唆をもって論ずべきなり
と判示しました。
傷害罪における幇助犯
幇助犯とは?
幇助犯とは、
正犯(犯罪の実行者)を手助けした者
をいいます(刑法62条1項)。
幇助とは、正犯(犯罪の実行者)を手助けし、より簡単に犯罪を実行できるようにすることです。
幇助犯は、
- 幇助の意思をもって、人を幇助すること
- 幇助された者が犯罪を実行すること
により成立します(幇助犯に関する詳しい説明は前の記事参照)。
傷害罪における幇助犯の判例
傷害罪のおける幇助犯の参考となる判例を紹介します。
大審院判決(昭和2年3月28日)
この判例は、犯行現場における口頭での助言について、傷害致死、傷害の幇助を認めた事例です。
事案は、数名が前もって謀議に基づき、相手を待ち伏せ、相手とその同伴者2名を丸太などで殴打して死傷させたというものです。
傷害現場付近で、共犯者の一人に「ぐずぐず言うなら一層展してしまへ」と主犯格の者に言えと申し向けて助言して、傷害致死傷の幇助に問われた被告人について、裁判官は、
- 原判決は、被告において、他に傷害の犯行あることを意識し、これを幇助するの意思をもって、その犯行者に対し、原判示のごとき助言を為し、よって、既に傷害の決意を為したる共犯者に対し、その犯意を強固ならしめ、もって、その犯行を幇助したる事を認定したるものにして、その説示により、本件被告の行為が従犯たる主観的及び客観的の構成要件を具備すること明白なり
と判示しました。
大審院判決(昭和15年5月9日)
この判例は、対立中の相手方からの攻撃を予想し、相手からの攻撃があった場合には、闘争に及ぼうという未必の故意を有する正犯の求めに応じて、事前に日本刀を貸与した行為について、傷害罪の幇助を認定しました。
裁判官は、
と判示し、将来の傷害罪の実行を想像して武器を提供する行為は、武器を提供された者が傷害罪を実行した際には、傷害罪の幇助を成立させるとしました。