刑法(失火罪)

失火罪(2)~「失火罪の成立時期」「失火罪における過失の定義」「不作為による失火罪」「罪数」などを説明

 前回の記事の続きです。

失火罪の成立時期

 失火罪の成立時期は、

焼損の現象が発生したとき

です。

 この点を判示した以下の裁判例があります。

名古屋高裁判決(昭和29年5月31日)

 裁判官は、

  • 失火罪は、放火罪と同様に刑法に規定する物体を焼損する行為であるから、その当初、焼損の現象が発生したときに失火罪は成立する
  • その後、その焼損作用が拡大しても失火罪とし、仮りに責任を問われる場合にその責任の大小軽重、あるいは情状に影響を与えるだけであって消火妨害罪の責任を問うことがある場合は格別、焼損作用が拡大したか否かは、失火罪の責任があるかないかを決定することには関係ないもので、失火罪の責任を問うか否かは当初の焼損作用に対し責任を問うべきか否かを考察すべきものと考える

旨判示しました。

失火罪における過失の定義

 失火罪の刑法116条の条文に記載される「失火により」とは、

過失により出火させること

をいいます(「過失」の基本的な考え方の説明は前の記事参照)。

 そして、失火罪における「過失」は、火気の取扱上の落度をいい、具体的には、

出火して目的物を焼燬するに至るべき事情が存するのに、当該事情を認識しうべきにかかわらず認識しなかったか、あるいは、当該事情から出火の危険性がないと軽信したため、出火防止のための適切な手段をとらず結果を惹起させたこと

をいいます。

 例えば、

  • たばこの吸いがらを紙くずかごの中に投げ捨てるなどの作為による場合
  • アイロンを使用した後に通電したまま外出するなど、使用済みの火気の後始末を怠り、あるいは火災を生じ得べき事態を発見したにもかかわらず、狼狽したため適切な消火措置をとらなかったなど不作為による場合

が挙げられます。

 失火罪の過失について言及した判例として以下のものがあります。

大審院判決(昭和4年9月3日)

 裁判官は、

  • 過失犯は不注意の結果罪と為るべき事実を予見せざりしことをもってその本質とす
  • 従って、過失犯の骨子を成すものは、罪となるべき事実を予見し得べかりしにかかわらず、これを予見せざりしことにあり
  • 而して、この罪と為るべき事実の予見の能否は、行為当時において一般通常人が認識し得べかりし事情及び行為者が特に認識し居たりし事情を基礎とし、その基礎の上において一般通常人の注意を払いて、よく罪と為るべき事実を認識し得べかりしや否によりて定まるものといわざるべからず

と判示しました。

大審院判決(大正3年11月25日)

 製糸場の火夫として煙突掃除を担当していた者の注意義務につき言及した事例です。

 裁判官は、

  • 被告は、元来、煙突の占有者にあらざるをもって煤煙堆積より生ずる危険予防の責任を当然負担するものにあらず
  • その占有者に雇使せられて煙突の掃除に従事するに過ぎざるをもって、その責任は雇用契約の内容如何によりて定まるものとす
  • 従って、契約の趣旨により製糸場の煙突は5日目ごとに掃除を為すべく、14日に掃除を為したるをもって19日に掃除を為すべきことに為り居りたりとせば、被告の掃除番に当たれる18日には被告は未だ掃除を為すべき責任なきものといわざるべからず
  • これに反して毎日掃除を為すべき責任あるか、又は常に煤煙の堆積せるや否やに注意し、煤煙の堆積するときは、未だ5日目に達せざるも臨時に掃除を為すべき責任ありとせば、被告が当番なる18日に掃除を為さざることをもって、その担任する掃除を怠りたるものということを得べき

と判示し、従業員に対する失火の責任について、雇用契約の内容によって判断されるべきとしました。

過失の競合

 結果発生(過失による失火と焼損)との間に、行為者の過失のほか、他人の過失が介在した場合は、因果関係の問題として考えることになります。

東京高裁判決(昭和27年6月17日)

 裁判官は、

  • 他人の過失が存在する場合について、いやしくも行為者の過失が火災発生に対して一つの条件を与えた以上は、それが結果に対する唯一の原因でなく、他人の過失と相まって共同的に原因を与えた場合であっても、失火の責任を負うべきである

としました。

最高裁決定(昭和34年5月15日)

 裁判官は、重過失失火罪(刑法117条の2において、

  • いやしくも被告人の重過失が火災発生に対して一つの条件を与えた以上は、その重過失が右結果に対する唯一の原因ではなく火気取扱責任者の過失と相俟つて共同的に原因を与えた場合であっても、失火の責任を負うべきものである

としました。

不作為による失火罪

 失火罪は不作為によっても成立します。

 不作為による失火罪の成立を明示するものとして、以下の裁判例があります。

名古屋高裁判決(昭和29年5月31日)

 裁判官は、

  • もとより物を焼燬(焼損)する行為は作為たると不作為たるとを問わないものと解する
  • 何となれば、過失犯にも不作為による作為犯の成立を認むべきものと解すべきだからである
  • 従って、例えば不注意により火気を有するタバコの吸殻等のものを抛擲するが如き作為行為により物を焼燬した場合の如きは本罪を構成するはもちろんであるが、他の原因による既発の火気を認めながら消火を為すべき法律上の義務ある者が過失によりその義務を怠り消火せず、又は延焼防止の措置を講ぜずそのまま放置しため焼燬の結果を生ぜしめた場合の如き不作為もまた火を失した行為ありとして失火罪の成立を認むべく、その注意義務が業務上の義務にかかわるときは業務上失火罪を構成するものと解すべきである

と判示しました。

従業員の火の不始末と監督者の注意義務について判示した裁判例

 従業員の火の不始末につき、監督者の注意義務違反として、失火罪に問われることがあります。

※ 監督者の注意義務違反(監督過失)の基本的な考え方の説明は前の記事参照

 この点について判示した以下の裁判例があります。

秋田地裁判決(昭和37年4月24日)

 従業員の火の不始末と監督者の注意義務につき、ささいな火熱によっても容易に着火し火災を惹起する危険のある建物の屋上で、屋根のトタン張替工事に従事する者は、喫煙等の行為により着火物を建物の可燃部分に飛散付着させることのないよう十分に注意し、火災の発生を未然に防止すべき義務があるのは当然であり、従業員を現場で指揮監督していた者は、従業員に右注意義務を尽せしめるよう万全の措置を講ずべき義務があるとました。

 裁判官は、

  • 被告人のごとく、従業員を現に直接指揮監督している者としては、火災発生防止のため、自分自身の注意義務を尽くすのみでは足りず、その監督下にある各使用人らにも向一のの注意義務を尽くせしめるよう万全の措置を講ずべき義務があると解すべきである

と判示しました。

国外で発生した失火を日本の法律で処罰した判例

 外国において発生した失火であっても、その原因となった行為が我が国で行われた以上、日本の法令により処罰されるとして、刑法116条の失火罪を適用した判例があります。

大審院判決(明治44年6月16日)

 横浜港で汽船の託送荷物中に油紙を積み重ね入れたため、香港付近の大洋上で火災を生じた事案です。

 裁判官は、

  • 失火罪の一構成要件たる過失行為にして日本帝国の版図内に行われたる以上は、たとえその犯罪構成の他の要件たる結果は日本帝国の版図外において発生したりとするも、罪ら日本帝国内において犯されたるものとし、日本帝国の法令により処罰せらるべきものとす

と判示しました。

罪数

 1個の失火行為により、数個の又は数種の客体(刑法108条記載物件と他人の所有にかかる刑法109条記載物件、又は自己所有にかかる刑法109条記載物件と刑法110条記載物件)を焼損した場合は、包括―罪となり、1個の失火罪が成立します。

 火を失して、 自己の所有にかかる刑法109条に記載した物、又は刑法110条に記載した物を焼損し、さらに刑法108条に記載した物又は他人の所有にかかる刑法109条に記載した物に延焼した場合にも、単純に包括して刑法116条1項の失火罪となるものと解されます。

 失火により、同時に人を死傷させたときは、失火罪と過失致死傷罪とは観念的競合となります。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

  • 失火罪における公共の危険

を説明します。

放火罪、失火罪の記事まとめ一覧