ひったくり行為と強盗罪の成否
ひったくりは、被害者の油断を見すまして、その所持品(主にハンドバッグや鞄)をつかんで逃げ出す行為です。
ひったくりが、強盗罪における反抗を抑圧する程度の暴行といえるかが問題になります。
ひったくりによる暴行は、比較的軽微なものもあり、必ずしも強盗罪の成立要件である「相手方の反抗を抑圧する暴行」に至らない場合もあります。
実際には、被害者があっけにとられている間に、行為者が物を奪って逃げ出すのが通例であり、暴行がその限度にとどまる限り、強盗罪にいう暴行に当てはまらず、窃盗罪が成立するにとどまるケースも多々あります
どのような態様のひったくり行為が強盗罪として認定されるかは、判例の動向を見て理解するのが良いでしょう。
ひったくり行為について、強盗罪の成立を認めた事例
以下の判例の事例は、ひったくり行為について、被害者の反抗を抑圧する行為と認め、強盗罪又は強盗致傷罪の成立が認められています。
① 夜間、人通りの少ない路上で、歩行中の婦人の背後から、その右腕のひじにかけていたハンドバッグに手をかけ引っ張ったところ、相手が離さずに転倒したため、さらに婦人をバッグもろとも数メートルにわたり路上を引きずり回した行為(名古屋高裁判決 昭和42年4月20日)
② 夜間、人通りの少ない路上で、自転車に乗っていた婦人の背後から、原付自転車の速度を上げて追い越しざまに、婦人が右手で自転車のハンドルと共に持ち手を握っていたハンドバッグを無理に奪い取ろうとした行為(東京高裁判決 昭和38年6月28日)
③ 夜間、人通りの少ない路上で、自動車の窓から歩いている女性のハンドバッグのバンドに手を掛けてひったくろうとしたが、相手が奪われまいとして手離さなかったため、さらにこれを奪取しようとして、バンドをつかんだまま自動車を走らせ、被害者を引きずって路上に転倒させたり、車体に接触させたり、あるいは道路脇の電柱に接触させたりした行為(強盗致傷罪を認定、最高裁決定 昭和45年12月22日)
④ 夜間、人通りの少ない脇道で、追い抜きざまに被害者の自転車の荷かご内のバッグをひったくろうとして、被害者を自転車ごと転倒させ、その後、バッグを離さない被害者の顔面を数度にわたって殴った行為(強盗致傷罪を認定、福岡高裁判決 平成14年9月11日)
なお、この判例は、
- 本件犯行時刻は、夜分であり、人通りがなかったこと
- 被害者は女性であり、被告人とは体格差があること
- 被告人は、背後からいきなり接近し、自転車ごと被害者を転倒させたこと
- 被害者は、尻餅をつかされていたので、身動きのとりにくい状態であったこと
- バッグを離さない被害者の顔面を殴打して被害者をひるませ、その隙に財物を奪ったこと
- 被害者は、さらに暴行を受けるのではないかと非常に怖かった旨の供述をしていること
などを総合すると、一連の暴行は、被害者の反抗を抑圧するに足りるものと認められるから、被告人の行為は強盗致傷罪に該当すると判示しています。
ひったくり行為について、強盗罪ではなく、傷害罪と窃盗未遂罪を認めた事例
ひったくり行為について、強盗罪ではなく、傷害罪と窃盗未遂罪を認めた事例として、以下の判例があります。
大阪高裁判決(平成9年8月28日)
この判例は、通行人の顔面を拳で殴り、手提げ鞄を奪取しようとしたが失敗し、その際、被害者に傷害を負わせたとの事案につき、強盗致傷罪の成立を認めた原判決が破棄され、傷害罪と窃盗未遂罪の成立を認めた事例です。
裁判官は、
- 被告人は、被害者を認めた際、とっさに手拳で顔面を一回殴打すれば、反抗されずに容易に手提げ鞄を奪うことができるものと思い込み、それ以上の暴行を加えることは考えていなかったこともあって、一回殴打した後は、積極的に暴行を加えておらず、被害者は殴打された後、直ちに被告人を取り押さえようとして、組み伏せたことが認められる
- 以上のような諸点を総合すると、被告人の本件暴行は、いまだ被害者の反抗を抑圧するに足る程度には至っていなかったと解するのが相当である
と判示し、 強盗罪ではなく、傷害罪と窃盗未遂罪の成立を認めました。