刑事訴訟法(公判)

公判の流れ㉖~「公判手続の停止」を説明

 前回の記事の続きです。

公判手続の停止とは?

 公判手続は、一定の事由がある場合には、その事由が解消されるまで裁判所の決定で停止されます。

 公判手続が停止されると、その決定が取り消されるまで、公判手続を進めることができなくなります。

 公判手続が停止されるのは、①~④に該当する場合です。

  1. 被告人が心神喪失の状態であるとき
  2. 被告人が病気のため出頭することができないとき
  3. 犯罪実の在否の証明に欠くことができない証人(重要証人)が病気のため公判期日に出頭することができないとき
  4. 検察官が訴因・罰条の追加・変更をする場合に、それが被告人の防御に実質的な不利益を生じるおそれがあるとき

 以下でそれぞれ詳しく説明します。

① 被告人が心神喪失の状態であるとき

 被告人が心神喪失の状態であるときは、公判手続が停止されます(刑訴法314条1項)。

 公判が停止における心神喪失の状態とは、

訴訟能力(被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って正当な防御をすることのできる能力)を欠く状態

をいいます。

 この場合、裁判所は、検察官及び弁護人の意見を聴き、心神喪失の状態が解消するまで公判手続を停止しなければなりません。

 心神喪失状態の被告人は、精神障害により訴訟能力(裁判を受ける能力)がありません。

 そのため、被告人が公判で十分な防御をなし得ないため、公判手続が停止されます。

 ただし、被告人に有利な裁判(無罪、免訴刑の免除公訴棄却)をなすべきことが明らかな場合は、公判手続を停止せず、その裁判をすることができま(刑訴法314条1項ただし書)。

 なお、公判手続を停止した後に訴訟手続を打ち切る裁判をするときは、刑訴法338条4号に準じ、公判を開き、判決で公訴棄却をするのが相当であるとした判例があります(最高裁判決 平成28年12月9日)。

「心神喪失の状態」に関する判例

 「心神喪失の状態」について言及した判例として以下のものがあります。

最高裁決定(平成7年2月28日)

 この判例は、「心神喪失の状態」は、精神障害による意思無能力だけではなく、聴覚・言語障害などのため、コミュニケーションの手段が著しく制約され、弁別・防御能力を欠く場合も該当することを示しました。

 裁判官は、

  • 刑訴法314条1項にいう「心神喪失の状態」とは、訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をいうと解するのが相当である
  • 原判決(※控訴審の判決)の認定するところによれば、被告人は、耳も聞こえず、言葉も話せず、手話も会得しておらず、文字もほとんど分からないため、通訳人の通訳を介しても、被告人に対して黙秘権を告知することは不可能であり、また、法廷で行われている各訴訟行為の内容を正確に伝達することも困難で、被告人自身、現在置かれている立場を理解しているかどうかも疑問であるというのである
  • 右事実関係によれば、被告人に訴訟能力があることには疑いがあるといわなければならない
  • そして、このような場合には、裁判所としては、同条4項により医師の意見を聴き、必要に応じ、更にろう教育の専門家の意見を聴くなどして、被告人の訴訟能力の有無について審理を尽くし、訴訟能力がないと認めるときは、原則として同条1項本文により、公判手続を停止すべきものと解するのが相当であり、これと同旨の原判断は、結局において、正当である

と判示しました。

最高裁判決(平成10年3月12日)

 この判例は、重度の覚障害及び言語を習得しなかったことによる二次的精神遅滞により精神的能力及び意思疎通能力に重い障害を負っている被告人について、被告人のこれまで経験や生活状況などから「心神喪失の状態」にはなかったと認定しました。

 裁判官は、

  • 被告人は、重度の聴覚障害及び言語を習得しなかったことによる二次的精神遅滞により、抽象的、構造的、仮定的な事柄について理解したり意思疎通を図ることが極めて困難であるなど、精神的能力及び意思疎通能力に重い障害を負ってはいるが、手話通訳を介することにより、刑事手続において自己の置かれている立場をある程度正確に理解して、自己の利益を防御するために相当に的確な状況判断をすることができるし、それに必要な限りにおいて、各訴訟行為の内容についても概ね正確に伝達を受けることができる
  • また、個々の訴訟手続においても、手続の趣旨に従い、手話通訳を介して、自ら決めた防御方針に沿った供述ないし対応をすることができるのであり、黙秘権についても、被告人に理解可能な手話を用いることにより、その趣旨が相当程度伝わっていて、黙秘権の実質的な侵害もないということができる
  • しかも、本件は、事実及び主たる争点ともに比較的単純な事案であって、被告人がその内容を理解していることは明らかである
  • そうすると、被告人は、重度の聴覚障害及びこれに伴う二次的精神遅滞により、訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をする能力が著しく制限されてはいるが、これを欠いているものではなく、弁護人及び通訳人からの適切な援助を受け、かつ、裁判所が後見的役割を果たすことにより、これらの能力をなお保持していると認められる
  • したがって、被告人は、第一審及び原審(※控訴審)のいずれの段階においても、刑訴法314条1項にいう「心神喪失の状態」にはなかったものと認めるのが相当である

と判示しました。

② 被告人が病気のため出頭することができないとき

 被告人が病気のため出頭することができないときは、公判手続が停止されます(刑訴法314条2項)。

 この場合は、裁判所は、検察官及び弁護人の意見を聴き、被告人が出頭することができるようになるまで公判手続を停止しなければなりません。

③ 犯罪実の在否の証明に欠くことができない証人(重要証人)が病気のため公判期日に出頭することができないとき

 犯罪実の在否の証明に欠くことができない証人(重要証人)が病気のため公判期日に出頭することができないときは、公判手続が停止されます(刑訴法314条3項)。

 この場合、裁判官は、その証人が出頭することができるようになるまで公判手続を停止しなければなりません。

 ただし、公判期日外の証人尋問臨床尋問)をすることが適当である場合は、公判手続を停止する必要はありません。

④ 検察官が訴因・罰条の追加・変更をする場合に、それが被告人の防御に実質的な不利益を生じるおそれがあるとき

 検察官が訴因・罰条の追加・変更をする場合に、それが被告人の防御に実質的な不利益を生じるおそれがあるときは、公判手続が停止されます(刑訴法312条4号)。

 この場合、裁判所は、被告人又は弁護人の請求によって、被告人に充分な防御の準備をさせるのに必要な期間、公判手続を停止しなければなりません。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

公判手続の更新

を説明します。

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