脅迫罪における故意(害悪の告知内容についての認識と相手方の了知の予見)
故意で犯罪を行う犯罪(故意犯)については、犯罪を犯す意思(故意)がなければ、犯罪は成立しません(詳しくは前の記事参照)。
脅迫罪(刑法222条)は故意犯なので、脅迫罪の成立を認めるためには、脅迫罪を行う故意が必要になります。
脅迫罪の故意の内容として必要になるのは、
です。
脅迫罪は、『害悪の告知内容についての認識と相手方の了知の予見』の故意があれば足り、脅迫行為の最終的な動機、目的などが相手方を畏怖させること以外にあってもよいとされます。
この点を判示した判例として、次のものがあります。
大審院判決(大正3年6月2日)
自己の妻を畏怖させて帰宅を求めようという目的で、他人に対して害悪を告知して脅迫した事案で、裁判官は、
- 他人をして畏怖心を生ぜしむべきものなること認識して、脅迫行為を実行するにおいては、たとえその最終の目的が、危害の通告を受けたる他人をして畏怖せしむる以外において存すとするも、脅迫罪の成立には何らの影響を及ぼすにあらず
と判示しました。
害悪が実際に発生する可能性の認識・意欲がなくても脅迫罪は成立する
脅迫罪の成立を認めるに当たり、
- 告知する害悪が実際に発生する可能性の認識
- 告知する害悪を実際に発生させる意欲
は、主観的要件として必要ではないと解されています。
害悪発生の可能性の認識と意欲について判示した判例として、以下の判例があります。
名古屋高裁判決(昭和24年10月31日)
この判例で、裁判官は、
- 刑法第222条第1項の脅迫罪は、他人を畏怖せしめる意思をもって、同条所定の法益に対し、害悪を加えるべきことを通告するによって成立し、その通告が害悪を他人に発生せしめる真意に出でたこと、もしくは害悪の通告により、他人を畏怖せしめることを必要としないのである
- 他人を畏怖せしめる意思をもって、その人をして畏怖せしめるべき危険ある害悪を通告するにおいては、害悪の発生を欲望せず、もしくはこれが発生の可能を認識して居らなくとも、はたまた他人に畏怖心を生ぜしめなくとも、その所為は脅迫罪をもって論じなければならぬ
- 被告人が、Yを畏怖せしめる意思をもって、Yに対し「ぐずぐず言うと、中華の兵隊20、30人を連れて来て、中華の国旗を掲げてここに駐屯する」旨を申し向けたことが認め得られる
- たとえ、Yが畏怖しなかったとするも、原判決がこれを脅迫罪に問擬(もんぎ)したのは正当である
と判示し、害悪の発生を欲望せず、その発生の可能性を認識しなくても脅迫罪は成立するとしました。
大審院判決(大正6年11月12日)
被告人が情婦の浮気を疑い、「殺してやる、半殺しにする」などと脅したという事案で、裁判官は、
- 脅迫罪の成立には、通告が害悪を他人に発生させる真意に出たること、もしくは害悪の通告によって他人を畏怖させることを必要とせず
- 他人を畏怖させる意思をもって畏怖させるべき危険ある害悪を通告すれば、害悪の発生を欲望せざるも、また、他人に畏怖心を生ぜしめざるも、その所為は脅迫罪をもって論ずべきものである
と判示しました。