刑法(殺人罪)

殺人罪(4) ~「間接正犯の形態による殺人」を解説~

間接正犯とは?

 「間接正犯」は、

他人を道具として利用し、他人に犯罪行為をやらせ、犯罪を実現する者

いいます。

 たとえば、善悪の判断ができない子供に「あのコンビニからパンをとってきて」と言って、子どもを使って万引きをすれば、窃盗罪の間接正犯となります。

 犯人自身は、直接手を下して万引きはしていません。

 しかし、間接正犯という考え方があることで、犯人を、万引きを間接的に実行した犯人として処罰できるのです。

 殺人罪でいうならば、医師が患者を殺そうとして、薬と偽って看護師をして毒薬を患者に飲ませたような場合は、看護師を故意のない道具として利用しているので、医師は、殺人罪の間接正犯となります。

 なお、間接正犯については、前の記事で詳しく説明しています。

間接正犯の形態による殺人

 間接正犯の形態で殺人罪を犯すことは可能です。

 殺人罪の間接正犯の理論を用いて殺人罪の成立を認めたと考えられる事例として、以下のものがあります。

配達人を道具として使った間接正犯の形態の事例

大審院判決(大正7年11月16日)

 毒物混入りの砂糖を配達人を使って被害者宅に郵便で郵送して到達させたが、被害者が毒物混入りの砂糖を食べなかった事案で、名宛人が毒物混入りの砂糖を受領した時に殺人の実行の着手が認められるとし、殺人未遂罪の成立を認めました。

 この判例は、

  • 他人が食用の結果、中毒死に至ることあるべきを予見しながら、毒物をその飲食し得べき状態に置きたる事実あるときは、毒殺行為に着手したるものにほかならず

と判示し、毒物を郵送する方法での殺人罪の実行の着手時期について述べた点も注目されます。

被害者自身の行為を利用した間接正犯の事例

大審院判決(大正8年4月19日)

 被告人を信じることに厚い被害者に対し、詐言を用いて、首を絞めても一時仮死状態に陥るだけで被告人が薬で蘇生させてくれるものと誤信させて、首つり死をさせた事案で、殺人罪の成立を認めました。

最高裁決定(昭和27年2月21日)

 被害者が通常の意思能力もなく、自殺の何たるかを理解せず、しかも被告人の命ずることは何でも服従するのを利用して、首つりの方法を教えて首つり死させた事案で、殺人罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和33年11月21日)

 追死する意思がないのに追死するように装い、その旨誤信した被害者をして毒薬を飲ませて死亡させた事案で、殺人罪の成立を認めました。

最高裁決定(昭和59年3月27日)

 厳寒の深夜、酩酊しかつ暴行を受けて衰弱している被害者Aを堤防上に連行し、未必の殺意をもって、着衣を脱がせたうえ、脅迫的言動を用いてAを川岸まで追い詰め、逃げ場を失ったAを川に転落するのやむなきにいたらせて溺死させた事案で、殺人罪の成立を認めました。

鹿児島地裁判決(昭和62年2月10日)

 被害者を欺罔して心理的に追い詰め、自殺することをしきりに勧めて自殺させた事案で、殺人罪の成立を認めました。

最高裁決定(平成16年1月20日)

 自動車の転落事故を装い、被害者Aを自殺させて保険金を取得する目的で、それまでの暴行、脅迫等により被告人を極度に畏怖して服従していた被害者に対し、暴行、脅迫を交えつつ、岸壁上から車ごと海中に転落して自殺することを執ように要求し、Aをして、命令に応じて車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせ、Aに命令して岸壁上から車ごと海中に転落させたが、Aは転落後に車から脱出して助かる可能性に賭けており、自殺する気持ちはなく、現実にも脱出して助かった事案で、殺人未遂罪の成立を認めました。

最高裁決定(令和2年8月24日)

 作為義務のある母親を道具として利用し、糖尿病にり患した被害者にインスリンの投与をさせず死亡させたという不真正不作為犯の間接正犯の事案です。

 裁判官は、

  • 被告人は、病者の状態を透視し遠隔操作をするという非科学的な力による難病治療を標榜していた者であるが、生命維持のためにインスリンの投与が必要なI型糖尿病にり患している幼年の被害者の治療をその両親から依頼され、被害者の生命を救い完治させるためには被告人の指示に従う以外ないと一途に考えていた母親に対し、インスリンは毒であり被告人の指導に従わなければ被害者は助からないなどとしてインスリンを投与しないよう脅かしめいた文言を交えた執拗かつ強度の働きかけを行い、被告人の治療法に半信半疑ながら従っていた父親に対しても、母親を介してインスリンの不投与を指示し、その結果、被害者を死亡させた

として、被告人は、未必的な殺意で、母親を道具として利用するとともに、不保護の故意のある父親と共謀した殺人罪が成立するとしました。

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