前回の記事の続きです。
同時傷害の特例(刑法207条)が適用されるには、次の4つの要件が必要となります。
- 2人以上の者による暴行
- 共謀の不存在
- 共同実行行為との類似性(同一機会ないし場所的・時間的近接性)
- 傷害の原因をなした暴行の不特定
今回の記事では、③の共同実行行為との類似性(同一機会ないし場所的・時間的近接性)について説明します。
③ 共同実行行為との類似性(同一機会ないし場所的・時間的近接性)
同時傷害の特例(刑法207条)が適用されるには、暴行を加えた数人について、たとえ意思の疎通がなく、共同実行の意思でなされたものでないとしても、外形的には、共同実行行為と変わりないものと評価できるものである必要があります。
つまり、2人以上が実行した暴行行為が、共謀はないものの、共同正犯と類似するものである(共同正犯と類似の外形がある)と評価できる必要があります。
参考となる判例として、以下のものがあります。
裁判官は、
- 刑法207条は、もともと数人によるけんか闘争などのように、外形的にはいわゆる共犯現象に類似しながら、実質的には共犯でなく、あるいは共犯の立証が困難な場合に、行為者を知ることができず、又はその軽重を知ることができないというだけの理由で、生じた結果についての責任を行為者に負わせ得ないとすることの不合理等に着目し、刑事政策上の要請から刑法の個人責任の原則に譲歩を求め、一定の要件のもとに、共犯者でない者を共犯者と同一に扱うことにしたものである
- したがって、右立法の趣旨から すれば、同条の適用を認め得るのは、原則として、(イ)数人による暴行が、同一場所で同時に行なわれたか、または、これと同一視し得るほど時間的、場所的に接着して行なわれた場合のように、行為の外形それ自体が、いわゆる共犯現象に強く類似する場合に限られ、かりに、(ロ)右各暴行間の時間的、場所的間隔がさらに広く、行為の外形面だけでは、いわゆる共犯現象とさして強度の類似性を有しない場合につき同条の適用を認め得るとしても、それは、右時間的、場所的間隔の程度、各犯行の態様、さらに暴行者相互間の関係等諸般の事情を総合し、右各暴行が社会通念上同一の機会に行なわれた一連の行為と認められ、共犯者でない各行為者に対し生じた結果についての責任を負わせても著しい不合理を生じない特段の事情の認められる場合であることを要すると解するのが相当である
と判示しました。
裁判官は、
- 同時傷害の特例を定めた刑法207条は、2人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている
- 同条の適用の前提として、検察官は、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであることの証明を要するというべきであり、その証明がされた場合、各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないというべきである
と判示しました。
共犯関係が全く疑われない事案に対し、同時傷害の特例は適用されない
実際に、本条の適用が問題となる事案は、傷害・傷害致死事実とそれに関係したと疑われる2人以上の者が明らかになり、しかも、共犯関係が疑われる事案です。
全く共犯関係を疑うことのできないような事案(例えば、被告人が被害者を殴った後、別の場所に運び、その後、被害者に対して第三者が暴行を加えたような事案)においては、本条の適用は想定されません。
参考となる判例として、以下のものがあります。
頭部を殴って脳出血による意識不明となった被害者を資材置場に運んで放置したところ、その後、死亡までの間に、何者かが頭部を殴ったという事案で、裁判官は、
- 犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後、第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができる
と判示し、傷害致死罪の成立を認めるに当たり、同時傷害の特例を適用しませんでした。
場所的・時間的近接性
共同正犯との類似性を認めるにあたり、最も大きな要素が「場所的・時間的近接性」です。
「場所的・時間的近接性」があるとするには、同一場所において、 同時に暴行を加えることまでを要しませんが、数人の暴行が一連の流れの中で、「ひとかたまり」のものとして評価し得る程度の関連性が必要とされます。
刑法207条における「共犯の例による」というのは、共同正犯と同様に処罰するということであり、仮に被告人の暴行による傷害ではなくても、他の者による傷害結果について責任を負うことが合理的な場合であるので、共同正犯者による共同実行行為に近い外形的状況は必要であり、場所的・時間的近接性は、その最も重要な要素といえ、これを軽視して同時性の適用範囲を広げることは妥当ではないとされます。
時間的・場所的近接性を判断要素とし、同時傷害の特例を適用した事例として、以下の判例があります。
東京高裁判決(昭和47年12月22日)
午前0時過ぎころから午前0時30分ころまで、事務所入口及びその前の広場での暴行と、午前0時30分過ぎころから午前1時ころまでの同広場で暴行をした事案です。
裁判官は、
- 刑法第207条は互に意思の連絡のない2人以上の暴行が時間的および場所的に近接して同一人に対して加えられた場合に適用されるものと解すべきである
- 被告人の暴行は、昭和47年3月2日午前0時過ぎころから同0時30分ころまでの間に、株式会社K制作所の事務所玄関付近と同事務所前広場で10数回にわたって行なわれ、Mの暴行は同日午前0時30分過ぎころから同午前1時ころまでの間に右会社事務所前広場で数回にわたって行なわれたことは原判示のとおりであるから、被告人およびMの右暴行は時間的および場所的に近接して同一人に対し加えられたものであるということができる
- そして、右両名間に暴行について意思の連絡がなかったことは原判示のとおりであるから、被告人の原判示所為が刑法第207条に該当することは明らかである
と判示し、同一人に対する2人以上の暴行が時間的および場所的に近接して行われたことを理由に掲げ、刑法207条を適用しました。
場所的・時間的近接性は絶対に必要な要件ではない
とはいえ、場所的・時間的近接性は、本条の要件ではなく、共同実行行為との類似性の最も重要な一つのメルクマール(指標)にすぎません。
なので、場所的・時間的近接性が希薄であっても、共同実行行為と認められるような特別の状況があるときは、場所的・時間的近接性の要件がなくても本条は適用されます。
たとえば、時間・場所が多少異なっていても一連の行為といえれば、本条を適用し得るということです。
この点を示した判例として以下のものがあります。
裁判官は、
- 刑法207条は、もともと数人によるけんか闘争などのように、外形的にはいわゆる共犯現象に類似しながら、実質的には共犯でなく、あるいは共犯の立証が困難な場合に、行為者を知ることができず、又はその軽重を知ることができないというだけの理由で、生じた結果についての責任を行為者に負わせ得ないとすることの不合理等に着目し、刑事政策上の要請から刑法の個人責任の原則に譲歩を求め、一定の要件のもとに、共犯者でない者を共犯者と同一に扱うことにしたものである
- したがって、右立法の趣旨から すれば、同条の適用を認め得るのは、原則として、(イ)数人による暴行が、同一場所で同時に行なわれたか、または、これと同一視し得るほど時間的、場所的に接着して行なわれた場合のように、行為の外形それ自体が、いわゆる共犯現象に強く類似する場合に限られ、かりに、(ロ)右各暴行間の時間的、場所的間隔がさらに広く、行為の外形面だけでは、いわゆる共犯現象とさして強度の類似性を有しない場合につき同条の適用を認め得るとしても、それは、右時間的、場所的間隔の程度、各犯行の態様、さらに暴行者相互間の関係等諸般の事情を総合し、右各暴行が社会通念上同一の機会に行なわれた一連の行為と認められ、 共犯者でない各行為者に対し生じた結果についての責任を負わせても著しい不合理を生じない特段の事情の認められる場合であることを要すると解するのが相当である
と判示しました。
大審院判決(昭和11年6月25日)
裁判官は、
- 刑法207条は、2人以上の者が共同的行為にあらずして、各別に暴行を加え、他人を傷害し、しかも傷害の軽重又は傷害を生ぜしめたる者を知ることあたわざる場合の規定にして、その暴行が同時同所において行われたると否とを問わざるものとす
と判示しました。
同時傷害の特例の適用を否定した事例
時間的・場所的近接性がないことを理由に、同時傷害の特例の適用を否定した判例として以下のものがあります。
札幌高裁判決(昭和45年7月14日)
被告人Aは10時30分頃、店内において相客である被害者の胸部、腹部を右足で数回蹴りあげ、店の経営者である被告人Bは、11時20分頃、店前路上で被害者の右側腹部を足で蹴り、被害者は肝臓裂挫傷等で死亡した事です。
裁判官は、
- 各暴行間の時間的、場所的間隔がさらに広く、行為の外形面だけでは、いわゆる共犯現象とさして強度の類似性を有しない場合につき同条の適用を認め得るとしても、それは、右時間的・場所的間隔の程度、各犯行の態様、さらに暴行者相互間の関係等諸般の事情を総合し、右各暴行が社会通念上同一の機会に行なわれた一連の行為と認められ、共犯者でない各行為者に対し生じた結果についての責任を負わせても著しい不合理を生じない特段の事情の認められる場合であることを要すると解するのが相当である
との原則を示した上で、
- 本件には、被害者に対する第1の暴行と第2の暴行とが、場所的には極めて近接した地点で行われた場合でも、第2の暴行が第1の暴行の終了した約40分後、まったく別個の原因に端を発して行われる等の事情があり、同時犯規定は適用できない
としました。
長期間にわたり繰り返される暴行による傷害で同時傷害を認めた事例
長期間にわたり、明確な共謀がないままに複数名が関与して繰り返される暴行による傷害は、包括一罪と評価された上、同時傷害の特例の適用が認められる場合があります。
参考となる判例として、以下のものがあります。
2名の者が12月下旬から翌年1月中旬頃までの間、犯意を継続して十数回にわたって同一場所で被害者を殴ったという事案です。
同一被害者に対し、一定の期間内に反復累行された一連の暴行によって種々の傷害を負わせた事実について、一連の暴行により傷害を生じさせたことを1個の犯罪事実として特定し、包括一罪を認定した上、同時傷害の特例を適用しました。
裁判官は、
- 一連の暴行によって各被害者に傷害を負わせた事実は、いずれの事件も、約4か月間又は約1か月間という一定の期間内に、被告人が、被害者との人間関係を背景として、ある程度限定された場所で、共通の動機から繰り返し犯意を生じ、主として同態様の暴行を反復累行し、その結果、個別の機会の暴行と傷害の発生、拡大ないし悪化との対応関係を個々に特定することはできないものの、結局は1人の被害者の身体に一定の傷害を負わせたというものであり、そのような事情に鑑みると、それぞれ、その全体を一体のものと評価し、包括して一罪と解することができる
と判示しました。
東京高裁判決(昭和38年11月27日)
A及びBが約1か月にわたり連日のように被害者に暴行を加え、最後は、Aは午前0時頃及び朝7時半頃、Bは朝9時頃、それぞれ死因でないといえない暴行を加えた事案で、傷害致死罪の包括一罪の成立を認め、同時傷害の特例を適用しました。
東京高裁判決(平成20年9月8日)
会社の役員・従業員である3名が従業員である被害者に対し、時間的に約1時間20分の差、場所的に約20キロメートル前後の移動がある2つの場所で加えた暴行について、被害者が被告人3名のいずれかの支配下に置かれていた一連の経過の下でのもので、暴行の経緯、動機も基本的には同一であることなどから、3名の各暴行が、社会通念上同一の機会に行われた一連の行為と認めることができるとして、傷害罪の包括一罪の成立を認め、同時傷害の特例を適用しました。
次回記事に続く
次回の記事では、同時傷害の特例(刑法207条)が適用されるための4つの要件である
- 2人以上の者による暴行
- 共謀の不存在
- 共同実行行為との類似性(同一機会ないし場所的・時間的近接性)
- 傷害の原因をなした暴行の不特定
のうち、④の傷害の原因をなした暴行の不特定について説明します。