刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(21) ~「公務執行妨害罪における『脅迫』とは?」を解説~

公務執行妨害罪における「脅迫」とは?

 公務執行妨害罪(刑法95条第1項)における脅迫とは、

恐怖心を起こさせる目的で、他人に害悪を加うべきことを通知することの全てをいい、その害悪の内容(第三者への加害も含まれる)、性質、通知の方法は問わない

とされます。

相手が現実に畏怖したことを要しない

公務執行妨害罪における脅迫は、

相手が現実に畏怖したことを要しない

とされます。

 この点について判示した以下の判例があります。

仙台高裁判決(昭和25年6月20日)

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法第95条第1項にいわゆる脅迫とは、生命、身体等に対する不法な害悪の告知を意味し、荒唐無稽な内容のもの、又は単なる大言壮語はこれに該当しないものと解すべきであるが、脅迫を内容とする右条項の犯罪の成立には、相手方たる公務員において脅迫により特に畏怖の念を生ずることはこれを要しないものと解すべきである
  • 原判決認定の本件の脅迫行為の内容は、S巡査に対し、「お前を恨んでいる者は俺だけじゃない。何人いるか分からない。駐在所にダイナマイトを仕掛けて爆発させ貴男を殺すと言うている者もある」「俺の仲間はたくさんいて、そいつらも君をやっつけるのだと相当意気込んでいる」というのであり、荒唐無稽又は単なる大言壮語をもって目すべきものにあらずして、生命、身体に対する不法なる害悪の告知とみるべきものであるから、前記条項にいわゆる脅迫に該当するものというべきである
  • また、被告人から右の告知を受けたS巡査が、これにより畏怖の念を生じなかったとするも、公務執行妨害罪の成立することは論をまたない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和48年6月15日)

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法第95条第1項にいう脅迫は、これにより現実に公務員が畏怖し、または職務の執行妨害の結果が発生したことを必要としないが、その性質上、公務員の職務の執行を妨害するに足りる程度のものであることを要すると解するのが相当である

と判示しました。

脅迫の言動は、必ずしも明示たることを要しない

 公務執行妨害罪における脅迫は、

その言動が必ずしも明示たることも要せず、自己の性行、経歴又は職業上不法の勢威を利用し、これに応じないときは不当の不利益を醸される危険あるべしとの危惧の念を抱かしめるべきものであれば足りる

とされます。

 この点について判示したのが以下の裁判例です。

広島高裁判決(昭和24年7月16日)

 この判決で、裁判官は、

  • 公務員の職務執行妨害の手段としてとられたる犯人の所為が脅迫なることを判示するに当りては、犯人が公務員に不法の害悪を告知し、これを威嚇したる事実を示さなければならない
  • もちろん、公務員が実際畏怖したると否とを問わない
  • また、その言動が必ずしも明示たるを要しない自己の性行、経歴又は職業上不法の勢威を利用し、これに応じないときは不利益を醸される危険あるべしとの危惧の念を抱かしむるべきものであれば足るのであるが、これを認識し得べきものでなければならない

と判示しました。

第三者の行為による害悪の告知であっても脅迫に当たり得る

 第三者の行為による害悪の告知であっても、公務執行妨害の加害者本人が、その第三者の決意に対して影響を与え得る地位にあることを相手に知らしめれば、公務執行妨害罪における脅迫に当たります。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和27年7月25日)

 取調べ中の警察官に対し、「お前を恨んでいる者は俺だけじゃない。何人いるか分からない。駐在所にダイナマイトを仕掛けて爆発させ、貴男を殺すと言うてるいる者もある」「俺の仲間はたくさんいて、そいつらも君をやっつけるのだと相当意気込んでいる」などと申し向ける行為は、脅迫による公務執行妨害罪に当たるとしました。

 裁判官は、

  • 本件脅迫行為の内容は、単に第三者に害悪を加えられるであらうことの警告、もしくは単
  • 純な嫌がらせということはできない
  • むしろ、被告人自ら加うべき害悪の告知、もしくは第三者の行為による害悪の告知にあたり、被告人がその第三者の決意に対して影響を与え得る地位にあることを相手方に知らしめた場合というべきである

と判示しました。

脅迫は、公務員の補助者に対するものでもよい

 脅迫は、公務員に対する直接のものであることを要せず、公務員の補助者に対するものでもよいとされます。

 この点につき、参考となる判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和29年10月19日)

 執行吏が仮処分命令執行のために同行した人夫に対し、金づちを振り上げ「家の中に入ると殺すぞ」と申し向けた事案で、執行吏に対し、間接的に行われた暴行脅迫であるとして、公務執行妨害罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 刑法95条1項に規定する公務執行妨害罪の成立には、公務員が職務の執行をなすに当り、その職務の執行を妨害するに足りる暴行脅迫がなされることを要するけれども、その暴行脅迫は、必しも直接に公務員の身体に対して加えられる場合に限らず、公務員の指揮に従いその手足となりその職務の執行に密接不可分の関係において関与する補助者に対してなされた場合もこれに該当すると解するを相当とする
  • 本件において、被告人はB執行吏がその職務の執行をなすに当たり、公務員ではないがその補助者として同執行吏の命によりその指示に従って被告人方の家財道具を屋外に搬出中のCに対し、暴行脅迫を加えたもので、その際、被告人方の出入口又は戸外において執行を指揮していた右執行吏をして、右暴行脅迫により一時執行を中止するの止むなきに至らしめたものであるから、本件被告人の所為は、直接公務員である同執行吏に対してなされたものでないとしても、同執行吏の職務の執行を妨害する暴行脅迫に該当する

と判示しました。

最高裁判決(昭和41年3月24日)

 執行吏の指揮下に労務者として執行行為に関与する者に対し、「殺すぞ」と申し向けて包丁を突きつけた事案で、執行吏に対する公務執行妨害罪の成立を認めました。

危害が及ぶことを作出覚知させる行為は、公務執行妨害罪の脅迫に当たる

 危害が及ぶべき状況を、ことさらに作出覚知させる行為は、公務執行妨害罪を構成する脅迫に当たります。

 この点につき、参考となる判例として、以下のものがあります。

福岡高裁判決(昭和30年3月26日)

 巡視船の接近と逮捕を免れるため、漁船の船尾から約30のワイヤーロープを海中に引き流しながら逃走する行為は、巡視船が漁船の後方から接近すると、ロープが巡視船の推進器に巻きつくおそれを作出したもので、公務執行妨害罪の脅迫に当たるとしました。

脅迫は、公務員の職務の執行を妨害し得る程度のものでなければならない

 脅迫は、公務員の職務の執行を妨害し得る程度のものでなければなりません。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和25年10月20日)

 裁判官は、

  • 刑法第95条の罪の暴行脅迫は、これにより現実に職務執行妨害の結果が発生したことを必要とするものではなく、すなわち妨害となるべきものであれば足るのである

と判示しました。

 見方を変えると、脅迫は、公務員の職務の執行の妨害となるものであることを要するという理解になります。

最高裁判決(昭和33年9月30日)

 裁判官は、

  • 公務執行妨害罪は、公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えたときは直ちに成立するものであって、その暴行又は脅迫は、これにより現実に職務執行妨害の結果が発生したことを必要とするものではなく、妨害となるべきものであれば足りるものである

と判示しました。

事例

 公務執行妨害の脅迫に当たるとされた事例と、反対に当たらないとされた事例を紹介します。

公務執行妨害の脅迫に当たるとされた事例

大審院判決(大正3年12月7日)

 県税検査員たる県書記が、納税義務者宅付近において県税調査中、「一歩でも踏み込んだら承知せぬぞ」と申し向け、打ちかかろうとする行為は、公務執行妨害罪における脅迫に当たるとしました。

福岡地裁判決(昭和59年3月19日)

 情宣車の運転手らを公務執行妨害罪等の現行犯人として逮捕するため追跡中の警察車両の走行を妨害する目的で、自動車を運転して、その警察車両の直前での急ブレーキや急激な進路変更を繰り返す行為は、公務執行妨害罪における脅迫に当たるとしました。

東京地裁判決(平成6年12月26日)

 所得税調査のため金融機関に臨場していた国税調査官に対し、「6か月間も調査をして商売が駄目になったらどうするんだ」「お前だけは許さない。今日は帰さないぞ。半殺しにしなければ気が済まない」などと怒号する行為は、公務執行妨害罪における脅迫に当たるとしました。

公務執行妨害の脅迫に当たらないとされた事例

高松高裁判決(昭和36年5月22日)

 警察官に対し「お前が止めるのなら、わしは(車で)ひいてでも行くぞ」と述べたことについて、裁判官は、

  • 諸般の事情に照せば、「通せ」「通さぬ」と互いに言い合いしているうちにその場のやりとりから「どうしてでも行く」という趣旨を誇大に表現した言葉であって、刑法95条にいう脅迫には当たらない

としました。

東京高裁判決(昭和48年6月15日)

 対峙する警察機動隊の前面に置かれた警備車両の屋根によじ登り、「学生を虐殺した警察の責任者を出せ」などと叫び、手を振って多数の学生らに前進を指示し、学生らが警察官らに対し、今にも集団による暴行を加えかねない気勢を示した行為に対し、裁判官は、

  • 機動隊の人員、装備が優れており、被告人らの行為がわずか約5分間であって、その直後に機動隊員のガス筒投てきにより学生らが排除されたなどの事情がある場合には、これをもって、直ちに警察官らの職務の執行を妨害するに足りる脅迫とは認め難い

としました。

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