公務所より保管を命ぜられた自己の物(刑法252条2項)に対する横領罪
横領罪(刑法252条)は、
自己の占有する他人の物(刑法252条1項)又は公務所から保管を命ぜられた自己の物(刑法252条2項)を横領する行為を内容とする犯罪
です。
今回は、公務所から保管を命ぜられた自己の物(刑法252条2項)を横領する行為について解説します。
「公務所」とは?
「公務所」には、その公務所を構成する公務員を含みます(大審院判決 明治43年6月28日)。
「自己の物」とは?
「自己の物」とは、『行為者が所有する物』をいいます。
公務所からの保管命令とは?
物について公務所から保管命令を受けた事実があったといえるためには、物に対し、法律上必要な封印などの差押えを明白にすべき方法をとられる必要があります。
執行吏(執達吏)が差押対象物の保管を命ずるに際し、法律上必要な封印等の差押えを明白にすべき方法をとらなかった場合には公務所から保管を命ぜられたというととはできないとした判例として、次のものがあります。
この判例は、被告人が横領したとする物に対し、封印などの差押えを明白にする方法がとられていなかったことから、その物に公務所から保管命令を受けた事実があったとはいえないとして、横領罪の成立を否定し、無罪を言い渡した事例です。
裁判官は、
- 「差押」に際し、執行吏Aが民事訴訟法第566条第2項にいわゆる「差押を明白にする」措置を講じたことを認めることができないから、公訴事実にいう「差押」は、その効力を生じたものとは解されず、差押の目的物たる動産の占有は、債務者、すなわち被告人から同執行吏に移ったとは見られない
- 従って、右差押の目的物を被告人が公訴事実にいうように他に処分したことがあったとしても、それは公訴事実にいうところの犯罪(※横領罪)を構成するものではない
- 畢竟、公訴事実はその証明がないことに帰するのであるから、刑事訴訟法第336条に則り、被告人に対し無罪の言い渡しをする
と判示しました。
被告人が、実弟D及び自己の県税に係る滞納処分として群馬県事務吏員Cから被告人所有に係る撚糸機3台、織機3台及び畳6枚の差押を受け、Cから差押物件の保管を命ぜられてこれを占有中、その撚糸機3台及び織機3台を売却したとして、横領罪に問われた事案です。
裁判官は、
- 執行吏が目的物件に対し、封印その他差押を明白にすべき方法を施行しなかった場合においては、法律上、差押は全然無効に帰し、債務者以外の者に対してはもとより、債務者自身に対してもその効力を生ぜず、目的物件の占有は依然債務者に属し、たとえ執行吏が債務者にその保管を託し、債務者がこれを承諾したとしても、これがためその差押が有効であって該物件の占有は執行吏に帰し、債務者は刑法第252条第2項にいわゆる自己の物につき公務所から保管を命ぜられたものと言うを得ないから、債務者がこれを処分するも横領罪を構成しない
- たとえ徴税吏員において、動産の差押を為す旨を告げて滞納者にこれが保管を命じ、滞納者がこれを承諾したとしても、封印その他の方法により差押を明白にしない限り、差押は法律上無効であつて、滞納者がこれを処分するも、刑法第252条第2項の横領罪を構成しないものと解するのを相当とする
- 然るに、これを本件について見るのに、各差押調書には、被告人が県税滞納金のため群馬県事務吏員Cから、被告人所有に係る機械類及び畳を差し押えられ、その保管方を命ぜられた旨の記載があるけれども、 右徴税吏員Cが、被告人に右物件の保管方を命ずるに当り、封印その他の標識を施して差押を明白ならしめた事実は、これを確認するに足りないので、右差押の効力はこれを認めるに由がないものと言わねばならない
- 果して然らば、被告人が徴税吏員から保管を命ぜられた差押物件を、ほしいままに売却して横領したとする本件公訴事実は、結局その証明なきに帰し、被告人に対しては、無罪の言渡を為すべきである
と判示し、横領罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。
「公務所から保管を命ぜられた」という関係が成立するためには、物について公務所から保管命令を受けた事実があればよいです。
なので、物を公務所に提出し、公務所がいったんこれを領置した後、さらにその占有を提出者に移転するというような手続を履践しなければならないものではありません。
参考となる判例として、次のものがあります。
この判例で、裁判官は、
- 刑法第252条第2項にいう「公務所より保管を命ぜられたる」 関係の成立するためには、単に物につき公務所から保管命令を受けた事実があればいいのであって、まず物を公務所に提出し、公務所が一たんこれを領置した後、更にこれが占有を提出者に移転するというがごとき手続を履践しなければならないわけではない
- 従って、物が公務所に任意に提出されたかどうか、あるいは公務所がいったんこれを領置したかどうかというがごときは、同条にいう保管関係の成立を認定するについて必要な前提条件ではない
- 警察官から保管を命ぜられた以上、物の提出が任意でなかったとか、警察署が事実上の留置をしなかったとかいうことを理由にして公務所から命ぜられた保管関係の成立を否定することはできない
とし、刑法252条2項の横領罪が成立するとしました。
保管命令があったことが認められなければ、横領罪は成立しない
公務所から保管命令があったことが認められなければ、刑法252条2項の横領罪は成立しません。
参考となる判例として、次のものがあります。
大津地裁判決(昭和35年1月14日)
この判例は、収税官吏が差押えの登記又は登録を関係官庁に嘱託し、あるいは差押調査の謄本を滞納者に交付したが、それ以上に更にその保管を命じたことを認められなければ刑法252条2項の横領罪を適用することはできないとしました。
裁判官は、
- 被告人が本件グラインダーマシンを収税官吏から、その保管を命ぜられてこれを保管していたかどうかについて判断するに、刑法第252条第2項にいわゆる公務所より保管を命ぜられたというためには、単に収税官吏が差押の登記又は登録を関係官庁に嘱託し、あるいは差押調書の謄本を滞納者に交付するだけでは足らず、特に更にその保管を命じた場合であることを要すると解する
- 本件についてこれをみるに、収税官吏である大津税務署長が、K所有の工場財団を差し押さえるにあたり、大津地方法務局に差押の登記を嘱託し、差押調書の謄本を右会社に送達したことは認めるが、更に右会社あるいは被告人に工場財団の全部又は一部の保管を命じたことを認めることができず、他にこのことを認め得るに足る資料は存しない
- そうだとすると、前記のように被告人が収税官吏から本件グラインダーマシンの保管を特に命ぜられたことを前提とする横領罪の公訴事実は、結局、犯罪の証明がないことに帰し、無罪というほかはない
と判示しました。
他人が保管命令の封印を損壊した後でも、所有者が保管命令があった物を領得すれば、横領罪が成立する
名古屋高裁判決(昭和31年10月30日)
この判例は、第三者が処分禁止の仮処分の公示書を執行吏に無断で剥離した後、その物件を保管していた者と共謀し、ほしいままに他に搬出した者を横領罪に問擬した事例です。
刑法252条2項の横領罪の成立を認めるにあたっては、有効な保管命令があればよいから、執行吏により工場内の織機等について処分禁止の仮処分がなされ、所有者に対して各物件の保管を命じた後、所有者の長男が無断で仮処分の公示書を剥離損壊しても、その後の所有者による領得行為に対しては、刑法252条2項の横領罪が適用されるとしました。
裁判官は、
- 被告人の所為が封印破棄罪を構成しないとの点は疑問の余地はないにしても、被告人は、物件が執行吏代理から処分禁止の仮処分をなされ、その命によりYがその工場内において保管しているものであること及びYが右仮処分の公示書をその執行後、間もなく執行吏に無断で剥離、損壊してしまったことを知りながら、Yと意思を相通じ、共謀のうえ、ほしいままに前記物件をその自宅に運搬したものであることを認めることができる
- 殊に被告人は、搬出に当たり、Yから勝手に持ち出して法に触れないかといわれた際、自分のものを自分のところに持って行くに何の不足があるものかと答えたことがうかがわれる
- そして、右のように一旦執行吏により適法に仮処分が執行され、その旨の標示がなされたうえ、Yにその保管が命ぜられた以上、その後、間もなく、Yが執行吏に無断で右公示を剥離損壊しても、仮処分及びこれに基く右保管命令の効力は依然として適法に存続するものと解するのが相当である
- よって、被告人が、仮処分の執行を受け、Yが執行吏から保管を命ぜられた物件であることを知りながら、何ら適式に仮処分の執行を解除する方途を講ずることなく、Yと意思を相通じ共謀のうえ、ほしいままにY方の標示の箇所から、これを自己のものであるとして被告人方の住居に搬出した所為は、仮にそれが真実被告人自身の所有物であったにしても、横領罪を構成すること明らかであるといわなければならない
と判示しました。