前回の記事の続きです。
これから3回にわたり、放火罪の罪数の考え方を説明します。
罪数とは、
犯罪が成立する個数
をいいます。
同一物件に対して複数回の放火行為を行った場合の罪数
放火行為の個数は、必ずしも点火行為の個数によるものではありません。
例えば、A宅を放火するのに、A宅の正面、背面、側面の3か所から点火行為を行ったとしても、A宅を放火するという1個の放火行為なので、1個の放火罪が成立します。
このように、同一の目的物に対し順次数か所に点火しても、通常は単一の放火行為と認められます。
参考となる判例として以下のものがあります。
大審院判決(昭和9年12月20日)
相接して存在する住家厩舎等を合わせて焼損する目的で、4か所から同時に発火する装置に点火した場合は、包括的に単一の公共の危険を惹起すべき手段であり、1個の放火行為を組成し、単一の放火罪を構成するとしました。
2個の放火罪が成立するとした以下の事例
1回目の放火行為(住宅に放火する目的で住宅に隣接する物置に放火)が他人に妨げられて未遂に終わった後、2回目の放火行為(住宅に直接放火)を行って住宅を焼損させた事案で、1回目と2回目の別個の放火行為であり、2個の放火罪が成立するとした以下の事例があります。
大審院判決(昭和7年4月30)
住宅焼損の目的をもって近接する物置に放火したが、他人に妨げられて未遂に終わるや直ちに継続的意思をもって同一目的物である右住宅に対して放火した場合は、犯意は単一であるが包括的に観察すべきものではなく、別個の放火行為であり、別罪を構成するとしました。
裁判官は、
- A建造物焼燬の目的をもって近接する建造物に放火したるも、人に妨げられ未遂に終わるや、更にA建造物に放火したるときは連続犯として処断すべく、これを包括的に観察すべきものにあらず
- 間接に導火材料の燃焼作用を借りて住宅焼燬を企て、該材料に点火してその燃焼作用の継続し得べき状態に置きたる以上は、犯罪の着手ありたるものにして、未だ該住宅に延焼せざるときといえども、放火未遂罪を構成するものとす
と判示し、現住建造物等放火罪未遂が成立するとしました。
なお、現行の刑法では連続犯(刑法55条)の規定は削除さています。
複数物件に対して放火行為を行った場合の罪数
数個の放火行為により各別に数個の建造物を焼損した場合には、数個の財産的法益を侵害するものとして、放火した建造物の個数の数の放火罪が成立し、各放火罪は原則として併合罪となります。
例えば、A宅、B宅に放火する目的で、A宅に放火し、次にB宅に放火し、A、B宅を焼損させた場合は、A宅に対する現住建造物等放火罪とB宅に対する現住建造物等放火罪が成立の2つが成立し、両罪は併合罪の関係になります。
被害物件の個数と罪数
処罰規定を同じくする複数物件を放火した場合の罪数
1個の放火行為により複数の現住建造物を焼損し、数人の財産的法益を侵害した場合でも、放火罪が一次的には公共危険罪であることを重視し、1個の公共的法益を侵害したにすぎないときは、現住建造物放火罪の単純一罪となります。
例えば、1個の放火行為で、3件の住宅を焼損させた場合は、1個の現住建造物等放火罪が成立します。
被害物件の数と同じ3個の現住建造物等放火罪が成立するのではありません。
参考となる判例として以下のものがあります。
大審院判決(大正2年3月7日)
裁判官は、
- 人の住宅を焼燬するときは、個人の財産的法益を侵害すると同時に静謐なる公共的法益を侵害するをもって法律は右公共的法益侵害に重きを置き、財産に対する罪とその規定を異にし放火罪としてこれを処分するものなれば、単一なる放火行為をもって2個の住宅を焼燬するも単一なる放火罪としてこれを処分すべきものとす
と判示しました。
大審院判決(大正5年4月25日)
裁判官は、
と判示しました。
大審院判決(大正11年12月13日)
裁判官は、
- 単一なる放火行為により数個の建造物を焼燬したるときは、これを包括的に観察し、単一なる放火罪として処分すべきものとす
と判示しました。
大審院判決(大正12年11月15日)
裁判官は、
- 放火罪の規定は、公共的に法益の侵害に重きを置きて設けられたるものにして単一なる放火行為により数人の財産的法益を侵害したる場合といえども単一なる放火罪として処断すべきものとす
と判示しました。
処罰規定を異にする複数物件を放火した場合の罪数
1個の放火行為により、住宅を焼損する目的で、住宅のほか納屋、自動車等の処罰規定を異にする複数物件を焼損した場合、判例は、包括一罪と解し、法定刑が最も重い処罰規定に該当する罪である現住建造物等放火罪のみが成立するとします。
例えば、放火により、住宅のほか、納屋、自動車を焼損させた場合、
- 住宅に対しては現住建造物等放火罪(刑法108条:死刑又は無期若しくは5年以上の懲役)が成立する
- 納屋に対しては非現住建造物等放火罪(刑法109条:2年以上の懲役)が成立する
- 自動車に対しては器物損壊罪(刑法261条:3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料)又は建造物等以外放火罪(刑法110条:が成立する
となりますが、①②③は包括一罪となるので、法定刑が最も重い罪である現住建造物等放火罪の一罪のみが成立することになります(非現住建造物等放火罪と器物損壊罪は現住建造物等放火罪に吸収されて成立しない)。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(明治42年11月19日)
裁判官は、
と判示しました。
大審院判決(明治42年12月6日)
裁判官は、
と判示しました。
大審院判決(大正12年12月11日)
裁判官は、
- 住家を焼燬する目的をもって人の住居せざる家屋に放火し、よってその各建物を焼燬したるときは、その所為は当然一罪を構成し、刑法第108条に問擬(もんぎ)して処断すべきものとす
と判示しました。
大審院判決(昭和8年4月25日)
裁判官は、
- 単一放火行為により、人の住居に使用する建造物及び人の住居に使用せざる建造物を焼燬したるときは、刑法第108条の単純なる一罪を構成するものとする
と判示しました。
大審院判決(明治44年1月24日)
住宅の外壁に接着してあるわら囲を導火線として放火し、住宅を焼損した事案について、わら囲は住宅の付属物であり、住宅と独立して焼損の目的となるべきものではないので、これを焼損した点を特に擬律しなかったのは相当であるとしました。
住宅を焼損する目的で、あるいはこれに延焼することを認識しながら、倉庫・自動車等に放火し、住宅を延焼するに至らなかった場合は、現住建造物等放火未遂罪の一罪が成立する
他人の住宅を焼損する目的で、あるいはこれに延焼することを認識しながら、倉庫・自動車等に放火し、その住宅を延焼するに至らなかった場合には、現住建造物放火未遂の一罪として処断され、非現住建造物放火罪、建造物等以外放火罪の既遂はその中に吸収されます。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(大正12年11月12日)
裁判官は、
- 人の住居に使用する家屋を焼燬する目的をもって、これに近接する物置に放火し、その燃焼作用により前者の延焼を惹起し得べき状態に置きたるときは、刑法第108条放火罪実行の着手なるものとす
と判示しました。
大審院判決(大正15年9月28日)
裁判官は、
- 現に人の居住に使用する建物を焼燬する目的をもって人の住居に使用せざる建物に放火し、これを焼燬したるも、人の住居に使用する建物に延焼せしむるに至らざりしときは、その所為は、人の住居に使用する建物延焼罪の未遂をもって論ずべきものとす
と判示しました。
大審院判決(昭和8年7月27日)
裁判官は、
と判示しました。
福岡高裁判決(昭和26年7月24日)
Aが居住する住居に放火する目的をもって、これに隣接する被告人が所有する物置小屋に放火したが、A宅を焼損させるに至らなかった事案で、現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 刑法第108条所定の住宅に延焼しこれを焼燬するに至るべき状況に在ることを認識しながらこれと隣接する同法第109条所定の建造物に敢えて放火したときは、たとえ住宅に延焼せず直接放火した建造物の一部を焼燬したのみで消し止められた場合といえども、同法第108条の住宅放火未遂罪を構成し、同法第109条の建造物放火罪を構成するものではない
- 従って、原判決が「被告人はA方住宅を延焼するに至るべきことを認識しながらこれと隣接する被告人所有の物置小屋に判示の如く放火したがAらが直ちに発見消火したため、同物置小屋の一部を焼燬したのみでA方の住宅を焼燬するに至らなかった。」という認定事実に対し刑法第108条、第102条を適用したのは正当である
と判示しました。
次回の記事に続く
次回の記事では、放火罪(現住建造物等放火罪:刑法108条、非現住建造物等放火罪:刑法109条)と
との関係を説明します。