刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(4) ~「公務執行妨害における『職務』の具体例」を解説~

公務執行妨害における『職務』の具体例

 公務執行妨害(刑法95条)における「職務」とは、公務員が職務上なすべき事務の全てを含みます(この点は前回の記事参照)。

 公務員が行っている「職務」を暴行・脅迫を加えて妨害したときに、公務執行妨害罪は成立しますが、どのようなものが「職務」に該当するか具体的な事例を示します。

「職務」に該当するとされた事例

① 警察官の退庁後の権限行使も職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(東京高裁判決 昭和32年3月18日)

 裁判官は、

  • 警察官は、警察事務に関し、一般的権限を有し、退庁後といえども、所属管内において事件の発生あるにおいて、その権限を行使する権限を有する

と判示しました。

② 交番における遺失届の受理手続を妨害する者に対し、一時的に退去を求め、なおもこれに従わずパイプ椅子に座って居座ろうとしたため、その椅子を取り上げようとする行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(東京高裁判決 平成21年9月29日)

③ 夜間、灯火なしに荷車を引いて通行する者に対して説諭を加える行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(大審院判決 大正13年6月10日)

④ 警察官が民間人に注意を与える行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(名古屋高裁判決 昭和28年6月29日)

⑤ 国税滞納処分としての山林の差押えの前に、収税官吏が滞納者に対して任意弁済を求めるために滞納者の家に赴き、差押物件所在の場所に赴いて物件の指示を求めるなど任意協力を求める行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(最高裁決定 昭和37年6月5日

⑥ 村会議場へ多数の傍聴人が押しかけて喧騒を極めた際、村会議員が議長に議場整理の注意を喚起する行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(東京高裁判決 昭和39年5月28日)

⑦ 村長、村会議員らが相会して区長承認問題に関して準備的協議を行うこと職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(大審院判決 昭和10年11月16日)

⑧ 県議会特別委員会委員長による、休憩宣言後の委員会の秩序保持、紛議への対処行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(最高裁決定 平成元年3月10日

⑨ 港湾建設局勤務の運輸技官が、自己の職務に属する歩掛計算検討事務の執務上参考に資するため、有益な参考文献を勤務時間内に自席において読んで研究する行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(神戸地裁判決 昭和37年3月19日)

 この判決の事案は、上記の職務を行っている運輸技官を、新安保条約反対の統一行動として行われた時間内職場集会に参加させようとして、労組役員らが同技官の意思に反して強いてその手足を持ち上げて同人の身体を仰向けにし、自席から約25メートル先の事務所の表門まで運び出したというものです。

 裁判官は、刑法95条の「公務員の職務」の要件について言及し、

  • 刑法第95条にいう公務員の職務の執行と認められるためには、法令上、当該公務員にその行為をする一般的職務権限があることを必要とするが、その職務内容は必ずしも法令で具体的に規定されたものであることを必要としないものである
  • また、一般的権限を有する以上、単に職務執行上の便宜に基いて定められた内部的事務分担のいかんは、職務権限の有無に影響を及ぼさない
  • 更に、一般的職務権限は、当該公務員の独立の権限たることを要せず、上司の指揮、命令によって事務を執り行う場合であっても差し支えないのである
  • 而して、国民の自由や権利に直接影響を及ぼさない職務に関して公務執行妨害罪の成立を認めるには、その行為をなすにつき、右のような意味での一般的権限があることを要し、又それをもって足りると解するを担当とする

と判示しました。

⑩ 市立小学校の校長が、校務に関する書類を教育委員会に提出する行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(大阪高裁判決 昭和61年11月26日)

⑪ 市役所職員が市庁舎内に貼付されたビラを撤去する作業は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(東京高裁判決 昭和60年7月22日)

⑫ 市福祉センター職員による保護の相談及び行旅困窮者等に対する援護指導等の業務は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(広島高裁判決 平成14年11月5日

⑬ 首相の国民葬における葬儀の執行行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(東京地裁判決 昭和50年11月17日)

⑭ 民営化前の日本専売公社徳島地方局社内取締規定に基づいて発せられた立入禁止命令及び退去命令の同公社職員による執行は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(最高裁決定 昭和53年5月22日

⑮ 郵政省庁舎管理規程に基づく民営化前の郵便局長の命令により、郵政事務官がした警備行為は職務に該当し、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立する(最高裁決定 昭和55年10月27日

「職務」に該当しないとされた事例

 税関職員が関税犯則違反の犯人を現行犯逮捕する行為は職務に該当せず、その行為を妨害しても、公務執行妨害罪は成立しない(大阪高裁判決 昭和34年5月4日

 この判決の事案は、税関職員が、関税反則違反の犯人を現行犯逮捕するため身柄を連行する際に、その犯人が税関職員に対し、暴行を加えたというものです。

 裁判官は、

  • 税関職員は関税犯則違反現行犯人を逮捕し、又はこれに同行若しくは連行を求める職務上の権限を有せず、私人の資格において逮捕する者がたまたま公務員の身分を有するからといって、公務員の職務の執行に当たるものとは認められない

として、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

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