前回の記事の続きです。
放火罪(現住建造物等放火罪:刑法108条、非現住建造物等放火罪:刑法109条)と
との関係を説明します。
この記事では、「放火罪」とは、現住建造物等放火罪(刑法108条)と非現住建造物等放火罪(刑法109条)の両罪を指します。
殺人罪との関係
居住者又は建造物内に現在する者を殺害する手段として住宅その他の建造物に放火して人を殺害した場合、
とが対立しています。
参考となる事例として以下のものがあります。
大審院判決(昭和7年6月20日)
放火行為と殺害行為は手段と結果の関係にあるとして、放火罪と殺人罪が牽連犯の関係にあるとした判例です。
被告人は、自己が看病する病気の被害者の看病を苦痛に感じ、建造物を焼損して被害者を焼殺することを企て、その目的を遂げた事案につき、原審が観念的競合としたのに対し、放火と殺人は手段と結果の関係にあるから牽連犯であるとしました。
仙台高裁秋田支部判決(昭和32年5月21日)
放火を殺人の手段としたときは、1個の行為で放火と殺人を成し遂げているので、放火罪と殺人罪は観念的競合となるとした裁判例です。
就寝中の全家族を焼き殺す目的で家屋の襖に火を放ち、さらにその目的を一層確実にする考えの下にローソクの台尻で家族の一員の頭部目掛けて突きおろし瀕死の重傷を負わせたが、いずれも未遂に終わった現住建造物放火と殺人未遂罪の事案です。
この事件の一審判決では、放火未遂と殺人未遂との間には手段結果の関係ありとして、両罪は牽連犯であるとし、刑法第54条第1項後段、第10条を適用し、重い放火未遂の一罪として処断しました。
しかし、高裁判決では、この一審判決を否定し、
- 火を点じて放火並びに殺人の実行行為に着手した後、その鎮火により両者は同時に未遂に終わったのであるから、この間には一所為数法(※観念的競合のこと)の関係があり、いわゆる牽連関係の存在を認める余地はない
- 原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の判示所為中、放火未遂の点は刑法第108条、第112条に、各殺人未遂の点は同法第199条、第203条に各該当するところ各殺人未遂の間及びこれと放火未遂との間には一所為数法(※観念的競合のこと)の関係があるから、同法第54条第1項前段、第10条を適用し、結局重い放火未遂の刑に従い、所定刑中、有期懲役刑を選択しその刑期範囲内において被告人を懲役7年に処す
と判示し、全家族を焼き殺す目的で火を放ち、更にその目的を一層確実にする考えの下に家族の一員に瀕死の重傷を負わせた行為は、現住建造物放火と殺人未遂罪の牽連犯ではなく、観念的競合になるとしました。
殺人を行い、その後、放火した場合は、殺人罪と放火罪は併合罪になる
なお、居住者ないし建造物内に現にいる者を殺害した後、犯跡を隠蔽するため放火した場合は、放火罪と殺人罪は併合罪の関係になります。
殺人を行い、その後、放火をして家とともに遺体を燃やした場合、殺人行為と放火行為は、別の機会に行われた行為であり、1個の行為ではないので、殺人罪と放火罪は観念的競合の関係になりません。
この場合は、殺人罪と放火罪は、それぞれ別個の犯罪として成立し、両罪は併合罪の関係になります。
過失致死傷罪、重過失致死傷罪との関係
放火の際、現に人がいることは認識したが、死傷の結果を予見することなく放火したところ、過失により人を死傷させた場合には、
- 過失致死罪は、放火罪において予想されているので、放火罪に吸収されるとする説
- 過失致死罪と放火罪は観念的競合となるとする説
とが対立しています。
人が現在しているのに現在していないと誤信して放火し、人を死に至らしめたときは、刑法38条2項により非現住建造物等放火罪(刑法109条)が成立しますが、非現住建造物等放火罪と過失致死罪との関係についても同様です。
①説の考え方を採った以下の裁判例があります。
熊本地裁判決(昭和44年10月28日)
診療所に放火して入院中の患者に死傷の結果を与えた事案です。
裁判官は、
- 殺人及び傷害の未必的故意は認められず、死傷の結果を予見しなかった重大な過失があるが、現住建造物放火罪として処罰する以上は、重過失致死傷は当然放火罪において予想されている危険の範囲内の結果であり、現住建造物放火罪に吸収されて別罪を構成せず、人の死傷については量刑上考慮すれば足りると解する
と判示しました。
②説についての裁判例は見当たりませんでしたが、学説では、現住建造物等放火罪と過失致死傷罪・重過失致死傷罪とは保護法益を異にする犯罪類型であり、前者が後者を当然に予定しているとはいい難いから、過失致死傷罪・重過失致死傷罪も成立し、観念的競合の関係にあるとする②説が相当とであるとする意見があります。
特に死者が発生した場合には、その点が量刑に影響することも多いため、量刑判断の対象をより明確にする意味でも②説を採用するのが妥当とする考え方もあります。
詐欺罪との関係
火災保険金をだまし取ることを目的として住宅を放火して焼損しながら、出火の原因が不明と偽り、保険金を詐取したした場合には、放火罪と詐欺罪とは併合罪となります。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(昭和5年12月12日)
裁判官は、
と判示しました。
なお、保険金詐取の目的で住宅に放火し焼損したが、未だ保険会社に保険金支払請求をしないときは、詐欺の着手とならず、詐欺罪はもとより詐欺未遂罪も成立せず、放火罪のみが成立します。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(昭和7年6月15日)
裁判官は、
- 保険金騙取の目的をもって家屋に放火してこれを焼燬したるも、未だ保険会社に対し、保険金支払の請求をなさざるときは、詐欺の着手とならず
と判示しました。